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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略
経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act Exercise 60 Cases
情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution
知的財産研究所創立10周年記念論文集「21世紀における知的財産の展望」(知的財産研究所、2000年3月) pp. 361-407(更新2007.2.22)
目次
はじめに
1.分析
1.1.カンブリア紀
1.2.ミスユースと反トラスト
1.2.1.ミスユースの系譜
1.2.2.反トラストの系譜
1.2.3.ミスユースと反トラストの交錯←New
2.批判
2.1.フェティシズム
2.1.1.完全価格差別と発明者全収権
2.1.2.財産権の神聖不可侵
2.2.ユーフォリア
2.2.1.特許と反トラストのインターフェイス
2.2.2.特許とミスユース/反トラストの独立
3.新結合
3.1.分配
3.2.企業者
付録 引用判決一覧(年代順)←New
注←New
私は、最近まで3年間、千葉大学法経学部で、「技術と競争」と題する演習を指導してきた(1)。そこでは、ひろい意味では技術と競争の関係についての、せまい意味では知的財産権にもとづく競争制限行為についての、米国の判決を1週1−2件のペースで読み、議論していたのだが、そのなかで、すくなくとも2つの疑問がいつもつきまとっていた。1つは、これらの判決群のなかで、ミスユース法理(2)と反トラスト法がどのように使いわけられているのだろうかという疑問で、もう1つはそれらの底になにか思想的な対立や発展があるのだろうかという疑問である。いま、このテーマの重要判決の過半を読んだといえる段階で、上の疑問に対するある程度の答えが浮上してきているので、本稿で中間的な報告をおこなって、批判を待ちたい。
判決は、後年の判決や学説中に引用されているものをてがかりに、網羅的にあつめた(ほとんどが千葉大学のLEXIS-NEXISやインターネットのFINDLAWなどのオンライン・ソースから)が、本稿では、紙数の制限上、主題をミスユースと反トラストにしぼったため、著作権の公正使用(fair use)、技術標準、不衡平行為(inequitable conduct)などかなりの分野を割愛せざるをえなかった。
ここで使用した判決のなかには、後年の判決や立法で否定されたり、修正されたものもあるが、判決はそれ自体歴史的事実である。本稿は、特定の立場から判決を批判するのではなく、判決をあるがままにうけとり、判決群のマクロ分析を通して、1世紀にわたる米国「技術と競争」論争のなかで、なにが真に争われていたのかをつきとめようとしている。
本稿は、読みやすさの観点から、「 」や『 』を多用しているが、引用は、ほとんどが、逐語引用ではなく、私が要約・編集したものである。正確な表現については原典を参照されたい。[ ]は私のコメントである。本文中では、煩瑣を避けるため判決名を略称(3)(数字は判決年)しているので、詳細については、本文末の付録「引用判決一覧(年代順)」を参照されたい。
1.分析
1.1.カンブリア紀
トレスパス(4):19世紀末から20世紀初頭、フランス型の自然権思想にもとづく知的財産権諸条約をうみだした時代精神のもとで、米国における知的財産権ベースの競争制限行為は、ほとんど野ばなし状態にあったといってよい。1890年、もともと刑事法として制定されたシャーマン法は、知的財産権の行使に対して無力であった。この時期の判決群を、ライセンス制限条項の「カンブリア紀」(5)と呼ぶことにしよう。
この時期を代表するStrait 1892、Button-Fastener
1896、National Harrow 1902、A.
B. Dick 1912の4判決のうちStraitとNational Harrowだけがシャーマン法で、あとの2判決は、公共政策を根拠とする広義のミスユース抗弁であった(Leeds
& Catlin 1909については後述1.2.1)。しかし、4判決を貫くエトスが、知的財産権侵害を私有不動産へのトレスパスと同一視し、「知的財産権者はライセンス拒否ができるのだから、それにいたらないいかなる競争制限でもできる」という論理にたっていたことはあきらかである。この時代、4判決が氷山の一角にすぎなかったことが、Motion
Picture 1917で特許権者側が援用する諸判決からわかる。いわく、「特許品の製造条件として従業員を6名以下に制限」、「特許機械の使用条件として1郡で6台以下、売却先は同郡内に制限」、「特許機械を1回だけ使用許可」、「特許方法による製造品種制限」、「製造条件として寸法制限」、「販売なしの製造ライセンス」、「使用・製造・販売テリトリー制限」、「特許機械の購買者に対する用法制限と、違反の場合の取戻権」、「特許品の販売価格制限」、「特許機械で特許権者供給の原料のみ使用」などなど。
1.2.ミスユースと反トラスト
1.2.1.ミスユースの系譜
タイイン(6)の主系列:米国「技術と競争」判決群のなかで、タイインは質量ともに最大の系列を占める。これは、知的財産権の独占性にはできるだけ手を触れないで、その独占がべつの商品市場におよんだときはじめて、ミスユース法理や反トラスト法で抑止するという米国連邦裁の基本的スタンスの反映であろう。1914年のクレイトン法と連邦取引委員会法の制定を頂点とする米国反トラスト中興運動のうねりのなかで、カンブリア紀のタイイン諸判決が一掃される。
Motion Picture 1917は、裁判基準として憲法1条8項8号(7)を使ったが、そこから判決にいたる論理においては、特許品の販売による権利消尽と使用ライセンスの切りわけが不徹底で、後続の諸判決のような特許権拡張やミスユース概念にまでは到達していない(特許品の再販価格制限を違法とした同時代のBauer 1913も消尽論によっている)。しかし、この判決は、当時横行していた知的財産権ベースの競争制限行為に対する危機感にみちており、また、Edison特許の独占からハリウッドを解きはなったという歴史的役割(8)からも、圧倒的な判例原則として現在でもひろく援用されている。Carbice 1931は、おなじく憲法を裁判基準にしつつ、「憲法によって制限的に与えられた特許権の拡張」という概念を採用した(9)。Leitch 1937以後、現代にいたるまで、知的財産権に対する抑止力という文脈で使われる公共政策(public policy)とは、厳密にはこの意味である。Button-Fastener 1896から約半世紀後のMorton Salt 1942とその姉妹判決B. B. Chemical 1942が、それまでの「公共政策」という一般的な概念からequityのunclean hands(10)判例法に属する特許ミスユース概念を抽出した。
タイインの支系列:おなじタイイン事件といっても、Leeds & Catlin 1909、Mercoid 1944、Dawson Chemical 1980、Milton Hodosh 1987は、べつな角度−−特許法プロパーの視点−−からみる必要がある。これらの判決で問題になったのはいわゆる組みあわせ特許(Leeds & Catlin、Mercoid)と方法特許(Dawson Chemical、Milton Hodosh)で、タイド商品がいずれも特許侵害のための専用品であった。このなかで唯一ミスユース抗弁を認めたMercoidを否定すべく立法された1952年特許法改正(特許法271条(c)(11))後のDawson ChemicalとMilton Hodoshは、「その使用が、そのまま特許クレームの要素を構成する」非特許汎用(=準専用)材料の販売を寄与侵害とした(12)。この意味で、タイイン判例の主系列に対して、この4判決を、「組みあわせ(方法)特許・専用品」ケースという特殊な支系列として区別しなければならない。
タイイン以外のミスユース:ミスユースは、タイインにとどまらず、特許効力不争契約(Lear
1969)、ロイヤルティ差別(Laitram 1965)、競業制限(タイアウト(13))(National
Lockwasher 1943、McCullough 1948、Lasercomb
1990(はじめての著作権ミスユース事件))、特許期間延長(Brulotte
1964)と、知的財産権のマージナルな行使類型をひろくカバーしている。
1.2.2.反トラストの系譜
タイイン:タイインに反トラスト法を適用したケースは、IBM 1936、International Salt 1947、Loew's 1962、Jefferson Parish 1984、Data General 1984である。IBMは物と物のタイインという典型的なクレイトン法3条(14)事件なので、ここではこれ以上深入りしない。International Salt は、5年前のMorton Salt 1942(ミスユース)とほとんどおなじタイイン行為を、シャーマン法1条(15)とクレイトン法3条のper se illegalとした。異なる点は、Morton Saltが特許権侵害訴訟に対する抗弁だったのに対して、International Saltが司法省による差止請求だったことである。反トラスト法は特許権者に対する請求訴因として使えるかわり、per se illegalケースを除き、シャーマン法1条なら「取引制限」、クレイトン法3条なら「競争の実質的減殺または独占創出の傾向」を立証しなければならない。
販売価格(生産量)制限:特許権ライセンスにともなう特許品の販売価格制限については、もっぱら反トラスト法が適用されている。General Electric 1926は、特許権ベースのさまざまな競争制限行為を合法としたNational Harrow 1902のうち、Motion Picture 1917ではっきり否定されなかった行為−−つまり特許ライセンス製品の販売価格制限−−を、シャーマン法1条に対して合法とした判決で、現在まで、形式的には全面否定されていないが、Masonite 1942とGypsum 1948によって事実上複占ケースに限定されている(16)。特許品の生産量制限(Masonite/Gypsum)は、経済的には販売価格制限とおなじ効果があるばかりでなく(17)、「ライセンシーの品質競争インセンティヴも減殺するから、より反競争的」とさえいわれる(18)。
特許プール:特許プールも、アウトサイダー側の勝訴ケースは、主として反トラスト法によるものである(Hartford 1945、Rovico 1966、Zenith 1969、International Wood 1986)。特許プールについては、同業者から構成される水平ネットワーク型(Automatic Radio、Zenith)と、特許権者を中心とする垂直放射状の結合であるいわゆるアンブレラ型(Hartford、Rovico、International Wood)という2つの類型が区別される。単純なカルテルで、裏切りなどの不安定要因をふくむ前者より、知的財産権者が指令塔になって確実に組織維持できる後者のほうが、反競争効果の強いことが観察される(19)。
ライセンス拒否:特許権ライセンス拒否はもっぱらシャーマン法2条(20)の領域である(21)。Xerox
1981の巡回裁は、「特許法と反トラスト法が必然的に衝突する」という現実認識にたちながら、「特許の取得行為をシャーマン法2条に照らして判断する場合は、その特許によって創出される市場力が鍵になる」として、シャーマン法2条の「独占」要件を強調する。またImage
Technical 1992事実審の巡回裁は、「知的財産権にもとづく一方的取引拒絶に合法の推定(rebuttable
presumption)を与えよう」といいながら、事実によってその推定を破った(上告中)。
1.2.3.ミスユースと反トラストの交錯
観察:ミスユースと反トラストの関係について言及した判決を列挙する。
Carbice 1931:「ミスユースは反トラスト法違反と類似の行為」。
Morton Salt 1942(巡回裁):「タイド商品の市場において、特許による『競争の実質的減殺または独占創出の傾向』が認められないので、クレイトン法3条の要件がみたされていない」。(最高裁):「ミスユース抗弁では、反トラスト法違反を立証する必要はない」。
National Lockwasher 1943:「独占だからミスユース成立」。
Hartford 1945:「特許権者が彼の特許を反トラスト法違反で使っているかぎり、他人の侵害をとがめることはできない」[だからミスユース成立]。
International Salt 1947:「特許は、非特許材料であるタイド商品の製造・使用・販売を制限する権利まで与えるものではない」[だから反トラスト法違反]。
Gypsum 1948:「被告の行為は特許の特権を超える。・・動機のいかんにかかわらず、シャーマン法は、ここで試みられたような種類の特許の利用(exploitation)を禁止する」。
Loew's 1962:「特許品に関するタイング取引きが競争制限効果の目印になるという理論を基礎として、ミスユース原理が反トラスト法に引きつがれている」。
Zenith 1969:「ミスユースがかならずしも反トラスト法違反の要件をみたすとはかぎらないが、本件はミスユースで、かつ反トラスト法違反」。
Senza-Gel 1986:「ミスユースは反トラスト法違反の原因になるが、それにいたらないものもある」。
Mallinckrodt 1992:「競争制限傾向が認定されたら、ミスユース抗弁を支持する」。
B. Braun 1997:「特許ミスユース法理はequityのunclean hands法理からうまれたもので、反トラスト法とはべつの、特許権の濫用(abuse)を制限する一手法である」。
以上、判決には、知的財産権ベースの競争制限行為に対して、1)ミスユース法理のみを適用したもの、2)反トラスト法のみを適用したもの、3)両方を(一定の序列づけのもとに−−たとえば「ミスユースだから反トラスト法違反」とか「反競争的だからミスユース」というように)適用したもの・・という3系列あることが観察される(22)。
知的財産権ベースのタイインに反トラスト法が使われたのは、主として政府(司法省)が原告になったときで、民事救済では、シャーマン法制定から1世紀ちかくたったData General 1984がある。いずれにしても、タイインに関しては、ミスユース法理と反トラスト法のあいだに明瞭な使いわけのあることが、訴訟慣行からも観察される。
ミスユース不要論:シカゴ学派のPosner判事が書いたUSM 1982はいう。「これらの行為[再販価格制限、タイイン、特許期間延長、競業制限、overallロイヤルティ(23)など]がほんとうに特許を『拡張』しているのかどうか疑問がある。特許権者が価格差別してはならないという原理はない(後述2.1.1)のだから、その一形態であるタイインだけが禁止される理由がわからない。特許ミスユース法理が、これら特定の慣行を超えて、反トラスト法と区別される特許ライセンシングの一般法を構成するのかどうか考えなおさなければならない。特許独占の濫用(abuse)という競争制限慣行を防止するために設計されたものとして、[反トラスト法と]べつの法理を定義することは困難である。・・タイインを違法とするためには、被告がタイング商品市場でなんらかの経済力を有することを疎明すればたりる。しかし、・・タイインは競争を阻害する以上に効率を向上する。本法廷は、本件特許ミスユースを、反トラスト原理(per se illegalではなく、 シャーマン法2条の独占企図または1条のrule of reason)にもとづいて評価すべきだと考える」(24)。
この問題について、最近の巡回裁の動向が注目される。連邦巡回控訴裁(CAFC)のSenza-Gel 1986は、「タイイン強制の事実を陪審が認定している」としてミスユース成立を認めながら、事実認定を強調することによって、Morton Salt 1942(ミスユース)とInternational Salt 1947(反トラスト)のsummary judgment(25)を暗に批判する。Mallinckrodt 1992も、USM 1982とおなじく、ミスユース法理と反トラスト法を機能面から同一視する(26)。これに対して、おなじCAFCのB. Braun 1997は両者をはっきり区別する。
Posner判事も最近では考えが変わっているようだ。2004年8月24日http://lessig.org/blog/archives/002119.shtml: Richard Posner「フェアユースとミスユース」はいう:「フェアユースについて非常に気がかりな問題がある。法思想家たちが以前から指摘してきたところだが、六法に書いてある法と現実に機能している法とのちがいにかかわる問題だ。両者が乖離していることは珍しいことではないが、フェアユースはそのひとつの例だ。・・・フェアユースは著作権者に損害よりもむしろ利益を与えることが多い。・・・しかし、権利者は、ある程度の無許可複製によって売上げが下がらないどころか売上げが上がる場合でさえ、ライセンス料を引き出せるとみれば、その複製をフェアユースではないと主張したがる。そして、この原則のあいまいな輪郭のため、フェアユースが一歩一歩拡張されることを恐れて、きわめて狭く解釈する傾向がある[日本ではもともと極めて狭くしかも限定列挙にしているため、滑稽なほどつねに時代遅れである]。結果は著作権の組織的な膨張であり、著作権の範囲についての誤解の原因になっている。ほとんどあらゆる本の著作権ページや、映画DVDやVHSの最初にある著作権表示を見るといい。これらの表示には、ほぼ必ず、作品のいかなる部分も出版社(または映画スタジオ)の許可なしに複製することはできないと書いてある。これはフェアユースの完全な否定だ。これらの表示を軽くみた読者や視聴者は、権利者から警告状を受け取る危険を冒すことになる。彼は、権利者に訴えられることになるのかどうか、また訴訟になっても、フェアユース法理の曖昧さのため訴訟の結果がどうなるのか、自信がもてない[こういう状況を表すのに、むかしからFUD (fear, uncertainty and doubt)という便利な言葉がある]。作家や映画監督などがフェアユースを主張しようと思うとき、かれらは自分の出版社やスタジオがやかましい著作権警察だと知ることになる。出版社は、自分の本のフェアユースが拡大することを恐れて、自分の作家が他の出版社の作品から複製するフェアユースを奨励したがらない。だから、出版社が考案した「事実上の」法−−たとえば一編の詩から二行以上を引用するには使用許諾が必要だというような馬鹿げたルール−−ができあがることになる。著作権の過剰請求の極端な例がある。ある映画作家は、裏町の学校についてのドキュメンタリーのため生徒にインタービューしてるとき、たまたま背景にあったテレビの映像−−「The Little Rascals」の3秒ほどのエピソード−−を画面に収めてしまった。番組の著作権者からその3秒の使用許可を得なければインタビューの場面は使用できない。映画作家は、ハル・ローチ・スタジオとの数十回の電話のやりとりの後、スタジオの弁護士から、「2万5千ドル払えば、この一瞬ちらりと映るアルファルファの映像を、あんたの非営利のドキュメンタリー映画に使用してもいいよ」と言われた。映画作家は払うことができず、シーン全体をカットすることになった。Jeffrey Rosen, “Mouse Trap: Disney’s Copyright Conquest,” New Republic, Oct. 28, 2002, p. 12。3秒間の「一瞬ちらりと」映るだけの複製はあきらかにフェアユースだが、映画作家がこのシーンをカットせずに使っていたらスタジオがどう出たか誰に分かろう。こうした著作権の濫用にはどう対処すべきだろうか。ひとつの可能性として、わたしが書いた判決WIREdata 2003の11-12ページで仮説的に提示したのは、著作権の過剰請求を著作権濫用(ミスユース)のひとつとみなし、権利を執行不能とすることだ(後略)」。
ミスユースと反トラストの交錯:Loew's 1962、Jefferson Parish 1984、Data General 1984をつらぬく反トラスト判例原則は、知的財産権による「経済力」の推定を許す。他方、1988年特許ミスユース改善法(The Patent Misuse Reform Act)で追加された特許法271条(d)(27)(5)は、タイインを理由とするミスユース抗弁にタイング商品の「市場力」立証を要求する。
Lasercomb 1990はいう。「裁判所、学説とも反トラストとミスユースを混同している」。たしかに、「特許法271条(d)(5)によって、特許による市場力の推定が否定された」(28)という解釈は、ミスユースの「市場力」と反トラスト法の「経済力」を同一視している点で不正確である[misuse-antitrust
confusion]。これに対して、「特許法271条(d)(5)のタイインにおける市場力要件は、『反トラスト法における市場力』とはちがって、『タイイン独特の経済力』を意味するものと解さなければならない」(29)という立場は、ミスユースと反トラストの法的性格のちがいをより正確にとらえている[misuse-antitrust
independence]。タイング商品が知的財産権保護をうけていれば、ここでいう「タイイン独特の経済力」要件をみたすことになる。たとえば、特許タイング商品と同機能の非特許品が市場に十分あれば、反トラスト法の「市場力」は生じないが、271条(d)(5)の「市場力」は認定されよう。結局、特許法271条(d)(5)は、判例法を変えなかったのである(なお注27参照)。この事態を不満とした特許ロビーは、1988年特許法改正以後も、「知的財産権による『経済力』の推定」を廃止する法案を毎議会のように上程しているが、いまだに成立していない(30)。なお、「タイング商品が知的財産権保護を受けていれば経済力が推定される」というInternational
Salt 1947以来の判例法が、2006年3月のIllinois
Tool最高裁判決で修正され、すべての反トラスト・タイイン事件で、タイング商品(サービス)におけるタイイン行為者の市場力の立証が必要になった。ただ、タイインを維持できるほどの知的財産権であれば、市場力の立証も容易であろう。
2.批判
2.1.フェティシズム
2.1.1.完全価格差別と発明者全収権
完全価格差別:問題を解く鍵は前述USM 1982におけるPosner判事の「特許権者が価格差別してはならないという原理はない」という発言にある。シカゴ学派の議論を、この分野の先駆者とされる(31) BowmanのPATENT AND ANTITRUST(32)からまとめてみよう。
Bowmanは、知的財産権の動態的なインセンティヴ効果を最大化するため、知的財産権者の「報奨」(reward) を最大化することを政策目標とする。
図1において、価格差別がない場合、知的財産権者は、限界費用曲線と限界収入曲線の交点の数量Qmに対応する価格(利潤最大化価格)Pmを選択する。この価格では、これ以上の価格でも買える顧客(高所得層)は望外の得をしたことになる。これが消費者余剰である(PmM、D、p軸で囲まれた図形)。これ以下の限界費用で供給できる供給者も望外の得をしたことになる。これが供給者余剰である(PnN、MC、p軸で囲まれた図形)(33)。余剰が生じるのは、差別がないという前提のため、商品価格が1市場のなかで一義的にきまるからである(1物1価)。ここで、社会は、図形MNEで表される死重損失(deadweight loss)をうけている。
Bowman構想は、この消費者余剰を知的財産権者に獲得させることである。つまり、高くても買う人には高く売る。そうすると、知的財産権者としてはもはや生産量をQmにとどめる理由はなくなり、自分の限界費用が許す限度のQeまで増産する。この場合は、いままで高くて買えなかった低所得層にも商品がゆきわたって、社会的な死重損失がゼロになる(均衡点E)。ただ、このためには、各階層の顧客間で横流しがおこらないような流通障壁(「絶対的地域保護」(34))が必要である。究極的には、顧客1人1人を隔てる障壁(perfect barriers)があれば、知的財産権者の「報奨」が最大になる。ほかの競争制限行為、たとえばカルテルや独占では価格をつりあげると必然的に生産量が減るが、価格差別では生産量が逆に増える(社会的コストを考えなければ、社会的効率が向上する)。Bowmanは、この構想を、perfect competition(完全競争)にかけて揶揄的にperfect price discrimination(完全価格差別)と呼ぶ。Bowmanの学説に対して概して批判的な(35)KaplowやOrdoverも、知的財産権による価格差別には同情的である(36)。
Bowmanはタイインを価格差別の一種として是認し、さらに、Button-Fastener 1896以下のタイイン・ケースが、特許権者が使用ライセンスのロイヤルティを安くするかわりに、非特許タイド商品の購買を義務づけたものにすぎず、その知的財産権の市場価格を自動的に計測する合理的な価格決定プロセスだったと再評価する(カウンター論)。知的財産権ライセンスにともなう販売価格制限も、価格差別の一種として是認する。
批判:Bowman構想では、まず、発明によらない余剰(37)も発明者がとりあげることになる(38)。これは、フェアネスの観点はともかく、発明者以外の市場プレーヤー(たとえば企業者entrepreneur)の新結合(innovation)インセンティヴを奪う点で社会的に非効率的である(後述3.2)。つぎに、顧客間の障壁を作り、維持するための「計画経済および政府の失敗」コストは膨大なものであろう。ここででてくるのが知的財産権だが、1国1制度の知的財産法で、国内の流通障壁を効果的に維持できるとはおもえない。国境を流通障壁として利用するのが並行輸入制限だが、国境障壁もグローバル経済の急進展によって蹂躪されつつある。Bowman構想の極端においては、消尽論も否定され、知的財産権者が流通の末端まで支配する悪夢のような世界が現出する。perfect price discriminationは、市場の内外に人工的な障壁を作らないことを基本原理とする市場経済システムの否定ではないか(39)。
発明者全収権:反対の極端をとって、特許制度を廃止したとしても、おなじ均衡Eが、社会的コストなしで実現するのだから、Bowman構想は、実は、それほどの社会的コストをかけても、知的財産権による超過利潤のすべてを発明者に帰属させるべきだという、先験的な倫理的信念にもとづく選択だったとしか考えられない。これを、「商品の価値は労働の産物だから、すべての利潤は労働者に帰すべきだ」とした19世紀社会主義の労働者全収権テーゼにならって、「発明者全収権」(inventor's
right for entire profit--full reward)と名づけよう。発明者全収権の思想は、知的財産権を、かつて神聖不可侵とされた有体財産権と同一視する思想から派生している。Bowmanが、特許プールをクレイトン法7条(資産の取得)のアナロジーでとらえているところもその徴候であろう。
2.1.2.財産権の神聖不可侵
観察:知的財産と有体財産を同一視する思想は、Bowmanにとどまらず、19−20世紀米国連邦裁の判例系譜のなかで、知的財産権者側の強固な思想基盤を形成してきたことが観察される。これに言及した判決(主張)を列挙する。
Strait 1892:「賭博師や売春宿の亭主でも、彼らが悪人だったり犯罪者だからという理由で家を奪われることはない。そのことは彼らからのトレスパス訴訟に対する抗弁とはならない」。
Button-Fastener 1896:「特許権者が彼の発明の排他的使用を自分だけに留保して、合法的に靴の製造を独占し、それまであった靴の市場を破壊できるのなら、靴の微少な部分の購買を条件として特許ライセンスしてなぜいけないのか?」。
National Harrow 1902:「特許法の目的は独占であって、特許権者が課しライセンシーが同意した、その本来の性質上違法ではないいかなる条件も、法廷によって担保される」。
A. B. Dick 1912:「補用品の市場は特許権者が作りだしたものだ。彼が自分の発明を実施しないことにすれば、その発明品上で使うインクの、他人による販売は存在しない。特許権者は特許期間中他の何人にも使用を許さないですむ専有権をもつ。この大きな権利が、特許権者の望む条件で他人の使用を許す小さな権利を包摂する」。
Motion Picture 1917(原告):「特許権者は公共による彼の特許の使用を完全に拒否することができるのだから、論理的必然的に、その使用に対して、彼の選択するいかなる制限をも課すことができる」。(少数意見):「ライセンス拒否ができるのだから、拒否にいたらないいかなる制限も、それが圧倒的な公共利益に反しないかぎり有効である」。
General Electric 1926:「特許権者は、彼が特許によって権利を与えられた『報奨』の範囲内で、いかなるロイヤルティをも、いかなる条件をもライセンシーに課すことができる」。
Masonite 1942(被告):「特許権者はライセンス拒否権をもっているのだから、自分の好きな条件でライセンスする、より小さな権利をもっている」。
Hartford 1945:「特許が財産権であり、政府による収用から保護されることは、古くから確立した原則である」。
Gypsum 1948(地裁):「悪意が立証された場合を除き、特許ライセンスによるいかなる取引制限も合法である」。
McCullough 1948(少数意見):「特許権者は、特許によって与えられる『報奨』の合理的範囲内で、ライセンシーに対して、いかなるロイヤルティをも、いかなる条件をも課すことができる。販売を禁止できるなら販売方法も制限できるはずだ。特許権者が単独でできることが、契約でなぜできないのか?」。
Laitram 1965(原告):「北西部シュリンプのサイズが湾岸部の半分なので、機械化メリットが2倍出る。だから賃貸料を2倍にした[絵に描いたような全収権思想]。特許権者は販売拒否できるのだから、差別もできる」。
USM 1982:「顧客やライセンシーの自由を制限したい特許権者は、彼らに対して特許使用の価格を安くするという代価を払っている。これらすべての場合において、特許権者の総収入は増加する。しかし特許からの収入をできるだけ多くしてなにが悪いのか? 事実、タイインは価格差別の一方法である。それによって特許権者は各ユーザーの需要の度合いにあわせて価格をつけ、それをタイド商品の消費によって測定するだけなのだ」。
Schenck 1983:「制定法によれば(40)、特許は財産である。制定法のどこにも、特許を独占として記述してはいない。特許権は他人を排除する権利−−財産の定義そのもの−−にほかならない。特許に代表される財産権は、他の諸財産権と同様、反トラスト法違反の意図でも使える」。
International Wood 1986(被告):「特許法は、特許権者が発明のすべての価値をうけとることを許している」。
司法省「知的財産ライセンシングに関する反トラスト・ガイドライン(1995年)」(41):「反トラスト分析の目的上、司法省は、知的財産を、他のすべての財産と本質的にコンパラブルなものとみなす。知的財産所有者の排他権は、他の財産所有者が享受する諸権利と同一のものである」。
Motion Pictureで一掃されたはずのカンブリア的発明者全収権が、1980年代にはいって復活しつつあることが観察される(42))。もっとも、Markey長官(特許専門家)が書いた先祖帰りのSchenckとちがって、Posner判事(反トラスト専門家)が書いたUSMはさすがにミクロ経済学と機能主義の洗練された衣をまとってはいるが・・。これらの主張にはつぎの3つの類型がある。(1)「知的財産は有体財産と変わらない」(たとえばSchenck)、(2)「知的財産権者は、自分の専有権をいくらでも分割して権利行使できる」(たとえばButton-Fastener)、(3)「知的財産権者は彼の『報奨』を最大化する権利がある」(たとえばLaitram被告)。だが、実は(1)が前提、(2)が手段、(3)が目的の言明だから、これらを、「有体財産の場合と同様、知的財産権者は、彼の専有権を分割することによって、彼の『報奨』を最大化する権利がある」とまとめることができる。これが「発明者全収権」である。
歴史(43):発明者全収権の前提となっている上記(1)の命題については、倫理問題として歴史をみる必要がある。特許権や著作権を、基本的人権の一部としての「財産権」と規定したはじまりは1791年のフランス特許法と著作権法だが、その前提として、1789年フランス人権宣言17条が「所有権(財産権)は神聖不可侵の権利である・・」と規定する。ここで考えなければならない課題が2つある。(a)まず、財産権が神聖不可侵だというのはどういう意味なのか。(b)つぎに、どんな特許権や著作権がそこでいう財産権にあたるのか。
課題(a)については、フランス革命が市民革命、第三身分革命ともいわれるように、小規模財産所有者による革命だったことが想起される(44)。彼らの財産権思想はJohn Lockeに由来する。「この世界(土地およびその生産物)は、はじめは人類共有のものとして与えられた。たとえそれが万人の共有であったとしても、人は誰でも自分自身の一身については所有権をもっている。彼の身体の労働も彼の所有物である。だから彼の労働の産物は原初的に彼の所有物だといってよい。人が労働によって共有物の一部をとり、それを自然の与えた状態から取り去ると、そこに所有権が生まれる。人が耕し、植え、改良し、開墾し、そしてその産物を使用し得るだけの土地は、その範囲だけ、彼の所有である。土地のどの一個所でも、それを改良することによってこのように専有することは、他の何人にもなんの損害も与えない。なぜならなお十分にまた同じように善いもの(enough and as good)が残されているからである」(45)。
これで、土地とその生産物に対する財産権の起源(についての仮説)はわかった。しかし、これが知的財産権とどう関係があるのだろうか? 課題(b)である。フランス人権宣言(1789年)から特許・著作権法制定(1791年)までの経緯をみてみよう。「1790年8月、劇作家たちが国民議会で請願した。『すべての財産権の中で最も神聖で、正当、不可侵で、さらに言えば最も自己のものであるのは著作、すなわち著者の思考の成果です。思考の領域を開拓する人々が、彼らの労働から何らかの成果を引き出すのだから、存命中と死後何年かは、何人も彼らの承認がなければ、彼らの才能の産物を利用することはできないとすべきです』。・・12月、制憲議会の報告者はいう。『人間にとって真に固有なものが存在するとすれば、それは彼の思考です。それはいずれにしてもゆるぎないものにおもわれ、自己のものであり、独立であり、すべての取引き以前に存在するものです。ある土地に生えた木がその土地の主人に属することも、ある人間の精神に生じたアイデアがその主に属することほど自明なことではありません。発明、それは技芸の源であるが、それはまた財産権でもあります』。・・制憲議会が 可決したデクレ案:『国民議会は、その表明および発展が社会にとって有益であり得るあらゆるあたらしいアイデアはそれを考案したものに原初的に帰属すること、また工業の分野における発見をその発見者の財産と考えないことはその本質からしてまさに人権の侵害であることにかんがみ、つぎのように宣言する。第1条 あらゆる工業分野におけるすべての発見ないし発明はその考案者の財産である』。・・これが1791年1月7日法として成立した」(46)。
いずれも著作者人格権とトレード・シークレットのことしかいっていない(47)。おそらくこの2つだけが本来の知的財産なのであろう。すくなくともここでみたかぎり、著作権(経済権)と特許権を根拠とする創作者・発明者全収権は、Lockeの財産権仮説からも、フランス人権宣言からも断絶している。「現在でも、無体所有権は真の所有権でないという立場も、なおかなり強く残存している。・・所有権の対象となる財産の収益性ないし収益力・・現象をかならずしも所有権による支配として構成する必然性はないけれども、これを所有権と呼ぶことは、一般の所有権との差異をあきらかにするかぎり差し支えない。・・無体所有権の与える権能は、有体物でなく、精神の表象に対して行使されるものであるから、物権の観念に矛盾するようにおもわれる。物権droit réelの観念を人と物の関係として考えるかぎり、これを所有権ということは一の比喩にすぎない。・・著作権は、人格権的側面があり、これを所有権の観念で説明することは困難・・とする者もある」(48)。
Leitch 1937以下が依拠する「公共政策」の倫理的基礎は、つぎのようなものであろう。「疑いなく所有権者が耕作を強制されることはない。しかし所有権者の交替が期待される。ある者が耕さねば、他の者が耕し、大多数の利益は耕すことであることが知られる。しかしいずれの日にか耕作が十分に確保されないことがあきらかになれば、疑いなく職能を果たすべき法律的義務が発生し、これに違反すれば所有権は剥奪される」(49)。
本稿で分析した諸判決の底流をなす思想的対立は、単純にいえば、知的財産を有体財産と同一視し、いずれも神聖かつ不可侵とする自然権思想(50)と、私権は公共の福祉に遵うとする社会法思想の対立であるが、この対立は歴史的に後者の優位に傾いている。「ワイマール憲法第153条、日本国憲法第29条第2項、フランス憲法院1982年『国有化』判決によって、1789年宣言(とそれを前文に置く1791年憲法)の財産権は、『万人に、国家にさえ対抗できる主観的権利』だったが、『今日では時効にかからぬ不可侵の権利としての性格をうしなった』のであり、『その内容は集団的利益の要請に従属する』という認識がある」(51)。
批判:発明者全収権については、その前提、手段、目的のいずれにおいても、一般的な正当化根拠を発見できなかった(52)。
2.2.ユーフォリア
2.2.1.特許と反トラストのインターフェイス
対立仮説:知的財産法は私人に対して一定の行為に対する独占権を与える。反トラスト法は独占行為やその企図を違法とする。この一見矛盾する状況は、伝統的にはpatent-antitrust conflictと呼ばれ、一定の行為に関して、知的財産権と反トラスト法のどちらが優越するかという対立問題として提起されてきた。International Wood 1986で、巡回裁はいう。「特許権はしばしば限定的独占と呼ばれている。特許法は特許を『独占』として記述してはいないが、特許権者に与えられた専有権は、[20]年間にわたって競争から解放された特許の利用を可能にしており、それがどう呼ばれようと、それ以下のものではない(53)。したがって、一方においては、特許権者に専有−−競争からの解放−−権を与えることによって独占を促進する特許法と、他方、独占を一般的に禁止し、競争を促進する反トラスト法のあいだにはコンフリクトがありうる(54)。・・一般的にいって、特許権者が彼の限定的独占によって授権された以上のものを求めて契約にはいるならば、それは一般法に服しなければならない。この地点で、反トラスト法と特許法は一致しない」。
垂直統合:しかし、1980年代にはいると、patent-antitrust interface(55)、patent-antitrust intersection(56)などのことばが考案され、知的財産法と反トラスト法をむしろ調和的に理解する議論が有力になってきた。対立時代から調和時代への扉は、知的財産権とは関係のないSylvania 1977 がひらいた。メーカーが小売店の出店位置を制限した事案で、最高裁はいう。「シャーマン法1条のper se illegalは明白かつ正当化理由のない反競争行為にのみ適用される。垂直的制限が市場に与える効果は複雑である。なぜなら、それはブランド内競争を減殺するが、ブランド間競争を刺激するからだ。垂直制限は、商品流通におけるメーカーの効率を向上する。なぜなら、それは、中小ないし新規参入メーカーが有能な小売店を誘引することを許し、新商品の消費者受容に要する投資を促進するからだ。既成メーカーにとってもPRや修理サービス充実のための投資を促進する。ブランド内では販売価格がコスト化され、ブランド間競争によってこれが最小化する。メーカーの利益が必然的に消費者利益と一致する」。
調和仮説:Sylvaniaを拡張類推して、発明者が企業者にライセンスを付与する取引きが、当該技術グループ内での効率を高め、技術グループ間の競争をむしろ促進するという仮説が有力になってきた(57)。1982年、知的財産権の保護強化を米国産業競争力回復のキメ手とするレーガン政権によって任命されたCAFC(Markey長官)は、Schenck 1983で、このテーゼを極限にまで拡張する。「特許に代表される財産権が、他の諸財産権と同様、反トラスト法違反の意図でも使えるという事実は、これら財産権を創出する諸法と反トラスト法とのコンフリクトを作りだすものではない。最初の特許法のはるかあとで立法された反トラスト法は、他人に帰属すべきものの盗用をあつかう。有効な特許は、公共に彼らが以前もっていなかったものを与える。特許は特許法だけにもとづいて有効になったり無効になったりするのだ」(58)。司法省ガイドライン(1995年)(59)もいう。「知的財産法と反トラスト法は、革新を促進し消費者厚生を高めるという点で共通の目的を有する。知的財産法は革新とその拡散および商品化のインセンティヴを与える。反トラスト法は、競争を妨げる一定の行為を禁止することによって、革新と消費者厚生を促進する」。
上の2文書の特徴は、視覚的にいうなら、知的財産法と反トラスト法を、いわばジグソーパズルの2片のように平面的に相補・嵌合するものとして認識する調和論である。これが、「知的財産権の保護を強化するためには、反トラスト法の適用を弱化させなければならない(and
vice versa)」という短絡につながる。また、ミスユース法理を廃止する、つまり、ミスユース抗弁に反トラスト法に準ずる立証(とくに市場力についての)を要求する主張も、知的財産法と反トラスト法の平面的な認識にもとづく。「ミスユースに対する反トラスト・アプローチは、反トラスト法と知的財産法・・が、自由競争と革新の結合によって消費者厚生を増進するという同一の目的を有するという信念から派生している」(60)。
2.2.2.特許とミスユース/反トラストの独立
知的財産権の本質:ここで、知的財産権とはなにかという執拗な疑問についてあらためて考えさせられることになる(61)。Blonder Tongue 1971 はいう。「訴訟当事者のうち、特許権者は特許法によってとくに有利な地位を与えられている[特許権は有効と推定される]。特許権者はいちど無効と判決された特許権を別の巡回区で行使するために金を使っているが、この金はさらなる研究開発のために投資されたほうがよかった金だ。被告は、有効性の推定と戦いながら、まったく無駄な金を使わされている。特許権者は毎回有効性の推定を楽しみ、社会的には被告側のコストは膨大なものになる。結局被告は不本意な和解に追いこまれることになる。1961年の議会委員会報告によると、過去1年間にいちど無効判決をうけた特許にもとづく訴訟が64件あり、その大部分が判決にいたっていない。これはあきらかに和解になっていることを意味する。より重要なのは、そもそも訴訟になる前に契約するケースが圧倒的に多いことだ。このコストは中小企業に対してとくにきびしい。特許システムが発明促進のために望ましいことはたしかだが、最高裁は、特許を法が許した独占とみなしてきており、経済的な結果はほかの独占と変わりはない。特許は特権である。しかしそれは公共目的によって条件づけられた特権にすぎない。Lear 1969は、侵害容疑者がとりあえず契約しておいて、訴訟費用ができたらロイヤルティの支払いを停止して訴訟をうけることさえ許した」。
費用効果比:知的財産権と競争原理の関係を理解するためには、その出発点として、まず、つぎの基本的認識についてのコンセンサスを確認しておく必要があろう:1)知的財産権は、すくなくとも静態的には、一定の市場(特許なら、すくなくとも特許品の市場)を私人が独占する権利である。2)独占は、かならず、なんらかの社会的非効率(社会的コスト(62))を発生する(63)。3)知的財産権の保護は技術革新のインセンティヴを与える。4)そのインセンティヴが、動態的には、将来、新製品開発によって社会的効率を向上する可能性(社会的利益)をもたらす(64)。
もしこのコンセンサスが得られるのであれば、つぎは、知的財産権にもとづく具体的な競争制限行為ごとに(65)、その社会的コストCと社会的利益Bを比較(66)することによって、問題の行為が社会的に容認できる行為かどうかを−−経済学の観点から−−判断することになる。つまり(B-C)の最大化点(ΔC=ΔB)を超えた地点で、それ以上の超過利潤を社会的に望ましくないものとして抑止する制度が必要になる。米国では、この必要をミスユース法理と反トラスト法がみたしてきた。
分析:違法行為類型との関係でみると、1)ミスユース領域は、不争義務、差別、競業制限、期間延長、用法制限、2)反トラスト領域は、価格・数量制限、特許プール、ライセンス拒否、3)ミスユースと反トラストの複合領域はタイイン・・という分業傾向が観察される。Posner判事やTurner教授(67)が主張し、米国第100議会(1987-88年)上院法案が提案した(不成立)(注27)ように、「知的財産権の行使に関してミスユース法理を廃止する」のなら、上でミスユース抗弁者側が勝訴したケースについて、反トラスト法でもおなじ結果がでるのか(それとも、そもそもおなじ結果がでなくてもいいのか)を検討する必要がある。
タイイン類型中、タイング商品が有体物(機械)だったMotion Picture 1917、Morton Salt 1942では、クレイトン法3条が使えるが、「競争の実質的減殺または独占創出の傾向」が立証できたかどうかわからない。すくなくともsummary judgmentは無理である。タイング商品が無体物(ライセンス)だったCarbice 1931、Leitch 1937、B. B. Chemical 1942では、そもそもクレイトン法が使えない。無体物(ロイヤルティ)差別のLaitram 1965ではロビンソン・パットマン法(68)が使えない。不争義務のLear 1969、競業制限のNational Lockwasher 1943、McCullough 1948、Lasercomb 1990、特許期間延長のBrulotte 1964では、シャーマン法1条しか使えない(2条は事実上ライセンス拒否専用になっている)が、「取引制限」が立証できたかどうかわからない。Lasercombについて、Whiteは、「作品の創造と拡散を刺激するという知的財産法の目的と、市場における競争を促進するという反トラスト法の目的は異なるので、反トラスト法だけでは、公共に有害な知的財産権の濫用(abuse)すべてを防ぐことはできない・・」として、とくにソフトウエア(著作権とトレード・シークレット)では、市場画定などがネックになって反トラスト法が使えないので、ミスユース法理がどうしても必要という(69)。こうしてみると、「競争」を保護するための反トラスト法とはべつに、競争「者」を救済するためのミスユース法理の領域は確実に存在する。ミスユース廃止論は、結局、発明者全収権をめざす政策論にほかならない。
批判:Turnerは、「反トラスト法と知的財産法は消費者厚生を増大するという目的を共有する」(70)というが、知的財産保護→技術革新→新製品→新市場→競争創出→消費者厚生増大という因果の鎖は、あまりにも細くかつ遠い。前述B/Cにおける社会的コストCは現実の値だが、社会的利益Bは、因果各段階の実現率(<1)をすべて乗じた上、減価償却して得られる値である(70.5)。技術革新がはじめから独占を創出し、消費者厚生を増大させないことさえある(たとえばMotion Picture 1917)。「競争とはもともと模倣のプロセスである。模倣の促進とそれの禁圧は、市場と知的財産との根源的な緊張を作りだす」(71)。(知的)財産法にとって、反トラスト法のような強行法規による規制はむしろ一般的である−−たとえば公序、環境法など(72)。
独立仮説:知的財産権の行使は、有体財産権の行使と同様、反トラスト法に対して聖域ではない。私権は公共の福祉に遵う。ライセンス拒否(Xerox 1981)は、特許品の販売拒否(Image Technical 1992)とおなじく、それが競争制限にあたるなら、反トラスト法違反である。権利付与法である知的財産法と、権利規制法である反トラスト法が、その目的および機能の上で、たがいに独立の関係にたつとするpatent-antitrust independence仮説のほうが、conflictやinterface仮説よりも、いままで1世紀の判例の流れを無理なく説明できる。
また、知的財産権の行使に対して、ミスユース法理と反トラスト法もたがいに独立に適用されるとする仮説のほうが、歴史とより整合的である。ミスユース法理には、本来競争維持という法目的はない。効率性やフリー・ライド防止とも関係がない。また、ミスユース抗弁では、シャーマン法1条の「取引制限」、クレイトン法3条の「競争の実質的減殺または独占創出の傾向」を立証する必要がない。ミスユースでは、第三者にも原告適格があるが、反トラスト法の民事救済では被害者だけである。equityのunclean
handsは当事者間の衡平を回復するための法理であって、知的財産権にかぎったわけでもなく、適用分野をかぎって廃止できるようなものでもない。もともとcommon
lawに起源をもつ反トラスト法が、equityに属するミスユース法理を吸収しようというのは歴史的な無理ではないか(73)。知的財産権の行使に対する抑止ツールとして、ミスユースという知的財産法に内在する自浄作用(盾)と、反トラストという自由経済原理からの外圧(剣)が一対をなしていると理解するのが自然ではないか(74)。
3.新結合
3.1.分配
視点の転換:フェティシズム・ユーフォリア・モデルにかわるあたらしい「技術と競争」モデルの主役は、「発明者」ではなく「企業者」(entrepreneur)である。
発明特許の存在理由として、いわゆる産業政策説をとろうと自然権説をとろうと、そこには「報奨」(reward)というパラメーターが介在する。資本主義社会においては、「報奨」を国家権力にきめさせるのではなく、市場にきめさせるのだというところまではコンセンサスがあるとみていい。発明の「報奨」を市場にきめさせるために、発明という抽象物を、特許権という財産権で擬制している。特許権を市場に置いて、消費者による評価にゆだねるのである。だが、消費者は特許権など買わない。企業者が特許権のライセンスを買って商品化するか、それとも特許権者がみずから商品化し、これを消費者が買うのである。
まずライセンス生産の場合(75)を考えよう。企業者が特許権ライセンスを買う価格がロイヤルティであり、これが発明者の「報奨」である。発明者のアイデアと企業者の資本・才覚・リスクテーキングが結合して、あたらしい特許品という、それまで存在しなかった社会的価値がうまれる。特許品は独占商品だから超過利潤を創出する。この超過利潤を発明者と企業者が分配する。
したがって、ロイヤルティの最も本来的な形態は、利益分配方式−−企業者が得た純利益の何%−−であろう。米国でかつてよくいわれていた「利益の25%」説がこれである。この形態においてだけ、発明者と企業者の利潤最大化数量が一致する。しかし、この形態は現実にはめったにない。一般に、発明者は商品化リスクをとらない(risk-averse)からである。
最も一般的なロイヤルティの形態は、従価ランニング・ロイヤルティ方式−−利益のいかんをとわず純売上げの何%−−である。利益リスクをとらないぶん、利益分配方式より当然「報奨」はすくない。従価ランニング・ロイヤルティによる「報奨」は、ライセンシーの収入(売上げのこと−−利益ではない)に比例する。収入最大化数量は限界収入曲線が数量軸と交叉する点で与えられ、利潤最大化数量より大きい(図1参照)。
従量ランニング・ロイヤルティ方式−−製品売上げ1個あたり何ドル−−もある。これは価格固定効果が強烈(価格を半減すると率に換算したロイヤルティは2倍になる)で、販売価格制限とおなじ反競争効果がある。
さらに売上げリスクをも嫌うとランプサム方式−−一括払い−−になる。この場合、発明者の「報奨」はさらにすくなくなる(ここでは企業者はロイヤルティを保険料程度にみている)。利益分配方式以外のロイヤルティは、サンクコストとなって、過剰生産(バブル)を誘発する効果がある(76)。
さて、金銭ロイヤルティではなくて、ほかのもろもろのカンブリア的制限−−特許品の価格・数量、再販価格、販売地域、実施分野、タイイン、ややアンオーソドックスだが最恵国待遇など−−について考えよう。発明者の「報奨」は、市場による特許品の評価の分配だから、市場による特許品の価格形成を歪めるすべての行動は、「報奨」行動の定義外−−論理的な自殺−−だということになる。この立場は欧州司法裁の「固有主題」(specific subject-matter)論(77)にちかい。
これらはいずれも反トラスト法違反、したがってミスユースの可能性がある。特許権の行使とは、法によって認められた「報奨」を、市場を通して獲得する行為であり、この限度で反トラスト法の適用をまぬがれる。この限度を超えれば、有体商品の競争制限取引きとかわらない。特許品の販売価格制限や再販価格制限は、いずれもロイヤルティの増収をねらっているのだろうが、価格をあげれば数量が減るので「報奨」増になるかどうかすらわからない。特許品の利潤最大化価格を超えて価格をつりあげれば、数量が減って「報奨」減になる可能性すらある。したがって企業の効率性の観点からも疑問である(78)。いずれにしても、それらによる供給者および消費者余剰の損失(deadweight loss)は確実である。最恵国待遇も、ロイヤルティを通して特許品の価格をつりあげる効果がある。
つぎに、特許権者自身による商品化(79)だが、Bowman以下の発明者全収権が想定していたのはこのケースだけである。Bowman構想の問題点についてはすでに述べた(2.1.1)。
3.2.企業者
企業者の視点:知的財産権の動態経済学においては、「ライセンシー」こそがSchumpeterのいう「企業者」(entrepreneur)(80)である。ここでの発明者の地位は、せいぜいよくて土地所有者(81)−−自分で開拓したのか、インディアンから奪ったのか、共有地を囲いこんだのかはともかく−−と類比できる程度である。発明は、「新結合」 (innovation)にとって、販路、供給源、生産組織とならぶ1要素にすぎない(82)。技術ライセンスは、企業者にとって、資本や土地や労働とならぶインプットの一部にすぎない。いずれも必須ではあるがすべてではない(83)。特許品の製造販売から得られる超過利潤の分配においては、投入した資本・地代・労働力および危険プレミアムの比に対応して、企業者がlion's shareをとる(84)。innovationの主役は企業者であって発明者ではない(85)。
商品価格はさまざまな要素によって決定されるが、知的財産権にカバーされる製品の市場において最も重要な要素は「利潤最大化」である。この点で、発明者と企業者の利害はかならずしも一致しない。利潤最大化価格の決定はライセンシー(企業者)がおこなうのであって、市場に対してなんの責任もない発明者ではない。競争政策的には、利潤動機が企業者と異なる発明者に市場をいじらせないほうがいい。発明者の「報奨」としては、利益分配型の現金ロイヤルティが最も市場歪曲性がすくない(86)。
質量保存則:一方的ライセンス拒否だけは「報奨」説では解けないという議論が依然としてありそうである。特許権者は、自分の特許をだれにもライセンスしないで、特許品の市場を独占する権利がある−−これこそ特許権の「固有主題」なのだという議論である(87)。だが、それほど神がかりにならなくてもいいのではないか。
有体財産の販売拒否は、それが通商制限や独占創出・維持の意図でなされる場合、シャーマン法2条違反である。神聖不可侵とされる有体財産でそうなら、擬制財産にすぎない知的財産権のライセンス拒否に対して、シャーマン法2条が適用されない理由がどこにあるのだろうか。
また、ライセンス拒否の社会的コストは、実はそれほど大きくない。企業者はライセンスが得られなければ、彼の資本や才覚を他の入手可能な技術の商品化にむけるか、それともライセンスを拒否された特許技術と競争する技術の開発にむけるだろう。ライセンス拒否の社会的コストがそれほど大きくないから、シャーマン法2条を適用した判決がすくないだけなのではないか。
前掲(2.1.2)諸判決における知的財産権者側の基調的な主張は、「知的財産権者は、ライセンス拒否ができるのだから、それにいたらないライセンス制限ならなんでもできる」という議論(88)だが、これは二重の誤まりを犯している。まず、一方的ライセンス拒否が反トラスト法に対して聖域なわけではない。つぎに、ライセンスしておきながら、企業者の資本や才覚を拘束する行動は、単なるライセンス拒否より反社会的である。最高裁は、一貫して、「ライセンス制限は、場合によっては、単純なライセンス拒否より社会にとって有害だ」といっている(89)。この世界では、部分の総和が全体より大きいのである(質量保存則は成りたたない)。
この点についてのマージナルな例として、いまほとんど判例としての力をうしなったとまでいわれる(90)いわゆるexorbitant(不当に高額の)royalty判決Rovico 1966について再考しよう。競争者に損益限界すれすれのロイヤルティを課して、これを生かさぬよう殺さぬような状態においておくこと(寡占市場における限界供給者の意図的な温存による価格固定)は−−「競争者」にとってはそれでもいいかもしれないが−−社会的な「競争」にとっては損失であり、行為者にとっても非効率的である。exorbitant royaltyを強要していた湿式コピヤーの覇者APECOが、乾式コピヤーで敗者になった経緯をXerox 1981が雄弁に物語っている。
抑制均衡:知的財産権を強化して、発明者や創作者に競争市場が許すかぎり最大の「報奨」を与える一方、知的財産法に内在するミスユース法理と、外部要因としての反トラスト法の圧力によって知的財産権の暴走を抑止し、企業者の自由な事業活動を確保するという、米国人の伝統的な抑制均衡思想が、米国の「技術と競争」判決群をうみだしている。
付録:引用判決一覧(年代順。斜体は本稿での略称。判決表示末尾の数字は本文での主な引用章節番号。本文中の引用との重複はできるだけ避けて記述してある)。
Strait v. National Harrow, et al., 51 F. 819, 1892 U.S. App. (Cir. N.D.N.Y. 1892):シャーマン法制定2年後の判決だが、特許侵害を私有不動産へのトレスパスと同視して、特許権者National Harrowを中心とする特許権集中共謀に対するシャーマン法1条の適用を拒否した。「賭博師や売春宿の亭主でも、彼らが悪人だったり犯罪者だからという理由で家を奪われることはない。そのことは彼らからのトレスパス訴訟に対する抗弁とはならない」。
Heaton-Peninsular Button-Fastener v. Eureka Specialty, 77 F. 288 (6th Cir. 1896):ボタンつけ特許「機械」を賃貸する特許権者Button-Fastenerが、使用ライセンスの条件として非特許材料(汎用品)の購買先を制限した事案で、巡回裁はこの制限を合法とした。「非特許材料の独占は、原告発明の使用独占から派生するものであり、したがって、特許権者の専有権の合法的な結果である。・・特許権者は、使用権の価格を、非特許材料の販売からの利益で実現することを選んだ。非特許材料は、特許『機械』の実際の使用に比例するカウンターとされた」。「特許権者が彼の発明の排他的使用を自分だけに留保して、合法的に靴の製造を独占し、それまであった靴の市場を破壊できるのなら、靴の微少な部分の購買を条件として特許ライセンスしてなぜいけないのか?」。この判決はMotion Picture 1917で否定されることになる。
E. Bement & Sons v. National Harrow, 186 U.S. 70 (1902):特許権者National Harrowが、特許品(スプリング刃馬鍬)の販売価格/再販価格制限、競争品取扱い禁止、改良禁止、相互排他などの条項を含むライセンス契約の履行を請求、ライセンシーBementが契約無効の抗弁をおこなった事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「特許権者によってライセンシーに課された合理的かつ合法的な条件から派生する通商制限に対して、シャーマン法の適用がないことはあきらかである。そのような解釈は立法者によって考えられたこともなかった。・・これらの条項はいずれも合理的である」。「特許法の目的は独占であって、特許権者が課しライセンシーが同意した、その本来の性質上違法ではないいかなる条件も、法廷によって担保される」。この判決も、販売価格制限の評価を除き、Motion Picture 1917で否定されることになる。
Leeds & Catlin v. Victor Talking Machine, 213 U.S. 325 (1909):音声記録再生システムに関する「組みあわせ」特許の権利者Victorが、とくに条件をつけずにシステムを販売、非特許レコード(専用品)をユーザーに販売したLeeds & Catlinを特許権の直接侵害で提訴した事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「特許にカバーされる組み合わせ品の購買者に対する黙示のライセンスは、摩滅や損壊を修復する目的に限定される。レコードが非特許品であるかどうかは本件と関係がない」。
Henry v. A. B. Dick, 224 U.S. 1 (1912):特許「機械」(回転式ミメオグラフ)を販売する特許権者A. B. Dickが、使用ライセンスの条件として非特許インク等(汎用品)の購買先を制限し、これに従わなかった使用者を直接侵害で訴えた事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「特許法の目的は独占であって、特許権者が課し、ライセンシーが同意したいかなる条件も、法廷によって担保される。契約条件が独占を創出し、価格を固定するという事実も、それらの条件を違法化するものではない」。「補用品の市場は特許権者が作りだしたものだ。彼が自分の発明を実施しないことにすれば、その発明品上で使うインクの他人による販売は存在しない。特許権者は特許期間中他の何人にも使用を許さないですむ専有権を持つ。この大きな権利が、特許権者の望む条件で他人の使用を許す小さな権利を包摂する」。この判決もMotion Picture 1917で否定されることになる。
Bauer & Cie v. O'Donnell, 229 U.S. 1 (1913):これは時期は古いが、特許権に基く再販価格制限を違法とした判決で、現在でも否定されていない。医薬品の製法/物質特許権者Bauerが、製品に「1ドル以上で販売のこと。違反は特許権侵害を構成する」と表示、1ドル未満で販売した小売店O'Donnellを特許権侵害で訴えた事案で、最高裁は、本件をNational Harrow 1902やA. B. Dick 1912と区別して、被告を勝たせた。「本件表示は使用ライセンスを付与しているが、取引はあくまで販売である。本件では、所有権は十分かつ完全に移転しており、特許法によって与えられた販売権は行使されたので、追加された制限は法の保護と目的を超えている[消尽論Adams v. Burk, 17 Wall. 453 (1874)]」。
Motion Picture Patents v. Universal Film Mfg., 243 U.S. 502 (1917):劇場に対して特許「機械」(映写機)を賃貸し、使用ライセンスの条件として、自社製作の非特許映画フィルムの使用を義務づけていた原告Motion Picture(Edison設立の特許管理会社)が、独自製作の映画フィルムを劇場に配給した被告Universalを寄与侵害で訴えた事案で、最高裁は被告を勝たせた。「本法廷は、裁判基準として、憲法1条8項8号・・を使う。特許権者は、法の目的/文言いずれからしても、特許品の最初の販売後、通知によってその再販条件を制限することはできない。特許機械は、単一かつ無条件の販売によって特許法の独占の外に運びだされ、販売者が課そうとするいかなる制限からも自由になる。特許機械を原価で売って補用材料で稼ぐという商法も、法が独占権を与えた発明からではなく、特許のない補用材料から利益を得るという点で、制定法の文言に反する。原告が依拠するButton-Fastener 1986は誤りだった。またA. B. Dick 1912はクレイトン法(1914年制定)3条で否定されている」。参考:(原告):「特許権者は、公共による彼の特許の使用を完全に拒否することができるのだから、論理的/必然的に、その使用に対して、彼の選択するいかなる制限をも課すことができる」。(少数意見):「ライセンス拒否ができるのだから、拒否に至らないいかなる制限も、それが圧倒的な公共利益に反しないかぎり有効」。
U.S. v. General Electric, 272 U.S. 476 (1926):白熱電灯の特許権者General Electricが製造販売ライセンスの条件として、ライセンシーWestinghouseの販売価格や販売方法を制限、司法省がシャーマン法1条違反で訴えた事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「特許権者は、彼が特許によって権利を与えられた『報奨』の範囲内で、いかなるロイヤルティをも、いかなる条件をもライセンシーに課すことができる」。「特許権者の専有権の要素は、特許品の販売価格から得られる利益である。価格が高いほど利益は大きい。特許権者がライセンシーに『君は私の特許を使って製造販売してもいいが、私自身が得ることを望む利益を破壊してはならない』というのはまったく合理的である」。この判決はその後の諸判決によって大きな修正を受け、現在、先例としての力はきわめてかぎられたものになっている。
Carbice v. American Patent Development, et al., 238 U.S. 27 (1931):特許「製品」(アイスクリーム輸送容器)の使用ライセンスに非特許ドライアイス(汎用品)の購買を抱き合わせていた特許権者Americanが、同容器のユーザーにドライアイスを販売した競争者Carbiceを寄与侵害で訴えた事案で、最高裁は被告を勝たせた。「特許権者は、製品特許による独占を非特許材料にまで拡張しており、これはシャーマン法違反の通商制限と類似の行為である」。
International Business Machines v. U.S., 298 U.S. 131 (1936):製表機等の賃貸にカード(汎用品)の購買を抱き合わせたクレイトン法3条事件で、被告IBMは「製品」(穿孔後のカード)特許に基く正当化理由も主張したが、最高裁は司法省の差止請求を認めた。「クレイトン法3条の『特許品と否とにかかわらず』という文言が、まさにかかる戦略−−特許の有効性推定を利用して賃借人が他のカードを使うことを抑止し、かつタイインで訴えられるたびに特許有効性の審理をさせること−−を封じるためにある」。
Leitch Manufacturing v. Barber, 302 U.S. 458 (1937):道路舗装「方法」特許ライセンスに、非特許アスファルト(汎用品)の購買を抱き合わせていた特許権者Barberが、舗装業者にアスファルトを販売した競争者Leitchを寄与侵害で訴えた事案で、巡回裁は「本件には特許独占の拡張を図る契約が存在しない」として特許権者を勝たせたが、最高裁はこれをくつがえした。「Motion PictureもCarbiceも契約の存在を前提にしていない。特許権者が『特許付与に固有の制限』を超えて、その特許独占を非特許品にまで拡張しているという、よりひろい根拠に基いて判決したのだ」。
Fashion Originator’s Guild of America (FOGA) v. FTC, 312 U.S. 457 (1941):既製婦人服のメーカー(シェア38%)、販売業者、デザイナーからなる組合が、約1,200の小売店から、組合員のデザイン(著作権や意匠権保護はないが、州法違反の不法行為と主張)を盗用した非組合員製品を扱わない約束(半数はビジネス上の脅しによって締結)を取りつけ、出荷停止などによってこれを執行した。知的財産保護はシャーマン法1条/2条及びクレイトン法3条違反を正当化しない。
Morton Salt v. G. S. Suppiger, 314 U.S. 488 (1942):特許「機械」(塩錠挿入機)を賃貸し、使用ライセンスに非特許塩錠(汎用品)の購買を抱き合わせていた特許権者Suppigerが、同様の機械をユーザーに販売した競争者Mortonを直接侵害で訴えた事案で、ミスユース(unclean hands)による被告勝訴の地裁summary judgmentを最高裁が容認した。
B. B. Chemical v. Elmer Ellis, 314 U.S. 495 (1942):Morton Saltとの違いは、本件が、靴底補強「方法」特許ライセンスと非特許補強材料(汎用品)購買のタイインだったことと、寄与侵害より悪性が高いといわれた「侵害の誘引」(いずれも1952年特許法改正までは判例原則)だったことだが、最高裁はこれらを区別することなく、同様の理由で同様の判決をくだした。
U. S. v. Masonite, et al., 316 U.S. 265 (1942):ハードボード材料の特許権者Masoniteが、同業数社との代理店契約に基いて特許品の販売価格制限等をおこなったとして、司法省がシャーマン法1条違反で提訴。地裁はGeneral Electric 1926を根拠として特許権者を勝たせたが、最高裁はこれをくつがえし、司法省の差止請求を認めた。ただし、最高裁は、General Electricを正面から否定することをせず、「本件は特許ライセンス事件ではない」として、これと区別する道を選んだ。参考:(被告):「特許権者はライセンス拒否権を持っているのだから、自分の好きな条件でライセンスする、より小さな権利を持っている」。
National Lockwasher v. George Garrett, 137 F. 2d 225 (3d Cir. 1943):地裁原告Nationalの特許は特殊なタイプのスプリング・ワッシャーをクレーム、メーカーに対する製造ライセンス(有償)には、契約期間中、ほかのタイプのスプリング・ワッシャーを製造してはならないという条件がついていた。 Nationalがこれに従わなかった地裁被告Garrettを特許権侵害で訴え、被告が特許ミスユースで抗弁した事案で、巡回裁は同抗弁を認めた。「本件事実は今までの一連のタイイン判決と異なる。特許権者は、特許独占を利用して、特許にカバーされない潜在的競争品の製造を制限している。彼は、上記諸判決でのように、非特許品の独占を創出しているわけではないが、自由競争以外の手段で、彼の特許品がユーザーにとって唯一利用可能な製品である程度にまで、彼の合法的独占の境界を拡張しようとしている。この独占はあきらかに特許にカバーされていない」。
Mercoid v. Mid-Continent Investment, 320 U.S. 661 (1944):暖房機とスイッチの「組みあわせ」特許使用ライセンスと非特許スイッチ(専用品)を抱き合わせて販売していた地裁原告Mid-Continentが、ユーザーにスイッチを販売したMercoidを寄与侵害で訴えた事案で、最高裁は、従来の判例が「機械」か「方法」の特許だったことを認めながら、「組みあわせ」特許でも原則上の差異を認めることができないとして被告を勝たせた。この判決は、1952年特許法改正(特許法271条(c))で否定されたといってよい(Dawson Chemical 1980で後述)。
Hartford-Empire, et al. v. U.S., 323 U.S. 386 (1945):ガラス製品メーカー十数社が、トップ・メーカー Hartfordを中心として、ガラス製造機械の特許数百件のクロス・ライセンス網を形成、特許機械の使用分野を制限、工業会で予想を含む統計数字を交換(生産量制限)、非特許ガラス製品の価格を維持していた行為に対して、司法省がシャーマン法1条/2条違反で差止めを請求、地裁はこれを認めたが、最高裁は地裁判決を一部緩和した。「地裁差止めは、結果的には被告財産を没収しようとしており、結合の解消に必要な程度を超えている。政府は、そのような没収が最近のMorton Salt 1942、B. B. Chemical 1942両判決によって正当化されると主張するが、両判決は特許を執行不能unenforceableにしただけで、没収したわけではない」。
International Salt v. U.S., 332 U.S. 392 (1947):Morton Salt 1942(ミスユース)とほとんどおなじ事案について、シャーマン法1条とクレイトン法3条に基いて、タイイン条項執行差止めを求めた司法省のsummary judgment申立てを地裁が認め、最高裁が容認した。「『機械』の特許は、非特許材料の製造/使用/販売を制限する権利まで与えるものではない。特許は反トラスト法からの免責を与えるものではない。また、ここで認定された事実には『真の争点』が残っていない。なぜなら、価格固定だけではなく、競争者を市場から排除する行為もper se illegalだからだ」。
U.S. v. U.S. Gypsum, et al., 333 U.S. 364 (1948):石膏ボードの特許権者Gypsumが、同業数社との特許ライセンス契約に基いて特許品の販売価格制限等をおこなったとして、司法省がシャーマン法1条/2条違反で提訴した事案で、最高裁は司法省の差止請求を認めた。「地裁は、General Electric 1926およびNational Harrow1902の解釈に依存して、特許の特権と、本件結合/独占企図に対するシャーマン法の禁止とをバランス(比較衡量)しなかった。本法廷は、被告の行為が特許の特権を超えるものであり、シャーマン法が、ここで試みられたような特許の利用を禁止していると結論する」。参考:(地裁):「悪意が立証された場合を除き、特許ライセンスによるいかなる取引制限も合法である」。
Ira McCullough v. Kammerer, et al., 166 F. 2d 759 (9th Cir. 1948):Kammererは油井用パイプ・カッターの特許権者。独占ライセンシーBaashはパイプ・カット業の最大手で、パイプ・カッターの独占的購買者。ライセンス契約中には、「ライセンサー、ライセンシーとも、契約装置と現在および将来競争するいかなる装置についても、製造、使用、賃貸、販売、ライセンスその他事業をしてはならない」という条項がある。両社が地裁被告McCulloughに対して提起した特許権侵害訴訟で、巡回裁は被告のミスユース抗弁を認めた。「独占的な買手と特定の売手との相互拘束的な結合ほど、よりすぐれた製品の開発や製造の意欲を阻害するものはない。本法廷は第3巡回裁のNational Lockwasher 1943に賛成する。特許権者がライセンス拒否権を持つということは、その使用に付随させた条件を利用して、その特許権の独占を拡張していいということではない。自由経済下で、公共は特許品と非特許品を競争させる権利があり、特許を利用してかかる競争を制限することは公共政策に反する」。参考:(少数意見):「特許権者は、特許によって与えられる『報奨』の合理的範囲内で、ライセンシーに対して、いかなるロイヤルティをも、いかなる条件をも課すことができる。販売を禁止できるなら販売方法も制限できるはずだ。特許権者が単独でできることが、契約でなぜできないのか?」。
Automatic Radio Mfg. v. Hazeltine Research, 339 U.S. 827 (1949):地裁原告Hazeltineはラジオ装置に関して数百件の特許を持っており、現存および将来特許のパッケージ・ライセンス(使用義務はない)、すべての家庭用ラジオの販売価格の約1%ロイヤルティ(overall方式)、年間ミニマム1万ドルという標準条件でメーカーにライセンス、地裁被告Automatic Radioに対して、ミニマム支払いを請求して提訴、被告がミスユースで抗弁した事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「本件overall方式を特許ライセンス間のタイインとする被告主張は誤っている。これは物品購入条件ではない。ライセンスは別ライセンス受諾を条件としていない。overall方式は特許使用の有無をいちいち調べなくてもすむ便宜的なもので、特許権の拡張ではない」。なお、Zenith 1969参照。
Kobe, Inc. v. Dempsey Pump Co., 198 F.2d 416 (10th Cir. 1952):両当事者とも油井用水圧ポンプ・メーカー。同製品については多数の並行発明があったが、発明者の一人がこれらを集積して特許プール会社を設立、Kobeのみにライセンス許諾、その独占は25年続いた。Dempseyの競合製品発売に際して、Kobeは見込客に警告書を発送するとともにDempseyを特許権侵害で提訴、DempseyはKobeをシャーマン法違反で反訴。地裁は特許侵害を認めながら、Kobeによる独占の能力と意図の存在を認定、Kobeの提訴がシャーマン法2条違反の独占行為にあたるとしてDempseyを勝たせ(3倍賠償)、巡回裁がこれを容認。
U.S. v. Loew's, et al., 371 U.S. 38 (1962):映画配給会社Loew's等による対テレビ局ブロック・ブッキング慣行(著作権ライセンス間のタイイン−−各等級の映画数十本を一パッケージとし、一括ライセンスを強要)に対して、司法省がシャーマン法1条違反で提訴、最高裁は司法省の差止請求を認めた。「タイイン契約には競争抑圧以外の目的がほとんどない。タイインとは、供給者のタイング商品市場における地位を梃子(leverage)にして、消費者にタイド商品を買わせる行為であり、その構成要件は、タイド商品市場における自由競争を実質的に減殺するに十分な、タイング商品に関する経済力である。ここで必要な経済力はユニークネス(uniqueness)または消費者アピールで認定され、シャーマン法2条でいう市場力の立証を要しない。このことはタイング商品が特許や著作権で保護されている場合とくにあてはまり、十分な経済力が推定される。特許法の目的のひとつはユニークネスに対する報奨だが、著作権でもおなじである。タイインは個々の著作者への報奨を差別化するかわりに平準化する。本法廷は、著作権の存在それ自体に由来するユニークネスの推定を確認する」。
Walter Brulotte v. Thys, 379 U.S. 29 (1964):州裁原告(特許権者)Thysは、州裁被告Brulotteに特許ホップ摘み機械を固定額で販売し、特許がすべて満了したあともロイヤルティを支払う条件で、使用ライセンスを許諾した。契約は譲渡不可。特許満了後、被告がロイヤルティ支払いを拒否、原告提訴に対してミスユースで抗弁した事案で、連邦最高裁は同抗弁を認めた。「州最高裁は、本件支払いが延べ払いの性格を持つから、合理的な期間なら特許満了後の支払義務も許せるとしたのだが、本法廷は契約意図をそのようには解しない。機械は固定額で支払いずみ、以後の支払いは特許ライセンスのロイヤルティだと判断する。特許満了後も機械の移動が禁止されていることもそれをうらづける。連邦では、特許期間を超える特許独占は、公共政策に反し、per se illegalである。当事者の力関係で、ロイヤルティはいくらでも高くなるかもしれないが、特許満了後のロイヤルティ支払義務は、特許品の販売を非特許材料の使用と抱き合わせる行為と類比できる」。
Walker Process Equipment, Inc. v. Food Machinery and Chemical Corp., 382 U. S. 172 (1965):Food Machinery社は、下水処理装置について、それが出願より1年以上前に米国内で一般に使用されていたことを隠して特許権を取得、これに基いて、ライバルのWalker Process社に対して侵害訴訟を提起した。Walker Process社は、Food Machinery社が、「詐欺的にかつ悪意で取得した特許権を利用して、不当に市場を独占しようとした」として反訴、シャーマン法2条違反に基く3倍賠償を請求した。連邦地裁はWalker Process社の反訴を棄却し、第7巡回裁もこれを容認したが、連邦最高裁は、これらをくつがえし、「シャーマン法2条事件に必要な他の諸要件(関連製品市場の画定と排除力の存在)さえ立証できれば、特許商標庁に対する詐欺によって取得された特許権の行使は、同条違反を構成する」と判断、事件を下級審に差し戻した。
Laitram v. King Crab, 244 F. Supp. 9 (D. Ala. 1965):原告Laitramは特許シュリンプ殻むき機械の製造、賃貸をおこなっていたが、北西諸州での賃貸料を湾岸諸州の2倍にしていた。原告が北西部の被告King Crabを特許侵害で訴え、被告がミスユースと反トラスト法違反に基く特許権執行不能の積極的抗弁をおこなった事案で、地裁は被告を勝たせた。「ミスユース法理は、公共目的促進のために排他的特権を付与された者の独占が同政策に反する場合、その保護を法廷に求めることができないという原則に由来する。特許システムを支配するのは公共政策である。原告は、『特許権者は販売拒否できるのだから、差別もできる』と主張するだけで、差別の合理性(シュリンプの歩留まり)についての疎明もしていない。また、この差別は禁止的かつ恣意的なもので、合理的な根拠がなく、特許ミスユースにあたる」。参考:(原告):「北西部シュリンプのサイズが湾岸部の半分なので、機械化メリットが2倍出る。だから賃貸料を2倍にした。特許権者は販売拒否できるのだから、差別もできる」。
American Photocopy v. Rovico, 359 F. 2d 745 (7th Cir. 1966):湿式コピー機の特許権侵害で訴えられた被告Rovicoが、原告APECO等によるシャーマン法1条違反(価格固定)を主張して抗弁、地裁で仮差止判決を受けたが、巡回裁はこれを破棄した。「このライセンス契約は、原告とライセンシー群とのあいだで、価格固定がなかったら実現したであろう価格より高いレベルで販売価格を固定する効果を有する。問題の特許は原告が紛争相手から買いとり、業界の大半に同一条件でライセンスしているもので、事実を総合的に判断すると反トラスト法違反の可能性がある。重要な公共政策が侵されているおそれがあるので、仮差止めは不適当」。
Zenith Radio v. Hazeltine Research, 395 U. S. 100 (1969):カナダでは、米国会社(General Electric、Westinghouse、Hazeltineなど)の現地子会社出資によるパテント・プール会社(設立がGeneral Electric判決の1926年というのは暗示的)が、数千件のテレビ特許を、パッケージ、国内製造のみ(製品輸入は不可)という条件つきでライセンス、プール会社による監視や提訴などによって、組織的に製品輸入を阻止していた(ケネデイ・ラウンドによる公的輸入規制撤廃後、特許ベースの私的障壁に転じたもの)。アウトサイダーZenithが特許不使用を主張して輸入を開始したのに対して、Hazeltineが米国内で米国特許侵害で提訴。Zenithは特許ミスユースで抗弁しつつ、シャーマン法1条違反で反訴した。地裁は、「ミスユースはかならずしも反トラスト法違反の要件をみたすとはかぎらない」としながら、本件ではパッケージ・ライセンス強要とoverall方式を米国特許のミスユースと認め、さらにHazeltineと外国プールとの共謀(米国商業を制限−−シャーマン法1条違反)によって3倍賠償判決、最高裁がこれを容認した。「本判決は『overall方式はミスユースにあたらない』としたAutomatic Radio 1949と矛盾しない[強要の有無で区別]」。
Lear v. John Adkins, 395 U.S. 653 (1969):航空機メーカーLearは技術者Adkinsと新型ジャイロの開発/ライセンス契約を結んだが、特許審査が難航したため、契約を解除、独自に製品を開発した。特許は結局成立してAdkins提訴。Learの特許無効抗弁に対して、州裁は、「Learはライセンス契約によって特許無効主張から禁反言(estoppel)される」としてAdkinsのロイヤルティ支払請求を認めたが、連邦最高裁はこれを破棄差し戻した。「ライセンシーによる特許無効主張を禁反言する原則は連邦政策に反する。下級裁では、第三者が特許無効を立証したら、契約の文言にかかわらず以後のロイヤルティ支払いは不要というのが一般原則になっている。特許権者の方には有効性の推定があるので不公平にはならない。ライセンサーのequity(衡平)は、現実には公有の一部であるアイデアにおける完全かつ自由な競争を許すという重要な公共の利益とくらべてそれほど重いとはいえない。ライセンシーは往々にして特許の効力に挑戦するインセンティブを持つ唯一の人物である。特許効力を争っているあいだはロイヤルティを払えという考えかたもあろうが、それでは、ライセンサーの方に無限に訴訟を長引かせるインセンティブを与えることになって、連邦特許法の目的に反する」。
Blonder Tongue Lab. v. University of Illinois Foundation, et al., 402 U.S. 313 (1971):訴訟を多用して和解金を獲得することを業としている特許権者Illinoisが、いちど無効判決を受けたのに、別の巡回区で別の被告Blonderに対してあらためて侵害訴訟を提起してきた事案で、最高裁は、「発明促進のため特許権者を優遇すべきだ」という原告の主張をしりぞけ、「不再理効(res judicata)は当事者が同一の時だけ認める」とした先例(collateral estoppel)を修正した。「訴訟当事者のうち、特許権者は特許法によってとくに有利な地位を与えられている[特許権は有効と推定される]。特許権者はいちど無効と判決された特許権を別の巡回区で行使するために金を使っているが、この金はさらなる研究開発のために投資された方がよかった金だ。被告は、有効性の推定と戦いながら、まったく無駄な金を使わされている。特許権者は毎回有効性の推定を楽しみ、社会的には被告側のコストは膨大なものになる。結局被告は不本意な和解に追いこまれることになる。1961年の議会委員会報告によると、過去1年間にいちど無効判決を受けた特許に基く訴訟が64件あり、その大部分が判決に至っていない。これはあきらかに和解になっていることを意味する。より重要なのは、そもそも訴訟になる前に契約するケースが圧倒的に多いことだ。このコストは中小企業に対してとくにきびしい。特許システムが発明促進のために望ましいことはたしかだが、最高裁は、特許を法が許した独占とみなしてきており、経済的な結果はほかの独占と変わりはない。特許は特権である。しかしそれは公共目的によって条件づけられた特権にすぎない。Lear 1969は、侵害容疑者がとりあえず契約しておいて、訴訟費用ができたらロイヤルティの支払いを停止して訴訟を受けることさえ許した」。
Telex Corp. v. IBM, 510 F. 2d 894 (10th Cir. 1975), cert. dismissed, 423 U.S. 802 (1975):IBMが互換周辺機メーカーを振り切るためにとったさまざまな行動がシャーマン法2条違反になるかが争われた事件で、巡回裁は、すべての情報処理システムという「大きな市場」を画定して地判を覆し、IBMを勝たせた。
Continental TV v. GTE Sylvania, 433 U.S. 36 (1977):テレビの下位メーカーSylvaniaが小売店の出店位置を制限(垂直的取引制限)、小売店Continentalがシャーマン法1条違反でSylvaniaを訴えた事案で、最高裁は、先例のU.S. v. Arnold Schwinn, Co., 388 U.S. 365 (1967) のper se illegalを修正し、rule of reasonでSylvaniaを勝たせた。「シャーマン法1条のper se illegalは明白かつ正当化理由のない反競争行為にのみ適用される。垂直的制限が市場に与える効果は複雑である。なぜなら、それはブランド内競争を減殺するが、ブランド間競争を刺激するからだ。垂直制限は、商品流通におけるメーカーの効率を向上する。なぜなら、それは、中小ないし新規参入メーカーが有能な小売店を誘引することを許し、新商品の消費者受容に要する投資を促進するからだ。既成メーカーにとってもPRや修理サービス充実のための投資を促進する。ブランド内では販売価格がコスト化され、ブランド間競争によってこれが最小化する。メーカーの利益が必然的に消費者利益と一致する」。
Berky Photo Inc. v. Eastman Kodak Co., 603 F. 2d 263 (2d Cir. 1979), cert. denied, 444 U.S. 1093 (1980):新型カメラ(コダカラーU)とフィルムの同時発売(仕様を事前に発表しなかった)がシャーマン法2条違反になるかが争われた事件で、巡回裁はインセンティブ論によって地判を覆し、コダックを勝たせた。
Dawson Chemical, et al. v. Rohm & Haas, 448 U.S. 176 (1980):選択除草「方法」特許ライセンスと非特許化学物質(公知の汎用品だがほかに用途がない−−特許法上は専用品)を抱き合わせて販売していた特許権者Rohm & Haasが、同化学物質を農家に販売した競争者Dawsonを寄与侵害で訴えた事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「従来のタイイン判例はほとんどが汎用部品/材料ケースである。本件は専用品ケースなので、Leeds & Catlin 1909とMercoid 1944だけが先例になる。1952年追加された特許法271条(c) は、寄与侵害と特許ミスユースの境界線を画定しており、寄与侵害に対する同項の限定は、特許ミスユースに対する同条(d) の限定と均衡する」。
SCM v. Xerox, 645 F. 2d 1195 (2d Cir. 1981):普通紙コピー機の特許権者Xeroxが競争者SCMにライセンス供与を拒否、SCMがシャーマン法2条違反でXeroxを訴えた事案で、巡回裁は特許権者を勝たせた。「特許品が一定の商品市場で競争する多くの商品のひとつにすぎない場合、反トラスト問題はほとんど起きない。しかし、本件のように、特許品が成功してそれ自身の経済市場に成長する場合、特許法と反トラスト法は必然的に衝突する。しかし、合法的に取得された特許権の、特許法に基く行使を反トラスト法違反に問わないとするのが、両法の最良のバランスであろう」。
USM v. SPS Technologies, 694 F. 2d 505 (7th Cir. 1982):SPSは工業用ファスナーの特許権者、USMはそのライセンシー。USMはSPSの特許詐欺による特許無効を理由に、既払いロイヤルティの返還を請求。地裁はSPSによる特許詐欺の事実を認めたが、上記ライセンス契約中の差別ロイヤルティ条項がミスユースにあたるというUSM主張は却下。巡回裁は地裁判決を容認した。「本法廷は、本件ミスユースをper se illegalではなく、・・rule of reasonによる反トラスト原理に基いて評価すべきだと考える。とくに、特許権者が彼の特許からの収入を最大化しようとして価格差別をおこなうことに対しては、いかなる反トラスト規制もない。法廷が特許による価格差別を違法とした先例はLaitram 1965ほか一連のシュリンプ殻むき事件だったが、これらの判決は価格差別を抽象的な意味ではなく、それが競争を制限するという意味で違法としたので、本件とは区別される。特許の核心は、特許権者に対して特許発明の使用における競争を排除し、一定の範囲内で、競争者に対して好きなような条件を課することを許すところにある」。「顧客やライセンシーの自由を制限したい特許権者は、彼らに対して特許使用の価格を安くするという代価を払っている。これらすべての場合において、特許権者の総収入は増加する。しかし特許からの収入をできるだけ多くしてなにが悪いのか? 事実、タイインは価格差別の一方法である。それによって特許権者は各ユーザーの需要の度合いにあわせて価格をつけ、それをタイド商品の消費によって測定するだけなのだ」。
Schenck v. Nortron, 713 F. 2d 782 (Fed. Cir. 1983):単純な特許権侵害事件だが、被告側包袋禁反言(file-wrapper estoppel)主張冒頭の「特許権は独占権」という定型的な表現に、CAFCが強い調子で反発したもの。「制定法によれば、特許は財産である。制定法のどこにも、特許を独占として記述してはいない。特許権は他人を排除する権利−−財産の定義そのもの−−にほかならない。特許に代表される財産権は、他の諸財産権と同様、反トラスト法違反の意図でも使える」。International Wood 1986で批判されている。
Handguards v. Ethicon, 601 F. 2d 986 (1979)/748 F. 2d 1282 (1984):Ethicon社は、先使用による無効を知りながら、染料取扱い用使い捨てプラスチック手袋の製法特許に基いて、ライバルのHandguards社を訴えた。Handguards社は、Ethicon社が悪意の提訴によって市場を独占しようとしたとして、シャーマン法2条違反で反訴。地裁陪審は、「証拠の優越」によってEthicon社の同条違反を認定、Handguards社を勝たせた。巡回裁は、「Ethicon社の特許侵害提訴は善意の推定を受けるものであり、この推定をくつがえすためには(証拠の優越では不足で)、『明白かつ説得力ある(clear and convincing)』証拠が必要」と判断、原判決を破棄差し戻したが、連邦地裁の差戻判決は、明白かつ説得力ある証拠によって、ふたたびHandguards社を勝たせ、巡回裁もこれを容認した。
Jefferson Parish Hospital v. Hyde, 466 U.S. 2 (1984):病院が医療サービスと麻酔医サービスを抱き合わせた事案で、直接には知的財産権事件ではないが、タイインにおけるシャーマン法1条のper se illegalを一部厳格化しつつも、タイング商品における知的財産権の存在が、タイインの要件たる経済力を推定させることを確認した点で重要である(傍論ではなく判決の論理的前提−−DOJ, supra n.10はdicta(傍論)だといっている)。「政府が売手に対してその商品上に特許や同様の独占権を付与している場合、その商品を他で買えないこと自体が売手に市場力を与えていると推定するのがフェアであろう(Loew’s 1962)。特許独占が与える市場力を利用してタイド商品市場の競争を制限し、特許独占の範囲を拡張しようとする努力は、事実として当該タイド商品市場の競争を減殺する。だから、買手が別個のタイド商品をすべて特許権者から買うことを条件として特許製品を売ったりリースすることは違法である」。
Digidyne v. Data General, 734 F. 2d 1336 (9th Cir. 1984), cert. denied 473 U.S. 908 (1985):被告データ・ジェネラルのミニコンNOVAは、NOVA CPUと専用オペレーティング・システム(OS)RDOSから構成され、このクラスのミニコンでは大きな市場占有率を占めていた。被告は、RDOSとNOVA CPUをバンドルして販売していた。NOVAの買手は、大部分、いわゆる OEM業者である。これら OEM業者は、RDOSを動かす付加価値アプリケーション・プログラムを開発し、これをNOVAに付加して最終ユーザーに販売するという業態であった。したがって、 OEM業者や最終ユーザーのもとには、RDOSでしか動かないアプリケーション・プログラムの大量のモジュールが資産として蓄積されており、他社のシステムに転向しようとすれば、この資産を放棄せざるをえないという状況にあった('lock-in')。かかる状況下で、原告デジダイン等は、NOVAの命令セットを実行できる独自のCPU(NOVAエミュレータ)を発売した。1978年、原告から被告に対して、反トラスト法違反のタイイン(抱きあせ)を訴因とする訴え(シャーマン法1条/クレイトン法3条違反)が提起された。問題はタイングの要件のひとつ「経済力」の有無である。これについて、地裁判事は、つぎのいずれかの場合、「経済力」の存在が推定されると説示した:1)売手がタイング製品市場で支配的地位を有する場合;2)タイング製品が特許または著作権の保護を受けている場合。陪審は、被告が、タイング製品市場において十分な「経済力」を有していると評決、地裁判事は、この原告有利の陪審評決を否認し、公判のやりなおしを命じた(JNOV)。JNOVの理由の中には、著作権もトレード・シークレットも相対権であり、とくにプログラムのアイデアは著作権で保護されないから、法的参入障壁とはいえないという判断が入っている。高裁は地裁のJNOVをふたたびくつがえして、陪審評決を支持した。高裁は、知的財産権による法的参入障壁について、地裁の判断の誤りを大要つぎのように指摘した:1)「互換OSを開発しようとすれば、かならず被告の著作権とトレード・シークレットを侵害する」という被告自身の証言がある;2)また、「製品上に特許などの独占権があれば、他から製品を入手できないこと自体、「経済力」を推定させる」との判例を最近の最高裁判決が確認している;3)コンピュータ・ソフトウエア著作権保護の相対性についても最近の判例は懐疑的だ;4)また、「タイインは競争戦略だ」という被告自身の証言もあり、被告が「経済力」を意識的に行使していたことがあきらかだ;5)RDOSの著作権は、問題のタイインを当然違法とするに十分な「経済力」を推定させる。上告も却下(7対2)。
International Wood Processors v. Power Dry, 792 F. 2d 416 (4th Cir. 1986):地裁原告Power Dryは地裁被告Internationalの特許(材木乾燥炉)の最初期の非独占ライセンシー(数量/地域無限定)。Internationalは、銀行等と共謀して、世界中各国に独占ライセンシーを置く特許アンブレラ戦略に転換、原告Power Dryとのライセンス契約を解除した。原告はシャーマン法1条違反で提訴、巡回裁は、被告の「特許法は特許権者が発明のすべての価値を受けとることを許している」という主張をしりぞけ、原告を勝たせた。「特許権者が彼の限定的独占によって授権された以上のものを求めて契約にはいるならば、それは一般法に服しなければならない。この地点で、反トラスト法と特許法はコンフリクトする。特許システムは、特許権者の独占権が、ライセンシー・レベルでの垂直カルテル[指令塔つきアンブレラ型の共謀]を維持するためのスクリーンとして利用されることを望まない」。参考:(被告):「特許法は、特許権者が発明のすべての価値を受けとることを許している」。
Senza-Gel, et al. v. John Seiffahrt, et al., 803 F. 2d 661 (Fed. Cir. 1986):ハム製造「方法」の特許ライセンスに非特許機械の購買を抱き合わせていた特許権者Senzaが、同様機器のメーカーSeiffahrtを寄与侵害で提訴、被告がミスユースで抗弁した事案で、CAFCは被告を勝たせた。「特許権者によるタイイン強制の事実を陪審が認定している」。
Milton Hodosh, et al. v. Block Drug, 833 F. 2d 1575 (Fed. Cir. 1987):非特許硝酸カルシウム(汎用品だが、その使用が特許クレームの要素(特許法上は専用品))による歯の減感「方法」特許のライセンスに、硝酸カルシウム入り歯磨きペーストを抱き合わせて販売していた特許権者Miltonが、同様ペーストのメーカーBlockを寄与侵害で提訴、被告がミスユースで抗弁した事案で、CAFCは特許権者を勝たせた。「特許法271条(d)(1)は、『寄与侵害にあたる行為から権利者が利益を得ることはミスユースにならない』と規定している。本件で特許権者が利益を得ているのはペーストの販売からで、硝酸カルシウムからではない。本件で汎用、非汎用の区別をするのは、硝酸カルシウムを含む原告製の歯磨きペーストであって、硝酸カルシウムそのものではない」。
Lasercomb America v. Reynolds, 911 F. 2d 970 (4th Cir. 1990):地裁原告Lasercombは紙箱金型製造用CAMソフトを開発、地裁被告Reynoldsに使用ライセンスを与えた。契約は、契約期間99年間にわたって、すべての同種ソフト開発を禁止する条項を含む。被告が同ソフトを無断コピーして発売、原告の著作権侵害提訴に対して著作権ミスユースで抗弁した事案で、巡回裁は被告を勝たせた。「著作権ミスユースの判例はすくないが、特許と著作権を区別する理由はない。どちらも進歩性という単一の目的を有する。特許ミスユース抗弁はMorton Salt 1942以来確立したequity判例原則である。特許の場合とおなじく、著作権ミスユース抗弁は、著作権法に固有のものである。原告は、公共政策に反する形で著作権を利用、創造的なアイデア(著作権保護を受けない)を公共から奪取している」。
Feist Publications, Inc. v. Rural Telephone Service Co., Inc, 499 U.S. 340 (1991):Ruralはカンサス州北部で地域独占を与えられた電話会社で、担当地域のホワイト・ページ(州法で義務づけられている)とイエロー・ページ(広告つき)を無償配布している。Feistは広域(11地域をカバー)電話帳を無償配布している(収入はイエロー・ページの広告料)。Feistは各電話会社からホワイト・ページ使用ライセンス(有償)を取得していたが、Ruralのみこれを拒絶。FeistはRuralのホワイト・ページを無許可で使用(独自調査により住所を追加するも、主要部分は複製−−コピーマーク(架空番号)あり)。地裁は「電話帳が著作物であることは判例原則」としてRural勝訴の略式判決をくだし、第10巡回裁も容認。最高裁がこれをくつがえした。「著作権の主たる目的は著作者の労働に対する報奨ではなく、『科学や有用技芸の発達を促進する』ことである。この点について従来多くの下級裁が誤りをおかし、事実編集物の保護を正当化するため、いわゆるsweat of the brow(額に汗)理論を発達させてきた。この文書を出版するための原告の勤勉には大きな賞賛を惜しまないが、法はそれらをこのような方法で報奨することを予定していない(Baker v. Selden at 105)。控訴裁判決を破棄する」。
Atari v. Nintendo, 975 F.2d 832 (Fed. Cir. 1992):任天堂は、1986年以来、米国市場向け同社ファミコン中に、特殊な「ロックアウト・チップ」(原告命名)を組みこみ、これを解読できるキー・プログラム・チップを組みこんだ同社製ソフト・カートリッジでしか動かないようにしていた。1988年、アタリは、このロックアウト・チップをリバース・エンジニアリング(「RE」)しようとしたがうまく行かず、著作権局に寄託中のソース・コードを不実理由で入手、これの助けを借りて任天堂チップを解読、互換カートリッジの製造/販売を開始した。アタリは任天堂を反トラスト法違反で提訴(仮差止請求棄却)、任天堂はアタリを著作権侵害で逆提訴、仮差止めを取りつけた。アタリ控訴。1992年9月、連邦巡回裁(特許訴因もあったため)は、一般論として、「合法的に入手した著作物中に隠された情報を得るために strictly necessaryな複製は公正使用にあたる」としながら、(1)アタリの不公正なソース入手方法(unclean hands)および(2)実質的類似(リバース・エンジニアリング後クリーン・ルームを使っていない)を理由として、任天堂を勝たせた。
Sega Enterprises v. Accolade, 977 F.2d 1510 (9th Cir. 1992):地裁被告Accoladeは独立のソフトウエア・ハウスで、原告Segaのゲーム機Genesis-III用ソフト製作を企図してはじめSegaと交渉したが、Segaがソフトの権利買上げ方針に固執したため、ライセンス取得を断念、リバース・エンジニアリングに転じた。リバース・エンジニアリング手法としては、まず、Sega機用ソフト3本を購入、これを逆コンパイラ・システムにかけてソースをプリントし、つぎに、3 本のソースを比較分析して共通コード(インターフェイス仕様)を抽出、それをマニュアル化し、最後に、別な技術者グループにこのマニュアルを与えて互換ソフトを製作させるという形態である(クリーン・ルーム)。1992年4月、北部加州連邦地裁は、「リバース・エンジニアリングの過程で複製行為がおこなわれた」という原告Segaの主張を認め、著作権侵害で仮差止命令を発したが、被告Accoladeは、以下の4点を主張して控訴:(1)アイデア抽出にともなう複製行為は、アイデア不保護原則(§102(b))によって非侵害。(2)オブジェクトを人間が理解するには逆コンパイルが必要だから、アイデア/表現不可分によって非侵害。(3)プログラム使用にともなう複製(§117)は非侵害。(4)逆コンパイル/逆アセンブルは、それが、アイデアへのアクセスのための唯一の手段(no other means)であり、また合法的な目的のために行われる場合、「公正使用(§107)」によって非侵害。1992年10月、第9巡回裁は、被告Accolade主張のうち(1)〜(3)をはっきり否認しつつ、(4)「公正使用」を政策的目的によって解釈、地裁の仮差止命令を差し戻した。実は、本件にはもうひとつ商標不実表示という訴因があった。Segaのソフト中にある20〜25 bitの暗号がSegaのゲーム機Genesis-IIIを動かすキーなのだが、これを実行すると同時に、「Segaライセンスに基き製作」という画面表示が出てしまう。第9巡回裁は、これについても、商標による保護を受けない機能そのものだとして、被告Accoladeを勝たせた。
Eastman Kodak v. Image Technical Services, 504 U.S. 451 (1992):コピー機等のメーカーで保守サービスもおこなっている地裁被告Kodakは、保守サービス専門の地裁原告ITSへの補修部品の販売を拒否、部品メーカーからの入手をさまたげた。原告は、被告がコピー機の販売(タイング商品)と保守サービス(タイド商品)を抱き合わせたとしてシャーマン法2条違反で提訴。被告は、市場画定問題や本体部品一体論に基いてsummary judgment申し立て、地裁がこれを認めたが、最高裁が破棄差し戻した。地裁事実審で、被告は本件販売拒否が特許権の行使であることを主張、地裁はこれを認めなかったが、巡回裁は、Kodakの主張を一部認めつつ、Kodak互換補用品という「小さな市場」を画定し、結論的にはITSの請求を認めた。「反トラスト法と知的財産法の独占を調和させるためには、モノポリストの知的財産権に対してある程度の重みを与えなければならない。特許権者のインセンティブを減殺することは、知的財産法と反トラスト法の持つ基本的/相補的目的に反する。したがって、知的財産権の存在を無視した地裁判事の説示は誤りだった。しかし、知的財産権に基く主張はKodakの弁論中に含まれており、陪審はそれにもかかわらずKodakの正当化理由をしりぞけたのだから、この誤りは無害である」Image Technical Services v. Eastman Kodak, 125 F. 3d 1218 (9th Cir. 1997), cert. denied, 523 U.S. 1094 (1998)。
Mallinckrodt v. Medipart, 976 F. 2d 700 (Fed. Cir. 1992):地裁原告Mallinckrodtは薬品吸入装置の特許権者。装置には「Single Use Only」の表示がある。ユーザーの病院はこの表示に従わず、使用ずみの装置を地裁被告Medipartに滅菌させ、再使用した。原告が被告を特許侵害と同誘引で訴えた事案で、地裁は、被告の行為が特許装置の再製造ではなくて修理だという理由で、被告有利のsummary judgmentを認めたが、巡回裁はこれを破棄差し戻した。「地裁が適用したのは、政策的考慮に基く特許ミスユース法理である。ミスユース抗弁を維持するためには、ライセンスの全般的効果が競争制限的であることの立証が必要である。事実審で、同立証不十分により、原告の再使用制限が合法と認定されれば、被告行為が再製造か修理かは関係がない」。
In the Matter of Dell Computer Corporation, 121 F.T.C. 616 (1996): 1992年2月、Dellは、全米ほとんどのハード/ソフト・メーカーからなるVESA (Video Electronics Standards Association) に加入した。同じころ、VESAはコンピューター・バスの標準設定作業を開始した。同年6月、VESAは、ビデオ集約ソフトに適する「VL-bus」デザイン標準を採択した。標準採択の投票に当たっての定例の手続きの一部として、Dell代表者は、「私の知る限り、本提案はDell所有の特許・・を侵害しない」むね書面で認証している。だが、実は、1年前の1991年7月、Dellは、「VL-busカードを搭載するマザーボードの機械的スロット形状に対する排他的権利」を与える特許1件(「481特許」)を取得していたのである。この標準は大成功で、8か月で140万台のPCに搭載されたが、そのころからDellは若干のVESAメンバー(PCメーカー)に対して、「VL-busの実施はDellの排他的権利を侵害する」として、「Dellの排他的権利を認める態様を決めるため」会談を要求したが、侵害の主張を取り下げることはなかった。連邦取引委員会(FTC)は、Dellの行為が競争を不当に制限した(FTC法第5条違反)として調査を開始、Dellとの合意に基づき、1996年5月、Dellの同意は和解のためのものであって、違法行為の自認ではないとの了解の下に、Dellに対して大要以下のような命令を発した。(1)今後10年にわたって481特許の権利行使をしないこと。(2)481特許に限らず、今後10年にわたって今回のような行為をしないこと。(3)本同意命令のコピーをVESAメンバーその他Dellの警告先および今後参加する標準設定機関に配布、Dell内関係者に徹底すること。(4)以上の措置の遵守状況につきFTCの監視を受けること。以上に対しては、Azcuenaga委員から、Dellが故意に市場力を獲得したという多数意見を疑問視し、本命令が企業に不必要な負担をかけることになるという内容の浩瀚な反対意見が出されており(「特許の存在を知っていることと、標準がその特許を侵害する可能性があることを知っていることとは違う」――これが後年のRambus v. Infineon CAFC判決のベースになっている)、またパブリック・コメントに答える意味からも、やや異例ながら多数意見側からアナウンスメントという形で補論・反論がなされている。アナウンスメントの重要ポイントを下記する。(1)本命令は、競争的観点から、民事法廷でのequitable estoppel判例(Wang v. Mitsubishiなど――当事者効しかない)より広い。(2)本命令はケース・スペシフィックで、標準設定における一般的な特許回避や調査義務を創出したものではない。
B. Braun Medical v. Abbott Laboratories, 124 F. 3d 1419 (Fed. Cir. 1997):地裁原告Braunは無針注射液逆流防止弁の特許権者。地裁被告Abbottは原告から特許装置を独立使用限定(接続用不可)で購買したが、並行して接続用装置を開発した。原告が被告を特許権侵害で訴え、被告がミスユースで抗弁した事案で、地裁は被告を勝たせたが、巡回裁はこれをくつがえした。「特許ミスユース法理はequityのunclean hands法理からうまれたもので、反トラスト法とは別の、特許権の濫用(abuse)を制限する一手法である」。「地裁はすべての条件つき販売を違法としている点で法律上の誤りを犯している。両当事者が特許権者によって与えられた『使用権』の価値を反映する価格を交渉したものと推定するのがより合理的である。しかし、そのような明示の条件は契約的性質のものだから、反トラスト、特許、契約等の法律はもちろん、特許ミスユースのようなequityにも服する。問題は、特許権者が、その条件を課することによって、『特許付与の物理的/時間的範囲を、許容しがたいほど拡張して、競争制限効果をもたらしたかどうか』である。典型的な例はタイインと特許期間延長だが、それとは対照的に、本件のような使用分野制限は一般的に許容されており、また競争制限効果はrule of reasonで判断される」。
Quality
King Distributors, Inc. v. L'Anza Research International, Inc., 118 S. Ct.
1125 (1998): L’Anza(ランザ)はカリフォルニア州のヘア・ケア製品メーカーで、米国内では、特定テリトリー内のL’Anzaショップにだけ卸す独占的特約店を使い、集中的な宣伝と販売員訓練によって高値を維持していた。外国ではそんな差別化販売をしていないので、価格は米国より安い。製品ラベルはL’Anzaの著作物である。L’Anzaの英国代理店が、L’Anza製品をマルタ経由でQuality
King(クオリティ・キング)に販売、Quality
Kingはこれを米国内のディスカウント店へ安売りした。
L’AnzaはQuality
Kingを著作権法602条等違反で提訴、地裁はQuality
King のfirst
sale(109条(a))抗弁を却下して原告有利のsummary
judgmentを言い渡し、巡回裁がこれを容認したが、最高裁は、ここでいう「所有者」が外国人であってもかまわないから、109条(a)は輸入された複製物にも適用があると判断して下級裁の判決をくつがえした。日本が国際消尽論を捨てた翌年、米国は国際消尽論に踏み切ったのである。
ここで疑問になるのは、この判決が、本件事実のような還流ケースにかぎられるのかどうかという点である。判決文からはそのような限界は読みとれないが、判決とは論理的な関係のない傍論(dicta−−後審を拘束しない)で、起草者のStevens(スティーヴンズ)判事は、「first
sale doctrineの保護は「所有者」に与えられるものであって、受寄者、ライセンシー・・にはおよばない」とか、「外国法のもとで適法に作成された複製物にはおよばない」といい(IV)、また、Ginsburg(ギンズバーグ)判事の賛成意見は、著作権法の領土的性格を理由に、「本法のもとで適法に作成された複製物」と「米国で作成された複製物」とを同義に解釈する学説を引用するなど、判決の自由貿易志向を謙抑的に限界づけようとする努力がみられ、並行輸入問題を取り巻くはげしい利害対立をまえにした司法部の苦衷が推察される。特許権ベースの並行輸入妨害に関する日本最高裁のBBS判決(1997年)もそうだった(判決で並行輸入を容認しながら、傍論で国際消尽を否定−−名を捨てて実をとった)。
この2人の発言については深く考える必要がある。まず、いま生産品を並行輸入しようとして109条(a)を援用しているのは、ライセンシーではなくて生産品の「所有者」である。つぎに、109条(a)は、法文上、消尽の対象を、権利者自身による米国内での生産品に限定しているわけではない。L’Anza自身が外国で生産する場合(さらには米国内で他にライセンスして生産させる場合)もあろう。いずれの場合も、法文上、L’Anza自身による米国内生産と区別することはできない。権利者自身によって、または権利者の承諾にもとづいて海外でライセンス生産された複製物を、「本法のもとで適法に作成された複製物」でないから、したがって「米国法上違法な複製物」だというのは詭弁であろう。ライセンス生産は米国法上違法でないから、ライセンス生産品は「本法のもとで適法に作成された複製物」である。また「本法のもとで」と「適法に」は文理上従属関係にあるから、これらを切り離して論理操作することはできない。だから、「本法のもとで適法に」の否定形は、「外国法のもとで適法に」ではなくて、「本法のもとで違法に」(たとえば無断複製品)である。109条(a)の「本法のもとで適法に作成された複製物」を「本法に違反することなく作成された複製物」と読みかえるのが論理にも常識にも整合する。
Intel Corp., FTC Docket No. 9288 (June 8, 1999):被審人Intelは、同社製マイクロプロセッサ(mpu)の顧客に対して、コンピューターを設計するに必要な同社技術情報、知的財産権ライセンスを供与していたが、うち3社(DEC/Intergraph/Compaq)が同社ならびに同社顧客に対して知的財産権主張をおこなうに及んで、3社に対する情報/ライセンスの供与を打ち切りまたは制限した。FTCがFTC法5条違反容疑で審判、10年間にわたる同様行為の(対世的)排除を命ずる同意審決をおこなった(3対1)。
Rambus
v. Infineon Techs. Ag., 318 F.3d 1081 (Fed. Cir. 2003):2000年ごろ、次世代メモリはRambusとIntelの共同開発によるDirect
RDRAMが有力とみられていた。しかし、これは、(1)Intel
820チップセットの製品化が遅れたこと、(2)これまでのDRAMとは仕様が大きく異なっていて製造やテストの方法も大きく変わること、(3)RDRAMにはRambusインターフェースを制御するRambus
ASIC Cellというモジュールがあってメーカーが手が出せない(lock-inされる)ことなどの事情からメーカーに嫌われ、一方、ライバル技術のDDR
SDRAM (Double Data Rate Synchronous DRAM−−クロックのチックとタックで情報処理する)は既存のSDRAM(外部バスインターフェースが一定周期のクロック信号に同期して動作するよう改良されたDRAM)の延長線上にあるため、まずグラフィック・アクセラレータの、ついでメイン・メモリのメーカーに採用され、形勢が逆転した。問題のRambus特許は1990年出願されたものが分割され、本件地裁トライアルまでに31件の特許として成立している。うち3件につき、2000年、RambusがInfineonを特許権侵害で訴えた(日本勢は例によって早々に和解、米韓勢は係争中)。地裁はInfineon製品を非抵触と判決(JMOL)(Rambus,
Inc. v. Infineon Techs. AG., 164 F. Supp. 2d 743 (2001))、CAFCは地裁判決を全面的に破棄差し戻した。特許問題より重要なのは、Rambusが1992年から1996年までメンバーだった半導体の標準設定機関JEDEC(非営利法人)の委員会が、1991年からSDRAM、1996年末からDDR
SDRAMのそれそれ標準設定作業を行っていたことである(SDRAMは1993年、DDR
SDRAMは2000年に標準が公開)。JEDECは、この間、「標準設定対象技術に関する(related
to)特許および特許出願にカバーされる技術のすべてが開示されない限り、特許品や特許方法の使用を要求する標準を採択しない」という方針を維持し、メンバーもそれを知悉していた。以上の事実に基づいて、Infineonは(特許無効・非抵触・行使不能という定跡的主張のほか)、(1)RambusによるJEDEC契約違反、(2)みなし詐欺(constructive
fraud善意ないし軽過失による詐欺――バージニア州法違反)、(3)技術市場の独占およびその企図(シャーマン法2条違反)、(4)RICO法違反を主張し、損害賠償を求める反訴を提起した。独占訴因については上記特許非抵触判決によってmootになったとしてInfineonが自発的に取り下げ(!)、RICO訴因については陪審が違反なし、みなし詐欺訴因については違反との評決をおこなった。CAFCは、JEDEC方針の厳密な解釈に基づいて、みなし詐欺訴因についても地裁判決を破棄差し戻し、連邦最高裁はInfineonの移送命令申立てを拒絶した。CAFCはいう。「メンバーに示されていたJEDEC方針は委員長に対する指示にすぎず、・・メンバーに対して直接義務を課すものではない。・・また、「関する(related
to)」とはクレームに必然的にカバーされるという意味であって、必然的でない特許や出願まで開示させるという意味ではない。・・メンバーは、JEDEC特許方針を、設定中の標準と漠然と関係がある程度の特許や出願を全部開示する義務とは理解していなかった。・・開示時点についても、提案標準の投票時でいいという証言がある。・・本件においてはJEDEC特許方針の詳細な定義が絶望的なほど欠けている。・・Infineonは、問題の標準がクレーム(未開示)のライセンスがなければ実施できないという合理的な期待があったことを立証しなければならなかった・・」。この点については、Prost判事の浩瀚な反対意見があり、JEDEC方針が多数意見のような厳密な読み方でなく、もっと広く理解されており、Rambusの行為が十分詐欺を構成すると述べている。[いかにもドイツの会社らしく特許論に依存しすぎたInfineonの戦略的失敗ではなかったか]。地裁差戻審で、Infineonは、カリフォルニア州ビジネス・プロフェッションズ・コード17500条(虚偽またはミスリーディングな言明によって公衆(他州民ふくむ)を誤導する行為を軽罪とする)に基づく不公正競争訴因による反訴を含める訴状修正を申し立て、地裁判事はこれがDell
1996 ケースに該当する行為を問擬しているとして許可した(Rambus,
Inc. v. Infineon Techs. Ag., 2004 U.S. Dist. LEXIS 2534 (E.D. Va., Feb. 18,
2004))。2005年3月、ベンチ・トライアルの結果、地裁判事は、Rambusの請求がunclean
handsに基づいており、かつ広範な証拠隠しを行った事実が、明白かつ説得力ある(clean
and convincing)証拠によって立証されたとして、Rambusの特許権に基づく請求をすべて棄却した(この直後、InfineonとRambusは本訴訟を全面的に和解した――判決によって日和見をしていた第三者(米韓勢――日本勢は例によって屈服ずみ)を利したくなかったのである)。
In the Matter of Rambus, Inc., FTC Docket No. 9302 (August 2, 2006):2002年6月、FTC(連邦取引委員会)審査官は、Rambusが、前記Rambus v. Infineonで問題になったようなJEDECを舞台とした反競争的・排除的行為によって、4つのメモリー技術の市場を独占し、独占を企図し、かつ不公正な競争方法をおこなった(FTC法5条違反)として、FTCに提訴した(準司法機関であるFTCの内部手続き)。2003年2月、審査官は、Rambusが重要な証拠を破棄したというInfineon訴訟での事実認定をcollateral estoppel(争点効――同じ当事者が同じ争点で再訴訟を起こせないという効果)として認めるよう申し立てたが、事件をはじめに担当したTimony判事はこれを容認しないかわりに、「RambusがJEDEC標準がRambus特許(出願)にカバーされることを知っており、そのことをJEDECに告げなかったため、衡平法禁反言によって後日同特許権を行使できない」という違法の推定を行い、Rambusの反証を要求した。しかるに同判事引退後の2004年2月、新任のMcGuire判事がFTCあて提出した審決案(Initial decision)は、前任者の違法の推定を非重要として退け、FTC法5条違反の立証失敗を理由に、審査官の提訴を全面的に棄却した。McGuire判事は、JEDECによるRambus技術の採用と同社の独占力獲得を無関係としたのである。審査官控訴。2005年3月、FTCは審理を再開、Infineon訴訟やHynix訴訟で提出された証拠を採用、事実の詳細な再審理の結果、Rambusの主張をひとつひとつ覆し、2006年8月、意見書を発表した。意見書はいう。Rambusは、JEDECの会員であることを利用して、詐欺的行為をおこない、JEDECメモリー標準にとりこまれる技術をカバーする特許を取得しながら、それを秘匿した。その結果、Rambusは、技術標準設定プロセスを歪曲し、コンピューター・メモリー産業に対して、反競争的なホールドアップをおこなった。FTCは、Rambusのかかる詐欺的行為がシャーマン法2条の排除的行為を構成し、FTC法5条違反の不法な4市場独占を行ったものと認定する。技術標準の設定は多くの産業でおこなわれており、異なる企業が供給する製品間に相互運用性(interoperability)を与え、市場受容の機会を増やし、製品の消費価値を高め、生産を刺激することによって、消費者を利するものである。しかし、標準設定は、買手の購買決定が、技術や製品の異なるinteroperableな組み合わせを淘汰することを妨げるという点で、競争を阻害するリスクがある。典型的には、標準設定の競争促進のベネフィットが市場競争のロスを補う。その理由で、反トラスト法執行当局は、標準設定活動に対してかなりの受容と寛容を示してきたのだ。しかし、企業が標準設定プロセスを裏切る排除的行為を行い、独占力を獲得するならば、標準設定の競争促進ベネフィットは実現できない。標準設定プロセスの始めには、いくつもの技術が競争している。しかし、いったん標準が設定され、産業がそれに従うようになって、スイッチング・コストが禁止的になると、各企業はその標準にlock-inされ、標準の所有者は産業をホールドアップして、競争水準を超えた料金を請求できるようになる。2007年2月、FTCは、3対2の多数で、Rambusに対して、SDRAMとDDR SDRAM技術を、3年間最高0.5%(その後はゼロ)のロイヤルティでライセンスすることを命じた。反対の2名ははじめからロイヤルティ・ゼロを主張して反対した(うち1名はDDR2 SDRAM技術も対象にすべきと主張)。2008年4月、D.C.控訴裁は、このFTC命令を、証拠不十分として棄却したが、FTCが再審請求。
Assessment Technologies v. WIREdata, 350 F.3d 640 (7th Cir. 2003):ウィスコンシン州のいくつかの市町村は、財産税評価目的で住民の家屋を全数調査し、AT作成のデータベース・プログラム「マーケット・ドライブ」(Microsoft Accessベース)に入力していた。WIREは、情報公開条例に基づいて、これの原データを請求(不動産販売目的)。市町村はATとのライセンス契約で原データの公開も禁じられているとして拒否。ATがWIREに対して著作権侵害予防の差止請求。巡回裁(Posner判事)は、「著作物でない原データの開示を著作権ライセンス契約で制限することは著作権のミスユースである(WIREが取引制限を立証したら、反トラスト法違反も成立する可能性があった)。開示のために必要なプログラムの使用はフェアユースとして許される」などとしてWIREを勝たせた。
Lexmark Int'l, Inc. v. Static Control Components, Inc., 387 F.3d 522 (6th Cir. 2004) : 地裁原告Lexmark(LM)社のレーザー・プリンターにおいては、トナー・カートリッジに装着されたマイクロチップ中のトナー・ローディング・プログラムがトナーの残量値を記録、これをプリンター本体中のプリンター・エンジン・プログラムが読み取って規定値と比較、双方が合致しないとプリンターが停止する(したがって使用済みのカートリッジに他人がトナーを再充填してもプリンターが動かない)。地裁被告Static Control Component(SSC)社は、トナー・ローディング・プログラムをコピーしたマイクロチップを製造して、トナー詰替え業者に販売した。LM社はSSC社を著作権侵害とDMCA違反で提訴、地裁がLM社の仮差止請求を容認したが、巡回裁は、LM社のトナー・ローディング・プログラムを「ロックアウト・コード」と認定、互換妨害というアイデアと一体(idea-expression merger)であり、且つ機能によって強制される表現(scenes a faire)だから、LMは本案での成功の蓋然性を確立していないとして、地裁仮差止め命令を破棄した。DMCA訴因もシロ。
Independent Ink v. Illinois Tool Works and Trident, 396 F.3d 1342 (Fed. Cir. 2005):被告Tridentはバーコード印刷用プリントヘッドの特許権者。同特許のライセンス契約で、ライセンシー(プリンター・メーカー)に、インク(非特許)の同社からの購買を義務づけていた典型的なタイイン事件(シャーマン法1条)だが、地裁は原告Independentがタイング商品(プリントヘッド)における被告の市場力をまったく立証していないとして、被告有利の略式判決を言渡した。原告が「特許・著作権ベースのタイイン事件では被告の市場力が推定される」としたInternational Salt 1947/Loew’s 1962/Jefferson Parish/Digidyne 1984を援用したのに対して、地裁は、上の諸判決に対する学者(シカゴ学派)からの強い批判、とくにJefferson Parishでの最高裁の上の言明がdicta(傍論)にすぎないとする評価を採用したのである。連邦巡回区控訴裁(CAFC)は、この略式判決を破棄して、上記の最高裁諸判決の覊束力を再確認し、推定はrebuttable(反論可能の)推定だから、被告に反論の機会を与えるようにとの指示つきで地裁に差し戻した。ただ、この反論は、同機能のプリントヘッドがほかにもある程度ではだめで、需要の交差弾力性などの経済的立証を要する。
Illinois Tool Works Inc., et al, Petitioners v. Independent Ink, 2006 U.S. LEXIS 2024 (S.Ct, March 2006):最高裁は、直上のCAFC判決を覆し、シャーマン法1条違反のタイインにおいても、特許法281条(d)(5)を準用して、地裁原告(Independent Ink)にタイイング商品の市場力を立証する責任があるとして事件を差し戻した。「特許法1988年改正は、明文では反トラスト法に言及していないが、International Salt 1947で宣言されたper se ruleの再評価を促していることはたしかである。特許権者の差止請求権を否認するルール(ミスユース)が、その行為を禁固10年以下の連邦法違反の犯罪とするルール(反トラスト法)よりきびしいということはありえない。議会が、重罪としての処罰に値する特許の使用をミスユースにしないという意図を持っていたというのはばかげた想定だ。・・我々の結論は、特許製品に関するタイイング取決めは、Morton SaltやLoew'sで適用されたper se ruleではなくて、Fortner IIやJefferson Parishで適用された[rule of reason]基準で評価されるべきだということだ。・・特許はかならずしも特許権者に市場力を与えないから、タイイング取決めに関するすべての事件で、原告は、被告がタイイング商品で市場力をもっていることを立証しなければならない」。タイイン訴訟原告の立証責任がタイイング商品の市場力だけでよく、一般のrule of reasonにおける現実の競争阻害の立証まで要求していない。
Quanta Computer, Inc. v. LG Electronics, Inc., 128 S. Ct. 2109, 553 U.S. 617, 170 L. Ed. 2d 996 (2008) ; 2008 U.S. LEXIS 4702:LG Electronics(以下「LGE」)はマイクロプチップに関する多数の特許を所有、Intelに製造販売ライセンスを与えていたが、契約には、「LGE特許を使うIntel製品と非Intel製品を組み合わせるIntel顧客には、ライセンスを与えない」という制限条項があった。Intelは、別の基本契約で、顧客に対して、「Intelに対するLGEライセンスは、Intel製品と非Intel製品を組み合わせて製造したいかなる製品をもカバーしない」むねの書面通知をする義務に同意していた(ただし、これの義務違反は、LGEからの特許ライセンスを解除する原因にはならない)。Quantaは、この書面通知を受領しながら、Intel製のマイクロチップを非Intel製品と組み合わせてコンピューターを製造した。LGEがQuantaほか多数のコンピューター・メーカーを特許権侵害で提訴。
Cf*LGE
v. Bizcom (Fed. Cir. 2006):「LGE-Intel契約は、特許製品のファースト・セールに通常ともなう特許権の消尽を遮断する。・・消尽論は、明示の条件付き販売やライセンスには適用されない。・・Intelは特許マイクロチップを自由に販売できるが、この販売は条件付きであって、Intelの顧客は、LGEの組み合わせ特許を侵害することを明示で禁止されている」。
最高裁は、Quanta事件の上告審で、連邦控訴裁の上の判断を否定した:「まず、特許消尽論が方法特許には適用されないというLGEの主張を否定する。本件の場合、方法が製品にじゅうぶん化体(embodied)している。・・連邦控訴裁は、Intelがライセンス契約によって特定態様の販売を禁じられていたから、それは権限ある販売ではないと判断したが、最高裁は、ライセンス契約が、LEG特許使用品を販売するIntelの権利を制限しているとは考えない。Intelには通知義務はあるが、だからといって、Intelの販売権限が条件付きであることにはならない。Intelの販売は権限ある販売だから、特許消尽論が適用され、特許権者は、製品に実質的に化体している特許に関し、特許品の販売後の使用制限を強制するために、特許法を援用することができない」。
Quanta最判は、「権限ある販売」と「販売後の使用制限」を明確に区別して、後者が特許権の消尽を妨げないことを明瞭にした点で、画期的な意義を有する。「権限ある販売」がなにかを考える前に、「権限ない販売」としてまず考えられるのは、最初に盗まれたり横領されたりして市場に流通してしまった物品である。これらは、たしかに、いくら転々流通したからといって特許権を消尽させる理由にはならないだろう。では、最初にライセンスを受けずに販売された(無ライセンス)物品はどうか。これを盗品や横領品と同視するのが伝統的な判例である。では、販売ライセンスが条件つきだったらどうか。それは「条件」の性質による。特許の専有権を行使する条件――たとえば、輸出国、実施分野、使用方法を制限する条件――なら、消尽を遮断できるだろう(判決はここまで具体的には言っていない)。しかし、特許の専有権とは関係のない制限――たとえば本件のような抱き合わせ義務――は消尽に対抗できない「販売後の使用制限」である。
これを厳密に区別しないで、最初の販売ライセンスに付された条件――たとえば「1回限り使用」――が、物品の転々流通をどこまでも追求して拘束するとしたのが、1992年のMallinckrodt巡回判であった。これによって、本判決で引用される数々の下級裁判決――Jazz Photo/Bizcom/ ACRA(Arizona Cartridge Remanufacturers Association v. Lexmark International, 421 F.3d 981; 2005 U.S. App. LEXIS 18753 (9th Cir., August 30, 2005):これはまさにLexmarkのプリベート・プログラムにかかわる事件で、再生業者の団体ACRAが、同プログラムがカリフォルニア事業職業コード17200/17500違反の詐欺的かつ不公正な事業行為にあたるとしてLexmarkを訴えたものであるが、地裁は、Mallinkrodt巡回判を援用して、販売後の使用制限を有効と判断、Lexmark有利のsummary judgmentを言い渡し、巡回裁がこれを容認した)――などを導いてしまった。Quanta最判はこれらをすべて振り出しに戻したのである。
1 毎週数十頁の英文を読んできて私につきあってくれた学生諸君と、LEXIS-NEXISを導入して私にこのような機会を与えてくれた千葉大学法経学部に、この場をかりてお礼をいいたい。
2 misuse doctrine:日本法の「権利の濫用」との混同を避けるために、本稿では一貫して「ミスユース」と呼んでいる。
3 略称はかならずしも勝訴当事者名ではなく、米国諸文献の慣用による。
4 trespass:他人の身体・財産に対する不法な侵害。
5 Cambrian Period:最古の化石時代。多様な生物が爆発的に発生したらしいことで知られる。
6 tie-in:抱きあわせ。一般に、経済力のあるタイング(tying)商品aの購買者に、タイド(tied)商品bの購買を義務づけること。「技術と競争」文脈では、商品aを知的財産権にカバーされた有体商品または知的財産権ライセンス、商品bを知的財産権にカバーされない有体商品またはべつの知的財産権ライセンスと想定している。overallロイヤルティや特許期間延長契約までをもタイイン概念にふくめる判決(e.g., Brulotte 1964)もあるが、ややルースにすぎよう。
7 合衆国憲法1条8項8号:「[人民は議会に対してつぎの立法をおこなう権限を与える:]著者や発明者に対して、一定期間、彼らの著書や発見に対する専有権(exclusive Right)を与えることによって、科学や有用技芸の発達を促進すること」。
8 アンドレ・ミラード、橋本訳『エジソン発明会社の没落』(朝日新聞社1998年)267頁。
9 5 DONALD S. CHISUM, PATENTS (Matthew Bender 1991) 19-93:「Carbice 1931のあとですら、『Carbiceは、単に、違法な条件を無視して非特許品を供給した者が寄与侵害に問われないというだけで、特許権者がその侵害に対して訴訟をおこす権利には関係がない』とする下級裁判決があった(RCA v. Majestic Distributors, 53 F. 2d 641 (D. Conn. 1931))」。
10 equityの法諺:「法廷は汚れた手を保護しない」。
11 特許法271条:「(a)−(b)略。(c)特許機械・製造物・・の部品、もしくは特許方法の実施に使用する材料または装置が特許発明の実体的部分を構成する場合において、それらがかかる特許の侵害のために特別に作られ、または特別に改造されたものであり、もしくは実質的な非侵害使用に適した汎用品または商用品でないことを知って、それらを売るものは、寄与侵害者として有責である。(d)本来であれば特許侵害や寄与侵害からの救済をうける資格のある特許権者は、彼がつぎの行為のいずれかをおこなったからといって、救済を拒否されたり、ミスユースや、特許権の違法な拡張で有罪とされることはない:(1)彼の許可なしに他人がおこなったとしたら特許の寄与侵害になるような行為から収入を得ること;(2)彼の許可なしに他人がおこなったとしたら特許の寄与侵害になるような行為につき、他人にライセンスし、または権限を与えること;(3)侵害または寄与侵害に対して彼の特許権を行使しようとすること;(4)−(5)略(注27)」。
12 Dawson ChemicalやMilton Hodoshのような特許は用途特許とも呼ばれ、数値限定特許などとともに、真の意味での革新的発明といえるものはすくない−−というより現代の特許の大部分が、じつは用途・限定・置換・組みあわせ発明によるものといわれており(吉藤幸朔・熊谷健一『特許法概説第12版』(有斐閣1997年)127頁)、両判決は、特許制度そのものに内在する矛盾を露呈させたのではないかとさえおもわせるケースである。 Justin Hughes, Philosophy of Intellectual Property, ADAM D. MOORE, ED., INTELLECTUAL PROPERTY -- MORAL, LEGAL AND INTERNATIONAL DILEMMAS 110 (Rowman & Littlefield Publishers, 1997) も、Polaroidのような基本特許はむしろ例外だという。
13 tie-out:日本ではあまり使われないことばだが、James B. Kobak, Jr., The Misuse Defense and Intellectual Property Litigation, 1 BOSTON.U.J.SCI.& TECH.L. 2, 13 (1995) 参照。
14 クレイトン法3条:「商業に従事する者が、・・特許品と否とにかかわらず、物品・・を賃貸、販売もしくは販売契約をおこないまたはその価格を固定しもしくは・・割引もしくはリベートを与える場合において、その賃借者または購入者に、賃貸者または販売者の競争者の物品の使用または取扱いをおこなわないむねの条件・・をつけることは、かかる賃貸、販売・・の効果が、商業のいずれかの分野において、実質的に競争を減殺し、または独占を形成する傾向があるときは、違法である・・」。対象を「物品」(commodities)に限定している。
15 シャーマン法1条:「州間および外国との取引き、商業を制限するすべての契約、結合、共謀[水平、垂直の双方をふくむ]は違法である・・」。
16 See, e.g., Robert P. Taylor, Licensing in Theory and Practice: Licensor-Licensee Relationship, 53 ANTITRUST L.J. 566, 585ff (1984).
17 Id. 567, 591.
18 Donald F. Turner, Basic Principles in Formulating Antitrust and Misuse Constraints on the Exploitation of Intellectual Property Rights, id. 495. Taylor, supra 567, 591:「よくわからない歴史的な理由から、法廷は、生産量制限に対しては価格制限に対するほど敵対的でない」。
19 本稿における単純な多数当事者間クロス・ライセンス取引きと特許プールの概念的な切り分けはかなりアンオーソドックスである。Cf., e.g., Roger B. Andewelt, Analysis of Patent Pools under the Antitrust Laws, 53 ANTITRUST L.J. 611 (1984).
20 シャーマン法2条:「州間および外国との通商や商業のいかなる部分をも独占し、独占を企図し、または独占するため他人と結合、共謀する者は重罪犯である・・」。
21 したがって、ライセンス拒否がミスユースにならないとした1988年改正特許法271条(d)(4)(注27)は判例法を変えていない。
22 CHISUM, supra 19-106:「反トラスト法違反の特許使用はミスユースになる。しかし、反トラスト法違反にいたらない行為もミスユースになることがある。・・しかし、ミスユース法理と反トラスト法のあいだには密接な関係がある。・・両者は共通の質問を発する。『問題の行為は特許権者の制定法上の権利の適正な行使といえるか?』 答えがイエスならミスユースにならないし、特許がなければ反トラスト法違反になる行為でも反トラスト法違反にならない」。
23 overall方式:従価ロイヤルティを、特許使用の有無にかかわらず一定の製品の全売上げに賦課する方式。特許使用製品だけに賦課する方式をif-used方式という(いずれも業界用語)。
24 Byron A. Bilicki, Comment: Standard Antitrust Analysis and the Doctrine of Patent Misuse: A Unification under the Rule of Reason, 46 U.PITTS.L.REV. 209, 219, 226 (1984) はもっと過激で、「クレイトン法の制定経緯からして、タイインにはpublic policyだけでなくクレイトン法3条の『競争の実質的減殺または独占創出の傾向』の立証も要求している」としてMotion Picture、Morton Salt両判決を批判する。
25 Federal Rules of Civil Procedure 56(a):「原被告いずれも、訴因の全部または一部について、トライアルを待たずにsummary judgmentを求めることができる。このためには、まず、申立人が『重要な事実に関する真の争点』の不存在を疎明することが必要」。
26 批判もある。 Note, Is the Patent Misuse Doctrine Obsolete? 110 HARV.L.REV. 1922, 1921-2, 1939 (1997):「反トラストとミスユースはstandingのちがい[後者のほうがゆるい]に加えて、双方の範囲が一致しないので、ミスユースは温存すべきだが、Mallinckrodt判決のようにどうしてもミスユースを廃止するというなら、反トラスト法のrule of reasonに革新促進要素をふくめて、問題の取引制限が技術革新を促進するかどうかを審理すべきだ」。
27 特許法271条:「(d)本来であれば特許侵害や寄与侵害からの救済をうける資格のある特許権者は、彼がつぎの行為のいずれかをおこなったからといって、救済を拒否されたり、ミスユースや、特許権の違法な拡張で有罪とされることはない:(1)−(3)略(注11)。(4)特許権のライセンスや使用を拒絶すること;(5)べつの[タイド]特許権ライセンスや製品の購買を、[タイング]特許権ライセンスや特許品の販売の条件とすること。ただし、これは、その状況に応じて、特許権者が[タイング]特許や特許品の関連市場で市場力をもっていない場合にかぎる」。 CHISUM, supra 19-101:「この改正法の上院案は、『反トラスト法に違反する場合を除き、特許権者は、彼のライセンス慣行、作為、不作為のゆえにミスユースで有罪とみなされない』として、ミスユース法理を事実上廃止することをねらっていた」。この法案は、もとは1988年包括通商競争力法上下院案中にあった[議会関係者は「ミスユース廃止法案」と呼んでいた]が、両院協議会までにいちど姿を消し、第100議会閉会まぎわに特許庁職員の俸給法案と抱きあわせで急浮上し、十分な議論もなく「密室の取引きで」可決されたものである。See, Jere M. Webb and Lawrence A. Locke, Recent Development: Intellectual Property Misuse, 4 HARV.J.L.& TEC. 252, 65 (Spring 1991). Also see, Kobak, supra 10.
28 E.g., Barry Evans, Boundaries Have Changed for Patent Misuse Defense, N.Y.L.J. 3 (Feb. 17, 1998).
29 CHISUM, supra 19-110.3:「タイインにおける別製品存在の決定基準は、ミスユース抗弁と反トラスト法違反ではちがう。前者はクレームされた発明の性質で、・・後者は消費者受容でテストする」。
30 Alexander E. Silverman, Note: Myth, Empiricism, and America's Competitive Edge: The Intellectual Property Antitrust Protection Act, 43 STAN.L.REV. 1417 (July 1991).
31 ROBERT H. BORK, THE ANTITRUST PARADOX x (Basic Books 1978):「Bowmanの著書・・はあまりに優秀で明確なので、私は本書のなかでその分野に言及することさえしなかった」。
32 WARD S. BOWMAN, JR., PATENT AND ANTITRUST -- A LEGAL AND ECONOMIC APPRAISAL (University of Chicago Press 1973).
33 See JACK HIRSCHLEIFER & AMIHAI GLAZER, PRICE THEORY AND APPLICATIONS, 5th ed. 189 (Prentice Hall 1992).
34 Nungesser & Eisele v. Commission, [1993] 1 CMLR 278 (European Court of Justice 1982).
35 Louis Kaplow, The Patent-Antitrust Intersection: A Reappraisal, 97 HARV.L.REV. 1813, 1851 (June 1984). Januz A. Ordover, Economic Foundations and Considerations in Protecting Industrial and Intellectual Property, 53 ANTITRUST L.J. 513 (1984).
36 Kaplow, supra 1833, 1873-4. Ordover, supra 511.
37 一片の特許による超過利潤より、知的財産権の対象にならない経営や営業の効率化による利潤のほうがはるかに大きいことを、プロの経営者はよく知っている。本間忠良「技術法のフロンティア−−ヤング報告書を超えて」『特許ニュース』9886号(通商産業調査会、1998年8月17日)参照。
38 Kaplow, supra 1875.
39 財産権と市場経済システムは資本主義という車の両輪だが、前者を後者に優越させる点で、シカゴ学派が米国populismの直系の子孫であることが示されている。
40 特許法261条:「本法の規定にしたがい、特許は私有財産の属性をもつ」。
41 U. S. Department of Justice, DOJ Antitrust Guidelines for Licensing of Intellectual Property, 49 BNA : PAT.TRAD. & COP.J. 714-5, n.10 (April 13, 1995), n.17.
42 James V. DeLong, Rule of Law -- Business Discovers Property Rights, THE WALL STREET JOURNAL (April 26, 1999) A19は、近年、行政と私企業のあいだで、正当な補償によらない私有財産の収用を禁じた憲法第5修正をめぐる(とくに−−著作権保護期間延長による公有化財産の再私有化に対する訴訟のような−−知的財産権がらみの)紛争が急増していることを指摘する。米国史のなかで周期的に出現するpopulismの波頭であろう。
43 この項での文献引用が、長く、しかも要約にならざるをえなかったことについて、著者・訳者ご各位のご寛恕をいただきたい。
44 渡辺洋三「所有権の思想」『岩波講座 現代法13 現代の法思想』142頁。
45 ジョン・ロック、鵜飼訳『市民政府論』(1690年)(岩波文庫)第5章「所有権について」から要約。
46 田村 理『フランス革命と財産権』(創文社1997年)156頁以下から要約。
47 MOORE, supraは、知的財産権の哲学的倫理的根拠についての議論を集めたアンソロジーだが、肯定論のほとんどが、Lockeの「enough and as good」を根拠として、「アイデアを独占しても、なお『十分にまたおなじように善いもの』が残されていて、実際に、彼の囲いこみの結果、他人に残されたものが減るということはなかった」として知的財産権による独占を正当化しているが、これはトレード・シークレットにあてはまるにすぎない。PETER DRAHOS, A PHILOSOPY OF INTELLECTUAL PROPERTY 79 (Dartmouth Publishing Co., 1996) は、J. Hughes, The Philosophy of Intellectual Property, 77 GEORGETOWN.L.J. 287, 340-1 (1988) の「詩、物語、小説、音楽作品は『個性の自然の容器』だが、特許、ICマスク、工業用トレード・シークレットは個性の表現とはいえない」を好意的に引用している。
48 山本桂一「フランス各種法領域における所有権とくに無体所有権の観念について(1)」『法学協会雑誌』第87巻第3号324頁以下から要約。
49 同上書347頁(Houriouに言及)。
50 DRAHOS, supra 101:「知的財産法は、抽象物を所有物に変えることにより、Marxのいう『商品の呪物的性格(fetishism of commodities)』[カール・マルクス、大内訳『資本論−−経済学批判』(大月書店1968年)1部1編1章4節]を付加する。その結果、ブルジョワ経済学は知的財産権をその社会関係から切りはなして分析する」。Id. 122:「知的財産とほかの財産とのアナロジーは皮相的でしかない」。
51 田村前掲書4頁から要約。
52 FTC STAFF REPORT, ANTICIPATING THE 21ST CENTURY-- COMPETITION POLICY IN THE NEW HIGH-TECH, GLOBAL MARKET PLACE, Volume I (U.S. Federal Trade Commission, May 1996) <http://www. ftc.gov/opp/global/report/gcv1.pdf>, Ch. 6, 6:FTC公聴会における経済諮問委員会Joseph Stiglitz委員長開会スピーチ:「[特許保護が重要という前提から、]特許権の保護が強いほど革新が促進されるという結論に飛びつく人がいるが、それはかならずしも正しくない」。
53 Schenck 1983を意識的に批判している。
54 Kaplow, supra 1815; Sobel, The Antitrust Interface with Patents and Innovation, 53 ANTITRUST L.J. 681 (1985); Turner, The Patent System and Competitive Policy, 44 N.Y.U.L.REV. 450 (1969).
55 See, e.g., Richard A. Whitting, et al., Introduction and Overview of Basic Principles: The Patent-Antitrust Interface, 53 ANTITRUST L.J. (1984).
56 See Kaplow, supra n. 40.
57 E.g., Bilicki, supra 211:「タイインによる局部的な競争減殺効果は、タイング発明をしのぐ発明を刺激するという大局的かつ積極的な効果をもつかもしれない」。
58 このいささか過激な脚注は、発足間もないCAFCの存在を誇示するための政治的発言だったとおもわれる。
59 DOJ, supra. Thomas L. Hayslett III, Recent Development: 1995 Antitrust Guidelines for the Licensing of Intellectual Property: Harmonizing the Commercial Use of Legal Monopolies with the Prohibitions of Antitrust Law, 3 J.INTELL.PROP.L. 375, 381-3, 386 (AIPLA, Spring, 1996) は、この1995年ガイドラインを、知的財産権の存在によって市場力を推定し、容赦なく反トラスト法を適用した6-70年代の政策と、知的財産権を「魔法の切り札」として、「革新からのすべての利益」を権利者に与えようとした80年代の政策との妥協のこころみとして特徴づける。また、 Id. 392は、ガイドラインがAdministrative Procedure Actの手続きにもとづく行政命令ではなく、自分自身に対してすら法的拘束力をもたない政策宣言にすぎないことを指摘する。
60 James A. D. White, Misuse or Fair Use: That Is the Software Copyright Question, 12 BERKELEY.TECH.L.J. 9 (Fall 1997).
61 「技術と競争」問題のより建設的な解決のためには、「知的財産権」というall-inclusiveな一般論を排して、個別の技術保護制度ごとに議論すべきである(紙数の制限上本稿でも不徹底である)。たとえば、いちおうの倫理的根拠をもつトレード・シークレットや著作者人格権と、組みあわせ特許や頒布権などを同列に論じることはできない。
62 DRAHOS, supra 123:「知的財産権にともなうコストには、管理および執行コスト、フリー・ライダー排除コスト(フリー・ライダーも品質を改良するだろうから、このコストには動態的利益の損失の可能性もふくまれる)、レント・シーキング行動がふくまれる。さらに、知的財産権使用の周囲に叢生する各種反競争慣行のような経験的に発見可能なコストもある」。さらに、FTC STAFF REPORT, supra, Ch. 6, 10:「特許レースにおいて、競争者はそれぞれの成功チャンスを最大化しようとして投資するが、社会としてはだれかが成功すればいいのだから、R&Dの競争レベルは社会的に『過剰』だという説がある」。
63 Kaplow, supra 1824:「特許権者・・の『報奨』は独占を許すことから生じるので、特許システムのコストは研究開発の直接コストを超える。・・法律によってオーソライズされた独占から生じる損失は、その発明、市場構造、特許権者の性質、特許利用を規制する法的ルールに依存する。・・特許期間が長いほど[保護が強いほど]これらのコストは増大する」。
64 Id. 1823:「長い特許期間[強い保護]は特許権者の『報奨』を増大し、発明活動を促進し、社会的利益を増進する」。
65 Id. 1821:「ひとしい利益を生じる行為がひとしい損害を社会に与えるというのは誤まりである」。
66 Id. 1816:「ここで、一定の制限的慣行の使用が許されることによって特許権者がうけとる『報奨』と、そのような特許の利用によって生じる独占損失との比を求めるテストを提案する。「報奨」が発明を促進し、それによって社会的利益をうみだすという前提をとるなら、この比は社会的利益と社会的コスト(独占損失)の比をあらわす」。
67 Turner, supra 487:「特許ミスユース法理は反トラスト法違反に局限されるべきである」。
68 ロビンソン・パットマン法(クレイトン法2条修正):「商業に従事する者が、・・同等同質の物品の価格を、異なる買手のあいだで直接または間接に差別することは、・・かかる差別の効果が、商業のいずれかの分野において、実質的に競争を減殺し、または独占を形成する傾向があり、もしくはかかる差別を与えまたはそれを意図的に享受する者との競争もしくは彼らの顧客との競争を減殺・・するときは、違法である・・」。対象を「物品」(commodities)に限定している。
69 White, supra. DRAHOS, supra 171-2, 176:「情報は本源財である。存在した瞬間にそれは稀少でなくなる。人類は情報の収集者であり交換者である。デジタル技術と通信路が十分な世界では、人類の情報拡散能力はさらに高まるだろう。・・知的財産権は、その本性により、ほんらい稀少でない情報の稀少条件を人工的に作りだす。・・Rawlsの古典的な政治的自由のリストに、『情報の自由』を加えてはどうか」。
70 Turner, supra 485.
70.5 WILLIAM M. LANDES & RICHARD A. POSNER, THE ECONOMIC STRUCTURE OF INTELLECTUAL PROPERTY (The Belknap Press of Harvard University Press, 2003) 70/214:「かりにある著作物が年e=1ドルの収益を永久に上げ続けるとしよう。公比r=0.9(減価償却率10%)とすれば、この総収益の現在価値はe/(1-r)=10ドルである。かりに保護期間をt=25年とすると、その現在価値はe(1-rt)/(1-r)=9.18ドルである」(一部修正)。つまり著作権の保護期間は、25年以上いくら長くしても、その現在価値(現在における創作のインセンティヴ効果)がほとんど変わらないのである。1998年のSonny Bono法のような著作権保護期間の延長は、創作のインセンティヴという動機では説明できない。著作権の保護期間だけでなく、知的財産権の保護強化が、一般的に収穫逓減則にかかることは明らかである。
71 DRAHOS, supra 135. Also, id. n.50:「この緊張にはべつの見方もある。ある人々は、『知的財産は革新を刺激することによって動態的な効率を向上するから競争促進的だ』という。・・この種の議論の形式は誤解をまねく。知的財産権が革新を創出すれば厚生利得になることもあるだろう。しかし、この厚生利得のコストが競争プロセスの障害なのだ」。
72 Turner, supra 488:「ライセンスの対価として特許権者の義母を殺す約束はunenforceable」。Mallinckrodt 1992に代表される一連の再使用制限ライセンス(医療機器やプリンター・カートリッジの使い捨てを強要するもの)も、環境・資源保護の立場からは問題があろう。
73 DRAHOS, supra 223:「ミスユース法理は、それ自体、制度主義者たちの知的財産公理から自然に演繹される『特権に付随する義務』の好例である」。
74 Robert J. Hoener, Patent Misuse, 53 ANTITRUST L.J. 659 (1984) は、「ミスユース類型のうち特許権拡張型は、『特許権者が、パブリック・ドメインに属するアイデアを私物化したり、将来の発明努力を排除する場合』、反トラスト違反型とはべつの独自の存在理由を有する」として、汎用部品材料のタイイン、特許品第1販売後の取引制限、ライセンシーの競業制限を例示する。
75 電子、情報ではこのケースが多い。
76 半導体メモリーが典型例である。
77 E. g., Centrafarm v. Sterling, [1974] 2 CMLR 120 (European Court of Justice 1974).
78 だからGeneral Electric 1926の「価格が高いほど利益は大きい」という命題は誤まりである。
79 薬品、化学ではこのケースが多い。
80 シュムペーター『経済発展の理論』(1926年)塩野谷他訳(岩波文庫)上巻198頁。
81 同上書上巻144頁。
82 同上書上巻182頁。このなかでは生産組織がとくに重要である。シュムペーターは、生産組織の例として、独占的地位の形成あるいは独占の打破をあげている。「競争経済が、たとえば今日各国の重工業にみられるような巨大コンツェルンの成立によって破壊されている・・」(同184頁)。同書初版がA. B. Dickの1912年、決定版の第2版がGeneral Electricの 1926年に出版されたことは暗示的である。なお、同上書下巻14頁。
83 よくいわれるCarlson(発明者)のxerography特許も、Xerox社(企業者)によって、オートメーションと「新結合」されるまで16年かかっている−−Xerox 1981。
84 シュムペーター前掲書下巻16、52頁。
85 同上書上巻245頁にあげられた企業者の資質ほど、発明者の資質と対照的なものはない。
86 この発想はGATTにおける「例外なき関税化」方針と一致する。
87 Turner, supra 488.
88 E.g., A. B. Dick 1902. Also, Motion Picture 1917, 519 (Holms, J. dissenting).
89 E.g., Masonite 1942. Evans, supra 4:「特許権者はライセンス拒否ができるのだから、特許品の再販や再使用制限なども当然できるという議論をよく聞くが、・・その分析はそれほど単純ではない。・・通常、ライセンサー、ライセンシー以外の第三者に対する経済的インパクトがある」。
90 E.g., Evans, supra 5:「『不当に高額のロイヤルティ』は271(d)(4)で消えただろう」。