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経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act  Exercise 60 Cases

情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution

論文とエッセイ(日本語)Theses and Essays

 

  

米国における特許侵害訴訟の実態――ワトソン事件

                                                           柏木編、東大特別講座論文集『日本の企業と法』(有斐閣、1996年5月)、pp. 157-191

本間忠良

  目次

 1.はじめに
 2.問題の技術
 3.規格採用問題
 4.警告と提訴
 5.両社の主張
 6.ITC調査
 7.バージニア訴訟
 8.ロス訴訟とワトソン社破産
 9.INTERMISSION−ボストン訴訟 1
10.ロス地裁での仮差止め申立て攻防
11.INTERMISSION−ボストン訴訟 2
12.ジャブの応酬
13.トライアル
14.ポスト・トライアル・モーションと控訴

1.はじめに

 米国での民事訴訟を真に理解するためには、建て前の制度論だけでは不十分で、「神はみずから助くる者を助く」自助思想に由来する法廷戦術の現実を知ることが重要である。現実の訴訟では、実体法は、原告被告がそれぞれの全資源を振りしぼって繰りひろげる法廷戦術の綾錦の下に埋没する。数百万人といわれる米国法律サービス産業の存在理由がここにある。

 米国民事訴訟における対決形ディスカバリー(証拠調べ)の目的は真実の発見であるが、真実という黄金は、祈って天から降ってくるものではなく、額に汗して地から掘り出すものである。以下の物語はフィクションで、登場する固有名詞はすべて架空のものだが、描かれた事件の進行は、米国でのビジネスの実態にかぎりなく近い。

 なお、本稿末尾の注はそのままでも米国特許訴訟(1996年時点での)についての解説になるように書かれているので、本文とは別に通読することもできる。

2.問題の技術

 SIMM (Single-In-line Memory Module)とは、DRAM(ディー・ラム、書き込み消去可能半導体メモリー・チップ)複数個をドーター・ボード上に搭載したメモリー・モジュールで、主としてパソコンのマザー・ボード上にプラグ・インされ、拡張メモリー用として使われる。この基本デザインは70年代から公知(1)であった。

30ピンSIMM

 1983年9月、米国の大手コンピューター・メーカー・ワトソン社は、かかる基本デザインのうち、9個のメモリー・チップ(うち8個は8ビットの2進数記憶用、1個はエラー探知訂正用)を、30本のピンを有するドーター・ボード上に一列に配置結合するという特殊デザインを考案、試作品の新聞発表をおこなった。席上、ワトソン社の代表者は、同社のSIMMが、「発明といえるようなものではなく、モジュールを製造する方法もオフ・ザ・シェルフ(既存)技術で良い」などと言ってる。供給源を確保するため、半導体メーカーの参入を勧誘しているのである。このようなことが10年後に分かったのも、ひとえに、米国独特の強力なディスカバリー制度のおかげである。

 ここまではよくあることだが、問題は、ワトソン社が、製品発表の直前、この装置をクレーム(権利請求)(2)する合衆国特許2件(4,656,605とその継続出願特許4,727,513)を、ひそかに出願していたことである。605特許の審査(3)過程で、ワトソン社は、審査官に対して、このデザインの発明性が「きわどいケース」であり、「デッド・コピー」しか排除できないだろう等々、均等論(4)の適用を否認(5)する内容の発言をおこなっている。米国では特許出願が非公開なので、このような発言は、特許が付与されてから公開されるいわゆるファイルラッパー(包袋)に記録されている。

 ワトソン社は、優先権(6)期間内に日本特許出願もおこなっており、日本出願は1985年9月公開(7)された(審査請求はしていない)が、公開公報がコンピューターに分類されていたため、あとでワトソン社に訴えられることになる日本の中堅メーカー都電子の半導体技術者の目にはとまらなかった。開発前に特許調査さえしていれば、特許訴訟などなにも心配はいらないという楽観論をよく聞くが、日本だけで年間40万件以上に達する公開公報をはじめから終わりまで全数調べるのは、ビジネスとしては不可能である。一定の合理的な分類を全数調査するほかは、学会や業界の情報にもとづいて重点調査するという方法しかない。とくに出願人が、出願を意図的に別分類のなかに隠しているような場合、メーカーとしては、リスク・マネジメントの手法で対抗する以外、打つ手がないのである。

3.規格採用問題

 JEDEC (Joint Electronic Devices Engineering Committee)というのは、米国電子工業会の一部門で、米国内外の電子メーカーを会員として、広範な電子部品の規格作りを主任務とする非営利団体である。

 1983年9月末、ワトソン社は、わずか数週間前におこなった上記特許出願の事実を隠して、9チップ30ピンSIMMの規格採択をJEDECに提案した。以後、ワトソン社は、SIMMの支配的ユーザーとして、この規格による製品を、都電子をふくむ半導体メーカーに大量発注し、数年間で、9チップ30ピンを事実上の業界標準にまで押し上げた。

 1986年6月、JEDECは、ついに9チップ30ピンを業界規格(21-A-1)として採択、翌1987年4月、ワトソン社の605特許が、さらに翌1988年2月、513特許が成立した。

 この規格は、一時、SIMM市場の100%を占めるまでに至った。しかし、こんにち、ほとんどのパソコン・メーカーが、ワトソン社の特許を嫌って、72ピンに移行してしまっている。もともとその程度の特許だったのである。いま、業界では、技術的必然による30ピンから72ピンへのシフトが、ワトソン社の訴訟戦略のおかげで3年早まったといわれている。メーカーは未償却の設備を廃棄せざるをえなくなったし、ユーザーは量産効果の出ていない72ピンを買わされている。特許戦争に勝者はない。これによって発生した社会的非効率ははかりしれない。知的所有権の過剰行使が技術の最適な発展を歪曲した例のひとつである。

4.警告と提訴

 1989年12月22日、ワトソン社は、都電子の米国子会社あてに警告書(8)を発信した。あとでわかったことだが、ワトソン社は、同様の警告書をひろく日韓十数社に出していたのである。1990年1月11日、都電子の米国子会社は、とりあえず、ワトソン社あて書信で、問題の特許を検討中であるむね回答するとともに、事件を都電子東京本社に移牒した。

 都電子の企業防衛マシーンが動き出した。1990年3月、特許部がとりあえず特許公報だけ見て「抵触」と判定、工場に対して設計変更を勧告した。この写しを見た本社渉外部長が米国弁護士に法律意見書(9)を請求。都電子では、これ以後の仕事は、ビジネスマンである渉外部長の責任になる。

 1990年6月27日づけ米国弁護士の意見書は、「独自の公知技術調査をしていない予備的意見書」と断りながら、ワトソン社特許の有効性・行使可能性・抵触(10)の確率をそれぞれ50%ラインの上下で評価したものであるが、都電子渉外部長はこれを総合的に評価した結果、状況を「有望(encouraging)」と判断した。以上の3点がすべて立証されてはじめて侵害行為が成立するのだから、かりにそれぞれの確率を50%とすると、都電子が敗訴する確率はその3乗で12.5%というように考えるのである。といっても実際はそれほど単純ではない。陪審裁判にともなう不確定性、費用、弁護士の資質、会社の戦闘力(とくにトップの決意と製販部門の協力)、客先の動揺にともなう営業的損失、敗訴した場合の損害賠償と差止め(11)による損失額ならびにその確率を読み切らなければいけない。

 実は、SIMMにはリード端子つきとリード端子なし(リードレス)の2種あり、リードレスのほうは、パソコンのマザー・ボード上にあらかじめハンダづけ結線されているソケットと結合してはじめて寄与侵害(12)の可能性がでてくる。ソケット・メーカーがワトソン社特許の実施権(ライセンス)を持っていれば寄与侵害は成立しない。都電子は、弁護士意見書の勧告にしたがって、訴外ソケット・メーカーへ照会し、1990年11月、ライセンスありの回答をもらっている。

 1990年12月14日、都電子は、ワトソン社あて書信で、契約条件の提示を要求した。都電子は、特許の有効性と抵触性は疑問としながら、ビジネス的考慮(保険をかけるつもり)で、条件次第では(保険料相当なら)、契約してもよいと考えたのである(リスク・マネジメント)。1991年1月2日、ワトソン社は、都電子あて書信で、契約書案を送付するむね回答しながら、結局、それ以後約1年間、契約書案は送られなかった。

 ワトソン社のこのような煮え切らない態度には実は理由があった。1990年10月31日、ワトソン社は日本の大手半導体メーカー東進電気と日洋通信をバージニア連邦地裁(13)に提訴していたのである。東進電気/日洋通信は著名な特許弁護士を雇用して、緻密な特許論を展開したが、訴訟は超スピードで進み(バージニア連邦地裁はこの点でも有名)、1991年8月23日、ワトソン社が一審勝訴した(差止めと損害賠償判決)。バージニア連邦地裁の陪審(14)は、前述した特許審査過程におけるワトソン社の否定的発言にもかかわらず、東進電気/日洋通信の9チップ30ピン製品(クラシック型)ばかりか、メモリーを平行2列に配列した製品(ラテラル型)や、メモリーを3個使った製品(3チップ型)まで、均等論によって侵害と評決したのである。

 被告からのJMOL(陪審評決棄却)申立て(15)は却下。双方控訴、CAFC(連邦巡回区控訴裁判所)判決は1992年10月という予想で、都電子の訴訟戦略もこれを意識して立案されていたのだが、結局、判決が出たのは半年遅れの1993年5月10日だった(後述)。

 1991年10月11日、ワトソン社は、都電子あて書信で、契約書案を送付するむね通知。それでも音沙汰がないので、1992年1月8日、都電子は、ワトソン社あて書信で、契約書案の送付を督促した。ここで、ドラマ性いっぱいの本係争の中でも、最もドラマティックなエピソードの一つが起こる。都電子は、ワトソン社の1992年1月17日づけのカバー・レターで、待ちに待った契約書案を受けとったが、まさに同じ1992年1月17日、ワトソン社は、米国関税法337条(16)にもとづいて、都電子をふくむ日韓13社をITCに提訴(337-TA-336)、暫定(TEO)および最終対物一般排除命令(PEO)を請求していたのである。このやり方は、それまでの和平派もふくめて都電子関係者全員を激怒させた(17)

 ちなみに、ワトソン社のITC提訴状コピーが、航空託送便で都電子あて送付されているが、都電子は、これを提訴状送達とは認めていない。もっとも、ITCは司法機関ではないので、ハーグ条約の適用もなく、そもそも送達がどのような意味を有するのかもわからない。

5.両社の主張

 これ以後、ワトソン社と都電子は、ITC(ワシントン)からバージニアへ、そしてロサンゼルスへと、米大陸を横断しながら死闘を繰りひろげていくのだが、その前に、両社の実質問題に関する主張を下にまとめておこう。

 ワトソン社の主張は単純で、「都電子は、SIMMの製造・販売・使用・輸入にあたり、ワトソン社所有の米国特許2件(605および513)を故意に侵害した。よって、陪審裁判による3倍損害賠償(故意侵害に対する懲罰的損害賠償)、仮および永久差止め(以上地裁)、暫定および最終輸入排除(以上ITC)を請求する」というものである。

 これに対して、都電子の主張はより奥深く、概略次のようである。

 1.都電子製SIMMはワトソン社の有効特許のいずれをも侵害していない。

 2.ワトソン社両特許は公知例およびベスト・モード不開示によって無効である。

 以上は、特許訴訟における被告側の定跡的主張だが、それに加えて、

 3.特許出願を隠してJEDECに規格採用を提案し、また、都電子に大量注文して投資を誘導した行為は特許権の濫用かつ独禁法違反(18)であり、これによって特許権は行使不能となった。

 4.ワトソン社が、都電子に対する大量発注に際しても、また都電子が他社向け販売を開始したことを知りながら、特許出願の事実を告げなかった行為は、黙示のライセンス(後述)を構成する。

 5.ITCにおいて、暫定措置(TEO)ヒアリング直前に同申立てを取下げ、最終措置(PEO)ヒアリング直前に提訴を取下げた(後述)行為は、sham procedural tacticsであって、独禁法違反である。以上を根拠として、都電子は、ワトソン社の特許権行使を差止め、損害賠償を請求する。

 6.逆に、一定のワトソン社製品が都電子の特許数件を侵害するから、ワトソン社製品の製造販売差止めと損害賠償を請求する(反訴)。

6.ITC調査

 1992年2月20日、ITCは全会一致で調査開始を決定した。直後の1992年3-4月、日韓各社がバタバタ和解したが、都電子は徹底抗戦を続け、調査開始後90日というハンディキャップのもとで、 TEOヒアリングに向けて証拠を収集し証人を準備した。厖大なディスカバリ−要求(19)に漏れなく答え、デポジションにも応じた(主として技術と営業情報)。ところが・・である。ドラマの第1幕が突然閉じた。ワトソン社は、TEOヒアリング直前の1992年4月15日、突然、TEO請求を取り下げたのである。

 さらに、ワトソン社は、PEOヒアリング直前の1992年6月9日、都電子が会社を挙げての準備中、またまた突然、ITC提訴そのものの取り下げを申立てた。

 提訴人による取下げの申立ては、かならずしもITCによって自動的に認められるわけではなく、ITCの裁量である。しかし、ITCは、かねがね「特別の事情がないかぎり、ヒアリング前の段階であれば、提訴人からの提訴取下げ申立ては容易に許可される」と言っている。

 今回の取下げについて、ワトソン社は、大要、「地裁で、別途、都電子に対する仮および永久差止め、損害賠償請求をおこなっている(後述)から、両フォーラムで同様の事件を係属させることは社会的損失」という理由を挙げている。

 これに対して、都電子は、大要、「ヒアリング前といっても、数日前というのは手続きの濫用だ。ワトソン社は、ITCを、被審人に圧力を加えて不本意な和解を強いる目的で利用しているのであって、ワトソン社のかかる策略は、前回、TEOヒアリング直前にTEO請求を取り下げた行為と合わせて判断すると、意図的かつ常習的である」と強く反発した。

 また、ITC調査官は、ワトソン社が挙げた理由が一般的に公共の利益に合致することを認めながらも、これによる調査終結は、都電子に対して with prejudice(同一原因の再提訴を認めない)であるべきだと主張、ITCはこれを採用して、 with prejudice条件でワトソン社の提訴取下げを許可した。

 一般の民事訴訟では、 with prejudice条件つきの提訴取下げは原告敗訴の同義語であり、この段階では都電子の完勝と言って良く、いずれ都電子が本案で勝訴すれば、引き続き、ワトソン社の不当提訴(sham litigation)を根拠とする対ワトソン社(and/or対ワトソン社弁護士事務所)不法行為訴訟にまで発展する可能性がある。

7.バージニア訴訟

 ワトソン社は、 ITC提訴取下げ申立て5日前の1992年6月4日、都電子の米国子会社をバージニア東部地区連邦地裁に提訴し、605および513特許侵害で、3倍賠償、仮差止めおよび永久差止めを請求していたのである。もちろん陪審裁判を請求している。

8.ロス訴訟とワトソン社破産

 1992年6月29日、都電子と米国子会社(以下、とくに重要な場合を除いて、両者を区別することなく「都電子」と称する)は、ワトソン社をカリフォルニア中部地区(ロサンゼルス)連邦地裁に提訴、ワトソン社特許の非抵触・無効確認宣言を請求、同時に、ワトソン社独禁法違反行為の差止め、損害賠償を請求した。さらに、都電子米国子会社は、バージニア地裁にワトソン社訴訟のロス移送を申立てた。

 バージニア東部地区連邦地裁というのは、前述した通り、いわゆるロケット・ドケット(審理が異常に早い)法廷の一つで、人口構成は圧倒的に白人が多く、あまり豊かでなく、製造業はほとんどない。また、ワシントンに近いだけに、政治的に過敏である。被告の日本企業としては最もありがたくない法廷地の一つだが、もちろんそんな理由で法廷地を移送できるものではない。

 この場合、都電子米国子会社による移送申立ては、単純な便宜法廷を根拠とするもので、原告ワトソン社がバージニア州に事務所を持たない一方、被告都電子米国子会社は、本社も事業の中心もカリフォルニア州にあり、したがって、証拠や証人が集中するロスへ訴訟を移送するのが合理的だというものであった。ワトソン社のほうも、同じ根拠で、ワトソン社本社所在地のボストンを主張できたはずであるが、それをしなかった。理由はよく分からないが、もしかすると、後述の破産問題を予期していたのかもしれない。

 1992年7月17日、バージニア連邦地裁判事は、訴訟のロス移送を決定した。

 同日、都電子は、ロスの都電子訴訟に、ワトソン社による都電子特許の侵害訴因を追加した。

 8月18日、もう一つのドラマが始まった。ワトソン社が、ボストンの破産裁判所に、破産法11章(会社更生法)の申請を提出したのである。破産法の規定によって、都電子訴訟が自動停止、ワトソン社訴訟のみ進行するという一方的な状態になったため、都電子は、破産裁に、対ワトソン社訴訟進行申立てをおこなった。この頃以後、ワトソン社弁護士は、成功報酬に切りかえたらしい。

9.INTERMISSION−ボストン訴訟 1

 ここに一つのサイド・ストーリーがある。1992年9月25日、ボストン連邦地裁は、ワトソン社の申立てで、米国クリヤー社に対する仮差止め命令を発令した(クリヤー社は、DRAMを購入してSIMMに組み立てる業態。ワトソン社特許の無効は主張していない)。

 1992年10月21日、CAFC(連邦巡回区控訴裁判所)は、地裁の対クリヤー社仮差止め命令を差戻し。11月12日、ボストン連邦地裁の差戻し審は、クリヤー社に対する仮差止めを再発令。クリヤー社の救済申立てをCAFCが却下、仮差止め確定。

 1993年7月29日、CAFCは、前記クリヤー社に対する地裁の再仮差止めをふたたび差戻した。クリヤー社の設計変更に対するワトソン社からの均等論主張をしりぞけたのである。

10.ロス地裁での仮差止め申立て攻防

 1992年10月5日、都電子は、ロス両訴訟の併合申立てをおこなったが、ワトソン社は異議申立て。

 11月5日、破産裁は、特許訴因を除いて、都電子の対ワトソン社訴訟進行申立てを認容。

 11月23日、ワトソン社は、都電子米国子会社に対して仮差止め申立て。

 1993年1月28日、都電子は、ワトソン社の仮差止め請求に関して、1)ワトソン社がすでに40社に対してライセンス供与しているので排除権の利益がない、2)ワトソン社がSIMMを製造していない、3)仮差止め請求がワトソン社の意思で遅延した・・などの理由から、仮差止めの要件たる回復不能の損害が存在し得ないし、またワトソン社が本案で勝訴する可能性も小さいなどとして、仮差止めの条件が満たされていないことの確認を求める部分略式判決申立て(20)をおこなった。

 直後、ワトソン社は、都電子の顧客十数社に対して召喚状(subpoena)を送付、デポジションによる「回復不能の損害」証拠収集に乗り出した。

 1993年2月1日、都電子は、平行2列(ラテラル型)製品に関して、ファイルラッパー・エストッペルを理由とする非抵触宣言を求める部分略式判決申立てをおこなった。

 2月22日、都電子からのロス両訴訟併合申立てが却下(これにより特許訴因に関しては、ワトソン社ケースのみが進行する)。

 4月19日、都電子から、万一仮差止めが発令されたら、直接被告の都電子子会社だけでなく、兄弟会社に当る米国半導体製造会社も壊滅的打撃を受けるむねの宣誓供述書を添付したワトソン社仮差止め申立てに対する異議申立書を提出。ビジネスの世界では、いくら「仮」といっても、差止めは死に等しい。都電子は仮差止め阻止に全力を投入している。

 この時期になって、都電子内で、お定まりの内紛が発生している。訴訟の緊張にたえきれなくなった営業部が、トップに直訴したり、顧客にその場逃れの手紙を書いたりするのだが、これらの文書が、後述のディスカバリーで、ぜんぶワトソン社に取られることになる。敵は内部にもいるのである。

 4月26日、ワトソン社は、都電子異議申立てに対する厖大な反論書を提出。これと前後して、ワトソン社弁護士から、和解の可能性についての非公式打診あるも、都電子これを拒否。

 4月30日、都電子は、ワトソン社反論書の主要点について却下申立書を提出。

 5月10日、ワトソン社からの仮差止め申立てに関するヒアリングがおこなわれた。担当のディヴィス判事が、ロス暴動の端緒になった有名な公民権裁判(ロドニー・キング事件)で多忙のため何回も延期されていたもの(同事件は4月16日陪審評決−−危惧されていた再暴動は起こらなかった)。

 たまたま、同日朝、CAFCから前述東進電気/日洋通信控訴判決が言渡された。判決は、1)まず、東進電気/日洋通信の特許無効主張を否認した(といっても有効と判決されたわけではなく、都電子のより強力な無効主張はまだ生きている)。2)つぎに9チップ30ピン製品(クラシック型)を抵触とする一方、ラテラル型および3チップ型を非抵触とした。地裁陪審の均等論を、CAFCがファイルラッパー・エストッペルで覆したのである。3)最後に、地裁が、東進電気/日洋通信からワトソン社に支払うべき損害賠償額(ワトソン社製品に特許表示がないので、損害賠償は警告日以後に限定)として、初警告時点における「合理的ロイヤルティ」(2.75%)を採用したのをくつがえして、侵害開始時点(4%)とした。都電子弁護団は、この事実を大至急で文書化し(ワシントンとは3時間の時差がある)、ロス地裁での仮差止めヒアリング冒頭、判事にこれを提出した。

 ワトソン社側は、都電子の米国子会社が顧客の動揺を防ぐために本社に無断で配った「現在和解交渉中」という、事実と異なる内容の文書を提出、これがディスカバリー違反および特許侵害の自白だと迫ったが、判事はこれを認めなかった。ヒアリングは1時間で終了したが、予想に反して、すぐには決定が出なかった。

 CAFC判決の結果は、東進電気/日洋通信にとって勝敗相半ばというところだが、ワトソン社弁護士は、金銭的には合計M$6以上の増収だと言っている。5月、ワトソン社は、約40社の全ライセンシーに対して、5月10日以降、3チップおよびラテラル型についてはロイヤルティ支払いの義務はない(クラシック型のロイヤルティ率は変わらない)が、CAFC判決を上告するつもりだから、ロイヤルティ相当分の供託を勧めるという内容の通知をおこなった(Electronic Buyer's News5月24日号)。6月29日、ワトソン社がCAFCに提出していた再審請求が却下された。

 さて、ワトソン社対都電子のロス地裁ケースに戻ろう。

 6月29日、ワトソン社からの仮差止め申立てが却下された。ディヴィス判事は、この程度の仮差止め事件としては異例の43ページにのぼる意見書の中で、却下の理由を次のようにいう。

 1.ワトソン社は本案での勝訴の可能性を十分疎明していない。1)まず、ワトソン社特許の有効性について、ワトソン社は、東亜電気/日本通信事件での有効判決を繰り返しているだけで、都電子の説得力ある衡平法禁反言(ワトソン社が都電子を誤導してSIMM生産に踏み切らせたこと、ワトソン社がJEDECを誤導して規格採用させ、需要をでっちあげたこと、ワトソン社特許は権利濫用、したがって反トラスト法違反により行使不能に陥っていること)による無効主張に十分反論できていない。2)3チップおよびラテラル型は東進電気/日洋通信事件CAFC判決で非抵触である。

 2.ワトソン社は回復不能な損害の可能性を立証していない。判例上、特許の有効性と抵触が明らかであれば、回復不能な損害の可能性が立証されるが、本件ではいずれも明らかではない。加えて、ワトソン社は40社以上にライセンスしており、また、都電子製品を知ってから6年以上も権利行使しなかった。ワトソン社の更生申請は関係がない。

 3.仮差止めの有無にともなう当事者間のバランスはワトソン社に不利。仮差止めを許可すれば都電子には数千万ドルの損害が出るが、許可しなくてもワトソン社はなにも変わらない。

 4.仮差止めによる公共福利への被害に関する都電子立証が成功している。仮差止めを許可すると、ワトソン社のJEDEC誤導行為によってすでに発生している競争制限状態を推し進めることになる可能性がある。

11.INTERMISSION−ボストン訴訟 2

 ここで一つの幕間狂言が演じられる。1993年8月27日、ワトソン社は、ITC調査開始直後の1992年4月、はやばやとワトソン社と和解したに日本メーカー王子通信機を、ボストン連邦地裁で、和解契約違反で訴えたのである。ワトソン社の訴状(公開版)によると、和解契約は、「ワトソン社のすべての有効未満了特許にカバーされるすべてのメモリー・モジュール製品」に対してロイヤルティを払うことになっている由である。訴状によると、王子通信機は、1992年10月-1993年3月分のロイヤルティとしてM$7余を払ったが、これは9チップ・リード型の分だけで、王子通信機は、これ以外の分の支払いを拒絶し、すでに支払った分は将来の支払いから控除すると主張している由である。ワトソン社は、3チップとラテラル型については、1993年5月分までは払うべきだし、9チップ・リードレス型については、特許満了まで払うべきだと主張している。生煮えの交渉で契約すると、こういうことになるという教訓であろう(21)

12.ジャブの応酬

 1993年9月13日、ワトソン社からのロイヤルテイ率に関する部分略式判決申立て(ロイヤルテイ率をあらかじめ判決することを要求)に関するヒアリング。申立て却下。同日、都電子からの衡平法禁反言抗弁に関する部分略式判決申立て(JEDEC誤導によるワトソン社特許権行使不能宣言を要求)に関するヒアリング申立て却下。このへんの申立てジャブの打ち合いは、判事に対する自方ストーリーの教育が主目的で、すべて却下は覚悟の上。

 9月28日、都電子・ワトソン両社間の法廷合意書(stipulation)で、ラテラル型と3チップ型の非侵害が確認され、訴訟で残ったのは9チップ30ピン製品(クラシック型)だけになった。

 10月、ワトソン社からの誘いで弁護士レベルで和解の試みあるも、差が大きすぎて破談。

 11月-12月、ワトソン社から2次にわたる広範な尋問書、文書要求が発せられた。ディスカバリーを監督するため任命されたグラハム予審判事が強い偏見の持ち主で、都電子からの異議をほとんど却下、これが本案に影響をあたえることを危惧した都電子は、ワトソン社の過酷かつ不合理な要求にすべてこたえるべく、担当グループの徹夜シフト体制をしいた。

 この段階で、都電子にとっての最大の危機は、1)厖大なコスト・プライス情報と、2)1990年6月27日づけ米国弁護士意見書の提出命令である。1)は、問題の時期を通して存在した日米半導体協定のサスペンション・アグリーメントにもとづく対商務省提出情報との整合性が問題で、2)は、都電子がおこなってるエストッペル抗弁の前提たるclean hands立証義務およびワトソン社による都電子故意侵害への反論として、弁護士・依頼人秘匿特権(22)を放棄しなければならないというジレンマにおちいったことである。

 1994年2月28日がディスカバリー・カットオフ、同時にトライアル期日が決定された。これは数回延期されたあげく、結局、6月16日開廷ときまった。

 双方からのデポジションも盛んにおこなわれたが、1994年3月24日、都電子渉外部長のデポジション席上、ワトソン社よりの申し出で双方和解提案するも、依然として差が大きすぎて破談。

 3月27日、原被告から「法と事実に関する主張書面」を提出、これで双方の主張点がはっきりした。

 5月17日、都電子略式判決申立て3件−−1)ベスト・モード不開示にもとづく特許無効申立て、2)リードレス・モジュール非抵触宣言申立て、3)クレーム非該当を根拠とする605特許非抵触宣言申立て−−につき決定。前2件却下(理由は「事実に関する争いがある」というもので、したがってトライアルで決めることになる)、後1件認容(これで問題特許は513だけになった)。

 6月、ディヴィス判事の強い示唆で、別の判事を座長とする最後の和解会談が持たれたが、依然差が大きく破談、いよいよ陪審によるトライアルに突入。都電子ではすでに著名な陪審トライアル・コンサルタント・グループを雇用して、陪審調査、模擬法廷などの準備も終わっている。

13.トライアル

 トライアルは、1994年6月16日(木)午後開始、週末と月曜を除いて連日開廷、予定を5日延長して13日にわたり、7月7日(木)閉廷した。

 6月16日(木)、午前中に双方から懸案の各種申立てをすべて却下、午後、陪審員選定手続き。選挙人名簿からランダムに抽出した35名が出廷、さらにそこから10名を抽選で選定、予備尋問(voir dire)の結果、ワトソン社側は忌避ゼロ、都電子側は理由なしの忌避2名(事前の陪審サーベイにおいて、女性のほうが通商偏見が少ないという結果が出ており、これにもとづいて女性の数を増やすねらい)。結局、若い黒人女性(職業婦人)2名、初老の白人女性1名、若いスペイン系女性1名、30-40才台白人男性5名、スペイン系男性1名という構成(うち白人男性1名が途中から病欠、結局9名になった。最低6名必要)。東洋系がいないのは良し悪し。だいたいカレッジ卒以上。

 ディヴィス判事は著名な判事で、訴訟指揮も非常に公平で的確、ただ慎重な性格で、本件も、略式判決などはなるべく避け、陪審にすべてを委ねようという方針。本来は判事権限のエストッペル問題などについても、陪審の助言を求めている。原被告間の時間配分は、全時間の40%をワトソン社側に、60%を都電子側に配分、これを分刻みで管理した。都電子側は主張が多岐にわたるため、60%でも不満で、もし敗訴すれば時間不足が原因と考えていた。

 ワトソン社側は、ハンリー法律事務所のスミス(特許)とロバーツ(一般)両弁護士を中心とする弁護団に、フライ博士を中心とする専門証人団。それに発明者のクリントン氏(初老の白人)夫妻、若い男女の子供たちが終始傍聴席中央に陣どり、ドラマティックな設定で陪審の目を引いていた。東進電気/日洋通信事件以来のチーム編成で手慣れたもの。

 都電子側は、リプトン法律事務所のナイト(特許)、グールド事務所のウォーター(一般)を中心とする弁護団とともに、都電子渉外部長が常時出廷。できるだけオリエンタルに見せないように、ほかの日本人証人候補者は別室で待機。初日は原被告の冒頭陳述までで終わった。

 6月17日(金)-24日(金)はワトソン社側証言。クリントン、フライは手慣れたもの、都電子弁護士の反対尋問にものらりくらりでつかまらず。ただ、3日目くらいから、あまり慣れすぎの印象も出はじめた。ストーン氏(破産前ワトソン社の特許部長、今回の対日韓特許攻勢の立案者、現在も特許事務所でワトソン社の仕事を担当している)に対する都電子弁護士の反対尋問は熾烈なもので都電子かなりの得点をあげた。最後の専門証人クォラン氏(もと大手カメラ・メーカー特許部長、現在コンサルタント)は、1)都電子がSIMMで特許調査をやらなかったという都電子技術者のデポジション証言(23),2)都電子特許部による抵触判定と設計変更勧告の2点を根拠に、都電子の特許政策を徹底的に攻撃、会社ぐるみの意図的侵害と主張、ワトソン社側かなりの得点をあげた。

 6月28日(火)-7月6日(水)は都電子側証言。ワトソン社513特許(他の特許は、いままでにすべて無効または非抵触になっている)無効、行使不能、非抵触を立証する専門証人をぞくぞく繰り出したが、この点でも時間不足を意識、本人証言よりもデポジション速記録読みこみに方針変更。これは控訴対策には良いが、陪審員には奇異に見えた。都電子側証人は、ワトソン社規格問題について証言するもとJEDEC幹部や、ワトソン社の「商業的成功」を反証するreluctant licensee、さらに技術鑑定人数名が健闘したが、陪審にどこまでわかってもらえたか疑問。ワトソン社による都電子会社ぐるみの意図的侵害主張に対する反論は、7月5-6日の都電子渉外部長本間氏の英語証言にすべてを賭けた。本間氏証言要旨:1)都電子はつねに徹底的な特許調査をやっており、SIMMの場合も例外ではない(都電子技術者デポ証言は誤解−−注23)。2)特許部判定は、これによってつぎの段階(社外弁護士の判定)に進むための最初のフィルターにすぎない−−注9。3)社外弁護士判定は encouragingなものであった。4)交渉遅延の原因はひとえにワトソン社側にある。5)特許部設計変更勧告の不採用は、むしろ交渉促進意図によるものだった。

 7月7日(木)、最終弁論は、ワトソン社側の雄弁な特許権神聖論一点ばりと、都電子側のどうしてもやや散漫になりがちな技術論が好対比となった。ディヴィス判事の説示(instruction)は公平なもの。陪審評決はオール・オア・ナッシングの general verdictではなくて、13項目にわたる special verdictになった。この点、都電子側にやや有利(重要な項目一つでもシロになれば事実上の勝訴)。

 ワトソン社側の手慣れた2番煎じ興行にくらべて、都電子弁護士、専門証人、社内証人すべてが力のかぎりを尽くした(最終日には燃え尽き症候が見られたほど)。

 今回はトライアルの第1局面で、特許訴因シロクロの陪審評決のみ。第2局面(日程未定)で、賠償額算定と都電子側の独禁法訴因が審理される。

 7月12日、陪審評決が報告された。要旨下記:

1)都電子側に「侵害の意図」なし。

2)都電子はワトソン社513特許の「黙示のライセンス」を有する(24)

3)ワトソン社513特許の無効・権利行使不能立証は不成功。

4)都電子9チップ30ピン製品は(リード有無にかかわらず)ワトソン社513特許に抵触。

 結局、陪審評決は、上記2)によって、都電子に違法事実なし、都電子勝訴というものである。評決後、陪審とのインタービューによると、都電子渉外部長の英語証言が印象的だった由。

 トライアルの第2局面(日程未定)は都電子側からの独禁法訴因だけになった。こんどはワトソン社が防御側に立つことになる。

14.ポスト・トライアル・モーションと控訴

 1994年8月10日、都電子側主張の衡平法訴因(特許詐欺による無効、JEDEC標準採択誤導による権利行使不可能、時効−−いずれも判事権限)についてのヒアリング。1995年1月、地裁判決(陪審評決どおり)。

 ワトソン社、都電子いずれも、上の陪審評決を不満として、連邦民事手続規則50条(b)(JMOL)および59条(a)(トライアルやり直し)申立て。

 1995年3月、地裁は双方申立てをすべて却下。4月17日、双方控訴。

 1997年2月、CAFCは地裁判決を支持する判決を言い渡した。ワトソン社はこれを不満として連邦最高裁に事件移送申立てをおこなったが、最高裁これを拒否、都電子の勝訴が確定した。

 特許性:本稿を通して「特許」とは米国特許のことである。ある発明が特許になるためには、1)特許主題該当性、2)有用性、3)新規性、4)非自明性の4要件を満たさなければならない。この4件は、特許商標庁(以下「PTO」)の審査基準であると同時に、訴訟でも、そのひとつでも欠けることが立証されと、特許が無効になるという意味で裁判基準でもある。

 特許主題:憲法上、特許は「有用技術」の進歩のために付与されるのだから、特許主題は一定の有形的主題・・方法、機械、製造物、物質の組成・・に限定される(35 USC 101)。判例上特許主題非該当とされているものは、自然法則、自然現象、抽象的思想、(アイデアそれ自体、抽象的原理、動機、科学的真理およびその表現、数学式、計算法、経済学説−−このカッコ内は現在では怪しくなっている)などである。しかし、科学的真理の助けを借りて創造された新規・有用な構造、既存の構造や方法に対する自然法則や数学式の応用は特許主題に該当する(Diamond v. Diehr, 450 U.S. 175, 67 L Ed 2d 155, 101 S. Ct. 1048 (1981))。この点で、近年問題になっているのが、生物、ソフトウエア、医薬品、アルゴリズム、ビジネス・モデル、米国特許方法を外国で実施した製品などである。

 ソフトウエア特許:印刷物を特許主題非該当とした古い判例(「印刷された情報は、それが認識されるためには人の心による処理を必要とするから、特許主題のどれにもに該当しない」United States Credit Systems v. American Credit Indemnity, 59 F. 139 (2d Cir. 1893))を根拠に、特許商標庁(PTO)は、従来、コンピューターによって制御されるプロセスを特許主題として認めなかった。最高裁のGottchalk v. Benson, 409 U.S. 63, 34 L Ed 2d 273, 93 S.Ct. 253 (1972)は、2進化10進数を2進数に変換するプロセス(アルゴリズム)を特許主題として認めなかった(反対意見なし)。しかるに、近年、最高裁のDiamond v. Diehr, 450 U.S. 175, 67 L Ed 2d 155, 101 S. Ct. 1048 (1981) は、ゴム鋳型中の温度を継続的に測定して計算機に入力、アルレニウス式によって加硫時間を再計算して、加硫完了をしらせるプロセスの特許性を認め(5対4)、これを突破口として、CAFCの In Re Alappat, 1994 WL 395740 (Fed. Cir. 1994)(オシロスコープ上の折線を連続的に見せる数学的近似法)、 In Re Warmerdam, No. 93-1294 (Fed.Cir. 1994)(ロボット衝突防止のための階層仮想バブル・アルゴリズム(このクレームは拒絶)によって生成されるデータでコンフィグしたメモリーを有する機械)、In Re Lowry, 32 F.3d 1579 (Fed. Cir. 1994)(「データ・ストラクチャーを格納したメモリーは印刷物とおなじではない。発明が、情報を、人間の心ではなく機械で処理することを要件としている場合、印刷物論は通用しない」として、具体的なデータ・ストラクチャーを特許主題として認めた)は、ソフトウエアやアルゴリズムそのもの−−そしてビジネス・モデルの特許保護に急接近している(なお、注2参照)。

 新規性:訴訟で、被告から特許無効主張の根拠としてよく使われるのが、新規性の欠如である。1個の先行技術(prior art)でも、特許製品または方法のすべての要素(all the elements)を含んでいれば、それは「予見」(anticipation)として特許無効事由になる。特許法のなかに先行技術の定義はないが、公知・公用・特許・刊行物は先行技術とされる(35 USC 102 (a))。公知は、それによって、業界の通常の技能を有する者が実用化できる程度のものであることが必要である(Acme Flexible v. Gary, 101 F. 269 (2d Cir. 1990))。公知公用は出願1年以上前で米国内でのそれに限られる。

 非自明性:35 USC 103は、特許主題と先行技術の差が、発明当時、その主題全体が業界の通常の技能を有する者にとって自明な程度であれば、特許を受けることができないと規定する。Graham v. John Deer, 383 US 1 (1966)は、自明性の判断にあたって、1)先行技術の範囲と内容、2)先行技術とクレームの差異、3)関連業界の通常の技能レベル、4)商業的成功、社会のニード、他社の失敗などの2次的要素を考慮するようPTO、下級栽に要求している。

 特許:特許には、ユーティリテイ特許、植物特許、意匠特許の3種があるが、ここではユーティリテイ特許にしぼって説明する。特許は、表紙、明細書と図面、クレームから構成される。

 クレーム:クレームは専有権の境界・限界(metes and bounds)を定義する。つまり、特許権者が、彼の発明とみなしている主題(プロセス、機械、製造物、物質の組成)を、特定的に指摘し、かつ明確に請求する文言である(35 U.S.C 112)。いわゆる機能クレームは、発明以上のものをカバーしうるということで、以前はこれだけで拒絶されていたが、現在では、特定的かつ明確でさえあればよいとされている(いわゆるmeans plus function claim)(In Re Donaldson, 16 F.3d 1189 (Fed.Cir. 1994))。これが前述のソフトウエア特許につながってゆく(ある機能を実現する手段がコンピューターやプログラムであれば「特定的」条件が満足されるPTO Proposed Examination Guidelines for Computer-Implemanted Inventions 60 FR 28778, June 1, 1995)。なお、1クレームは1文から構成され、独立、従属(前出の1クレームに依存)、多重(前出の複数クレームに依存)の3種がある。従来、クレーム解釈は事実問題として陪審の権限とされてきたが、最近のMarkman v. Westview Instruments, 52 F. 3d 967 (Fed. Cir. 1995)はこれを法廷(判事)の権限とした(上告中)。後述(注4)のHilton Davis判決と合わせて、連邦巡回区控訴裁判所のフィロソフィーが注目されるところである。

 特許審査:特許審査は出願人とPTOの2者だけの(ex parte)非公開手続きである。まさにこのゆえに、出願人には「最高度の誠実義務(highest duty of candor)」が要求される(37 CFR 1.56(a))。審査にともなって両者の間に交換された一切の文書・口頭のやりとりの議事録・非自明性や発明日に関する宣誓供述書などは、PTOで、ファイルラッパー(file wrapper)と呼ばれるファイル・ジャケットに保管される。ここにおさめられた情報がファイルヒストリー(file history)である。

 拒絶無効事由:拒絶事由は、予見、自明、不明瞭または不特定、特許主題非該当、二重特許(double patenting 同一人が同一主題で複数出願)、不可能(nonenablement 業界の通常の技能を有する者によって実用化できない発明)などがある。以下、PTOでの拒絶事由と、訴訟での無効事由は、とくに断わらないかぎり共通であるが、後者のほうが範囲が広い(不衡平行為、ベスト・モードや発明者名不記載など)。審査に不服があれば、PTO正副長官と主任審査官などから構成される特許上訴インターフェアランス委員会で先決したあとCAFCに提訴できる。

 ベスト・モード:発明者は、出願明細書の中で、当該発明を実施するにあたって、彼/彼女の知る最善の態様を記載しなければならない(35 USC 112)。発明者が、記載されたベスト・モードより優れた実施態様を知っていたことが立証されると、特許が無効になる。特許侵害訴訟における被告側の有力な武器である。

 継続出願:親特許の出願日を援用して(つまりそれ以後の先行技術は拒絶事由にならない)、子出願をおこなうことができる。その条件は、親出願がペンディング(copendency)であることと、発明者のすくなくとも一人が共通であることである。継続(continuation)、部分継続(continuation-in-part)、分割(division)の3種がある。継続出願では、明細書が同一でクレームが異なるのがふつうだが、いったん拒絶されたあと新しい論点がでてきた場合などは同一クレームのこともある。部分継続は、特許主題を追加した場合に使われる(追加主題に関しては親特許の出願日を援用できない)。分割は、ふつう複数発明を含むため拒絶された出願を分割するために使われる。

 インターフェアランス:複数の出願または出願と特許が同一の特許主題をクレームしている場合、発明日の前後を決定するため、PTOまたは出願人の申立てによって、特許上訴インターフェアランス委員会がおこなう対質手続き(35 USC 102 (g))。従来は、発明日を決定するために援用される行為(発明の概念化と実用化)が米国内に限られていたため、外国発明者にとって不利だったが、ウルグアイ・ラウンド貿易関連知的所有権(TRIPS)協定を実施する1995年特許法改正で、WTO加盟国民であればこの差別を受けないことになった(35 USC 104)。

 リエグザミネーション:特許付与後いつでも、特許権者をふくむ誰もが(匿名可)、成立した特許の効力に影響する特許や公刊資料をPTOに通報することができ、PTOが再審査(reexamination)手続きを開始することができる。手続きは公開である。特許権者と通報者の対質になるかどうかは特許権者の選択である(37 CFR 1.535)。

 均等論(Doctrine of Equivalents):被告の製品または方法が、クレームに literary には触れなくても、特許発明と実質的同一の方法で、実質的同一の機能を果たし、実質的同一の結果をもたらす場合、これを侵害とする判例法(Graver Tank Mfg. v. Linde Co., 339 U.S. 605 (1950))(Function-Way-Resultの頭文字をとってFWRテストとも呼ばれる)。これの適用については、ファイルラッパーにふくまれた限定(たとえば出願人の言質)によって均等論の適用が遮断されるという判例法が成立している(prosecution history estoppel)(Mannesmann Demag v. Engineered Metal, 793 F.2d 1279 (Fed.Cir. 1986))。判例は、特許という独占権の存在理由としてよくあげられる「産業政策説」と「自然権説」のあいだをいまだに揺れている。London v. Carson Pirie Scott, 946 F. 2d 1534, 20 USPQ 2d 1456 (Fed. Cir. 1991)以降の諸判例は、均等論の適用は事件の衡平が命じる場合に限るべきだとしてきたが、最近のHilton Davis Chemical v. Linde Air Products, No. 93-1088, 1995 W.L. 468345 (Fed. Cir. Aug. 8, 1995)大法廷判決は、FWRテストを超えて、「差異の実質性」立証責任を被告側に負わせることによって、均等論の適用範囲を一気に拡大した(上告の可能性あり)。本間忠良、「Warner Jenkinson v. Hilton Davis, 520 U. S. 17 (1997)」、『アメリカ法』1998-1(日米法学会)。

 逆均等論(Reverse Doctrine of Equivalents):逆に、クレームに literary に触れていても、方法、機能、結果のいずれかが違っていれば侵害にならないという理論だが、現在までのところ、まだ学説段階にとどまっているようである。

 衡平法抗弁:特許権の行使に対して、被告側から特許無効や非抵触を主張して抗弁することは定跡だが、ほかに衡平法にもとづく有力な抗弁がある。「汚れた手(unclean hands)」、除斥期間(latches)、禁反言(estoppel)の3種がある。これらが「明白かつ説得力ある(clear and convincing evidence)」によって立証されると、特許はすくなくとも権利行使不能(unenforceable)におちいる。

 アンクリーン・ハンズ:古くからの衡平法諺に「人は汚れた手で法廷にはいってはならない」というものがあり、これにもとづいて、1945年頃から数次の最高裁判決によって、PTOでの誠実義務違反を、「特許詐欺(patent fraud)」ないし「不衡平行為(inequitable conduct)」とし、同特許権の行使を禁じる(unenforceable)判例法が成立している(Precision v. Automotive, 324 U.S. 806 (1945))。PTOに対して、先行技術を知りながら秘匿したり、嘘をついたりする行為が典型的だが、ほかにも、審査手続きを意図的に遅延させて、その間の一般的な技術進歩をとりこんで分割・継続するなど、いわゆるサブマリン特許の手口も、場合によってはこれにあたる。

 ラッチェズ:特許権者が不当に侵害訴訟を遅らせ、侵害者がそれによって重大な損失を受けるような場合、特許権は行使不能になる。判例では、侵害を知ってから6年で、正当事由の立証責任を特許権者のほうに転換する(Leinoff v. Lois Milona, 726 F.2d 734 (Fed. Cir. 1984))。

 エストッペル:衡平法上のエストッペル(equitable estoppel)が立証されると、権利行使が不能になる。1)不合理な提訴遅延、2)提訴遅延による侵害者の損害、3)侵害者に対する請求権放棄と認められる特許権者の行為(警告後の沈黙などがこれにあたる)、4)特許権者のミスリーディングな行為を信頼した侵害者の損害という4つの場合がある。本訴訟で決定的な役割を果たすことになる「黙示のライセンス」は、衡平法ではなく普通法上のエストッペルである。

 優先権:パリ条約加盟国での最初の出願から1年以内に米国でなされた出願においては、かかる外国での出願日を主張することができる(35 USC 119)。

 出願公開:日本では、特許出願が、出願後18か月で公報公開されるが、米国では公告まで公開されないので、いろいろな事情で、または悪徳出願人の作為不作為で、審査に長期間かかった特許が、そのような技術が業界常識化したあとで成立するという不合理な事態があとを断たなかった。米国でも、早期出願公開制度に移行するための特許法改正法案が現第104(1995-6)議会に提出され、1999年末やっと成立したが、強い反対勢力によって骨抜きにされ、外国に出願されていない米国出願や外国出願に含まれていない米国出願の記載内容は、出願人の希望によって非公開にできる。

 時効:特許権侵害にもとづく損害賠償は、提訴から6年前までの分しか請求できない(35 USC286)。

 警告と特許表示:特許権者は、特許製品の上に、patentまたはpat.の語とともに特許番号を表示するか、それとも侵害者が侵害を了知していたことを立証した場合に限り、表示や了知以後の損害賠償を請求することができる(35 USC 287)。警告書はかかる了知状態を作り出すために利用される。

 故意侵害(wilful infringement):本訴訟では、都電子の企業としての行動が故意侵害(状況によっては、判事権限で、損害賠償を懲罰的に3倍まで加重することができる)の要件を満たすかどうかが激しく争われた。故意侵害の有無は、ふつう、1)特許侵害警告の現実の了知の有無、2)弁護士意見およびそれの順守の有無、3)侵害者の主観の3点についてテストされる(Rosemount v. Beckman, 727 F.2d 1540 (Fed. Cir. 1984))。

 了知(notice):事業者が他人の特許権を了知したときは、その抵触の有無を誠実に判断する積極的な義務がある。了知が第三者からのものであり、同第三者が特許無効の確信を持っていたとしてもかかる義務は発生する(Great Northern v. Davis Core, 782 F.2d 159 (Fed. Cir. 1986))。

 弁護士意見書(opinion of law):このような誠実判断義務の履行として、訴訟で多く援用されるのが特許弁護士の意見書である。弁護士意見書には権威と責任がともない、強気すぎても弱気すぎてもあとで依頼人に訴えられることがあるので、慎重な弁護士事務所では委員会の同意を条件にしているところもある。もっとも、弁護士意見書があったからといって故意を免れるわけではないし、ないからといって故意になるというわけでもない(Rolls-Royce v. GTE Valorem, 800 F.2d 1101 (Fed. Cir. 1986))。いやがらせや売り込み目的の警告書を毎日のように受け取っている大企業では、大金のかかる弁護士意見書をいちいちとっているわけにもいかないので、社内の特許部で第1次のフィルターをかけるという実務的なシステムも必要である。

 侵害者の主観(state of mind):どうしても勧善懲悪的な傾向を持つ陪審裁判では、これがきわめて重要な役割を果たす。ふつう1)警告特許の有効性・抵触に対する合理的な疑い、2)現実の了知の欠如、3)弁護士助言への信頼などがポイントである。特許発明を回避するインセンティヴは公共目的に合致するという判例の立場(Yarway v. Eur-Control USA, 227 F.2d 268 (Fed. Cir. 1985))からも、警告に対しては、いたずらに怯懦になるより、むしろ毅然とした態度を持するほうがよい。

10 立証責任:立証のレベルは、無効・執行不可能については、被告側の「明白かつ説得力ある証拠(clear and convincing evidence)」、抵触については、原告側の「証拠の優越(preponderance of evidence)」である(Tillotson v. Walbro, 831 F. 2d 1033 (Fed. Cir. 1987))。なお、日本やドイツでは、無効は無効審判(行政)の管轄で、訴訟(司法)では主張できない。

11 救済(remedies):特許権侵害に対して、権利者に与えられる救済は、1)予備および永久差止め、2)逸失利益、立証または合理的ロイヤルティおよび利息からなる金銭賠償、3)故意侵害に対する加重賠償、4)弁護士費用の4種である(35 USC 283-5)。

 予備(仮)差止め(preliminary injunction):1970年代まで、特許権にもとづく予備差止めはまれだった(ちなみに商標と著作権−−不正商品−−では容易)が、現在では、「有効性と継続侵害が立証されれば、回復不能の損害が推定される」(Smith International v. Hughes Tool, 718 F. 2d 1581 (Fed. Cir. 1983), cert. denied, 464 U.S. 996 (1983) )として、著作権と同じレベルになった。

 永久差止め(permanent injunction):CAFCは、「侵害品の上に事業をおこなっている者は、差止めが事業を破壊するといって抗弁することができない」(Windsurfing International v. AMF, 782 F. 2d 995 (Fed. Cir. 1986), cert. denied, 106 S. Ct. 3275 (1986))として、利益のバランス論をしりぞけた。また、控訴を理由とする差止め停止申立ても、あまり認められなくなってきた。この点でもっともドラマチックだったのが有名なポラロイド事件(Polaroid v. Eastman Kodak, 641 F. supp. 828 (D. Mass. 1985), aff'd., 789 F. 2d 1556 (Fed. Cir. 1986), cert. denied, 107 S. Ct. 178 (1986))であろう。地裁はコダックの永久差止め停止申立てを認めなかったが、発効日を90日後に設定、差止め命令抗告の余裕を与えた。コダックは、CAFCに対して、本案控訴のための差止め停止を求めた。CAFCは、発効日の2日前、特別のスケジュールで本案を審理、コダックの申立てを却下した。翌日、コダックは最高裁に抗告したが、最高裁はこれを却下した。しかし、その後、CAFCは、特許権者が事業からほとんど手を引きつつあったケース(E. I. Du Pont v. Philips Petrolium, 659 F. Supp. 92 (D. Del. 1987))で、控訴結審まで差止めの停止を認めており、スミス・ポラロイド原則の限界を示している。

 逸失利益(lost profits):競争者間では逸失利益が原則で、合理的ロイヤルティは補則である(Weinar v. Rollform, 744 F. 2d 797 (Fed. Cir. 1984), cert. denied, 470 U.S. 1084 (1985))。逸失利益の立証は困難なので、判例は原告の立証責任をゆるめる方向にある(Panduit v. Stahlin, (575 F. 2d 1152 (6th Cir. 1978)))。逸失利益=逸失販売量x限界利益とされ、控除は限界費用(変動原価)しか認められないため、利益が過大に表示される傾向がある。また、業界平均利益率から推定されることもある。

 合理的ロイヤルティ(reasonable royalty):逸失利益が請求・立証されなかった場合は、合理的ロイヤルティを使う。推定時点は侵害開始時期である(Hanson v. Alpine Valley Ski Area, 718 F. 2d 1075 (Fed. Cir. 1983) )。社内の企画書を証拠採用した例がある。侵害訴訟の和解契約で払ったロイヤルティは証拠採用されない(連邦証拠規則408条)。合理的ロイヤルティは事実上の強制実施にほかならないという批判が、とくに特許権自然権論者から出されている。立証できた分だけ逸失利益、できなかった分は合理的ロイヤルティとした例がある。合理的ロイヤルティ率はもちろんケース・バイ・ケースだが、0.75%から50%まである。

 故意侵害と加重賠償:注9。

 弁護士費用(attorney fees):特許法にいう「例外的な場合」としては、判例上、侵害者側の故意侵害、権利者側の不衡平行為などが認められている。

 判決前利息(prejudgment interest):利息額、単利か複利かなど、地裁の裁量が大きく、控訴審では、地裁の権限濫用の有無しか見ない。いままでのところ、地裁のゼロ判決は、すべてCAFCで覆されている。

12 寄与侵害と侵害誘引:寄与侵害(contributory infringement)とは、特許製品の部品や特許方法の材料を、それが特許侵害のため特別に作られたり加工されたものであることを承知で、販売する行為である(35 USC 271(c))。侵害誘因(inducement of infringement)とは、寄与侵害には至らなくても、積極的に侵害を誘引する行為である(35 USC 271(b))。

13 裁判所:特許法は連邦法なので、特許事件の第一審は連邦地方裁判所(50州に各1所以上、全米で94所ある)、第二審はワシントンDCにある連邦巡回区控訴裁判所(Federal CircuitまたはCAFCと略称。1992年以前は全米に11所ある連邦巡回裁判所)、最終審が連邦最高裁判所という3審制である。ちなみに、特許が関係しない著作権事件の第二審は巡回裁判所、おなじく1州内のトレード・シークレットやライセンス契約事件は州裁判所の管轄である。

14 陪審公判(jury trial):合衆国憲法第7修正によって、普通法裁判では陪審の権利が保障されており、当事者の一方が要求すれば陪審公判になる(民事なので「公判」ということばはおかしいが、ほかに適当な訳語がないのであえてこのままにする)。本件でもワトソン社がこれを要求している。陪審は事実の確定を、判事は法の解釈と適用を担当する。陪審は「普通法」にかぎるので、特許の有効性、抵触、黙示のライセンス、損害賠償額の決定などは陪審権限だが、「衡平法」によるアンクリーン・ハンズ、ラッチェズ、ファイルラッパー・エストッペル、差止めなどは判事権限である。本間忠良、「Markman v. Westview, 517 U. S. 370 (1996)」、『アメリカ法』1997-1(日米法学会)。

15 JMOL(judgment as a matter of law):事実の確定は陪審の任務だが、FRCP50条(b)によれば、陪審の事実確定が法的に十分な証拠にもとづいていない場合、裁判官が、陪審に提出されたすべての証拠を被申立人に最も有利に解し、被申立人に最も有利な推定をおこなって、再確定することができる。1994年以前はJNOV(judgment non obstante veredicto)と呼ばれていた。

16 関税法337条とITC:米国関税法337条は、米国への物品輸入においてなされる不公正行為に対して、国際貿易委員会(ITC)が調査をおこない、一般対物輸入排除などの措置をとる制度である。「不公正行為」というのは、法文上の定義はないが、337条が本格的に使われだした1975年以降300余件の実例で見ると、半数が米国特許侵害で、商標侵害やニセモノがこれに続く。調査では、ITC所属の行政法判事(ALJ)が事実と法律について審理し、決定(暫定的決定と最終決定がある)案を起草する。これにもとづき、委員長以下6名の委員(大統領が上院の助言と承認によって任命)が多数決で決定する。以前は調査開始から最終決定まで1年ないし1年半(複雑案件)と期間が決められており、被告側に対して大きな時間的ハンディキャップになっていたが、1989年末、GATT理事会がこれを内国民待遇違反として改善勧告を発した。この結果、米国は、1995年ウルグアイ・ラウンド協定法で関税法337条を改正、期間制限や二重訴訟の軽減などマイナーな改正に加えて、一般対物輸入排除の発動に厳重な条件を課した。他方世界貿易機関設立マラケシュ協定附属書1C「貿易関連知 的所有権(TRIPS)協定」の結果、特許権者の専有権に「輸入権」を加え、連邦裁判所で輸入差止めができるようにしたため、米国保護主義勢力にとって、337条の価値は大きく減じることになろう。

17 危機管理(crisis management):昨今のように陪審裁判で一発数百億円もとられるようなご時世では、重要な事業分野に関する警告とそれにともなう係争は、会社にとっての危機(クライシス)である。これの処理のためには、この種の危機管理のプロが必要なのであって、技術者や弁護士にまかせておくのは不安である。もっと悪いのは、本質的に寄せ集めの無責任集団であるプロジェクト・チームだ。都電子では、かかる明確な危機意識にもとづいて、知的所有権に関する係争処理についての全権と全責任を、常備軍の渉外部に与えている。

18 知的所有権濫用と反トラスト法:特許ライセンス許諾の条件として、非特許材料の購買や再販価格維持などの義務を負わせる、いわゆる特許権濫用(patent misuse)は、不衡平行為のうち、アンクリーン・ハンズの典型として、特許権行使不能の原因になる。このような行為は、極端な場合には、防御抗弁を越えて、反トラスト法違反(独占行為)による3倍賠償請求の攻撃を誘発することがある(Walker Process v. Food Machinery, 382 U.S. 172 (1965))。ただ、権利濫用と反トラスト法違反との概念上の切り分けが不十分なため、最近、米国では、司法省方針や連邦裁判決に混乱が見られる(本間忠良、「フェティシズムとユーフォリア−−米国「技術と競争」判例にみるミスユースと反トラストの系譜」、『21世紀における的財産の展望』、(知的財産研究所、2000年3月))。

19 ディスカバリー:民事訴訟における証拠調べは、日本では裁判所の職権だが、米国連邦民事訴訟規則(FRCP)は、裁判所の監督下における当事者主義を採用する。このため、民事訴訟においてもっとも時間と費用がかかるのがこのディスカバリー段階だといってよい。原告被告間では、審尋書面 interrogatories、文書物品提出要求requests for production of documents and things、自白要求requests for admission、証言録取depositionsなど、第三者に対しては召喚subpoenasなどの手段があり、強烈な事実発見力がある。正当な理由のない拒否に対しては制裁、虚偽回答に対しては刑事および民事罰がある。社内特許担当者の無責任なクロ判定書1枚で故意侵害が成立することもある。一方、現在のようなコピー時代では、情報隠しは最も露見しやすい犯罪のひとつである。不利な情報を隠すことを予期して、罠をかけてくることもある。日本では恐れられているようだが、特許訴訟においては、むしろ、被告からの無効・権利行使不能主張を裏付ける証拠収集のために絶大な力を発揮する。

20 略式判決申立て(motion for summary judgment):事実の確定は陪審の任務だが、FRCP56条は、当事者間に争いのない事実は判事権限で認定してもいいと定めている。陪審裁判の弊害を補うものとして、近年、盛んに使われている。

21 ライセンス取引き:知的所有権ライセンス取引きが国内総生産(GDP)の中に占める割合は、この20年ほどの間に、ほかのあらゆる部門をしのぐほどのペースで、急成長している(科学技術白書)。いわゆる情報化時代においては、知的所有権ライセンスが、こんにちの商品取引きと肩を並べるまでになるだろう。ただ、問題は、知的所有権ライセンスの合理的な価格(ロイヤルティ)を決める市場メカニズムが、現在あまりにも未成熟なことである。とくに。市場価格の情報がほとんどない(というより、ライセンサー側に集中していて極端な非対称になっている)。ライセンシーがライセンサー側の価格情報にアクセスする唯一の手段が、訴訟におけるディスカバリーである。いわば、訴訟が市場原理のかわりに機能しているので、訴訟ないし訴訟を前提としたハード・ネゴを経ないで合意したロイヤルティは、決して合理的なものとはいえない(本間忠良、「知的商品市場の失敗と訴訟の役割」、『日本工業所有権法学会年俸第20号』(1997年5月))。

22 弁護士依頼人秘匿特権(attorney-client privilege):通常、弁護士とその依頼人との交信は、ディスカバリーを免れるのだが、被告が、故意侵害を否認するにあたって、弁護士意見書に対する信頼を主張した場合は、自発的に弁護士意見書を証拠提出せざるを得ないことがある。本訴訟でもそれがおこった。

23 デポジション(deposition 証言録取):ディスカバリーのなかでも最大のドラマはデポジションである。原被告の弁護士が、宣誓下にある相手方役員や従業員を尋問し、速記録をとる(ビデオ録取や電話尋問もある)。知的な決闘といってよい。米国では、トリッキィな尋問技術が発達しており、本訴訟でも、「都電子は、SIMM発売に先立って、特許調査をやらなかったのか」という尋問に対して、都電子の技術者が、「特許調査」を、勝手に「公開公報の全数調査」と理解して、「ハイ」と(否定形の質問に対して肯定形で)答えている。ちなみに、デポジションでの発言は、そのままでは証拠能力はなく、公判(トライアル)での証拠採用を経てはじめて証拠になる。

24 黙示のライセンス(implied license):黙示だろうとなんだろうと、ライセンスならばロイヤルティを払うのかという単純な疑問があろう。まさしく、ワトソン社ポスト・トライアル・モーションはこれを主張している。しかし、こうはならない。同モーションを却下した判事意見書は、「特許ライセンスとは、訴権の放棄にほかならない(General Talking Pictures v. Western Electric, 304 U.S. 175 (1938) citing DeForest Radio v. U.S., 273 U.S. 236 (1927))」という前提のもとに、「黙示のライセンスは侵害訴訟に対する完全な防御であって、黙示のライセンスが認められたあとで提起できる訴訟は、契約違反訴訟しかない(Blais v. U.S., 31 Fed. Cl. 422 (1994))」と明快に述べている。つまり、ワトソン社が都電子からロイヤルティを回収しようとするならば、本訴訟の訴状のなかで、予備的に契約違反を主張しておくべきだったのである。