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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略

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経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act  Exercise 60 Cases

情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution

論文とエッセイ(日本語)Theses and Essays

 

 

Warner-Jenkinson Co., Inc. v. Hilton Davis Chemical Co., 520 U. S. 17 (1997)

『アメリカ法』1997−1(日米法学会)

本間忠良

サマリー:均等論を再確認し、その適用をパイオニア特許やエクイティの場合だけに限定した従来の下級裁判決を否定する一方、均等を発明全体ではなく個々のクレームについて判断すべきだとし、かつ審査履歴エストッペルの立証責任を転換することによって、均等論の暴走にハドメをかけた。

目次
1.事実の概要
2.判旨
3、解説

 

1.事実の概要

 当事者双方とも食品着色料メーカーである。地裁原告Hilton Davis(以下「ヒルトン」)の特許は、水素イオン濃度pH(ペーハー)6−9の環境で、半透膜を通して不純物を濾過する方法をクレームしている。pHの上限を9に限定したのは、pH9超の先行特許と区別するためだったことが審査履歴(prosecution history)に記録されているが、下限を6にした理由は記録されていない。地裁被告 Warner-Jenkinson(以下「ワーナー」)の濾過法は、たまたまpH5を使っていた(意図的に回避したのではない)。オハイオ州南部地区連邦地裁の陪審は、ワーナーの方法がヒルトン特許の均等の範囲に属すると評決、地裁はこれにもとづいて損害賠償および永久差止め判決を言い渡し、連邦巡回区控訴裁(CAFC)が7:5の僅差でこれを容認した(1)。1950年のグレーバー・タンク事件判決(2)以来ほぼ半世紀ぶりに均等論を審理した連邦最高裁は、1997年3月3日、全員一致でCAFC判決を破棄、差し戻した。

2.判旨

 クラレンス・トマス判事による法廷意見書は、大要、つぎのようにいう。

 1.均等論そのものに対する批判について

 上告人ワーナーは、1950年のグレーバー・タンク判決によって確認された均等論が、1952年の特許法改正によって廃止された、とくに、特許法112条6項が、いわゆる手段クレーム(means or step plus function claim)の適用を、明細書に示された実際の手段の「均等物」までに限定していることの反対解釈として、これ以外の場合は均等論の適用がないと主張する。しかし、本法廷はこの主張を採用しない。112条6項の立法経過からして、「均等物」の限定には単に予防的な意味しかなく、これを否定的に読むことはできない(3)

 本法廷は、均等論がクレームにしばられずにひとり歩きしているというCAFCでの反対意見に同感である。均等論の適用が広すぎると、クレーム要件の限定・公示機能に反することになる。均等論は、発明全体にではなく、クレームの個々の要素(エレメント・バイ・エレメント)に適用されなければならない(4)

  2.均等論の適用に一定の制限を加えるべきだという予備的主張について

 まず、いわゆる審査履歴(または包袋)エストッペル(prosecution history or file wrapper estoppel)について、上告人は、特許審査中に放棄した特許主題は、理由のいかんを問わず、均等論によって回復されるべきではないと主張する(5)。しかし、特許商標庁はいろいろな理由でクレーム文言の補正を要求するものだから(6)、本法廷はかかる主張には同意できない。よりよいルールは、特許審査過程でなされた補正理由(本件の場合は、pHの下限を6に限定した理由)の立証責任を特許権者のほうに負わせることだ。この立証がない場合、本法廷は、補正による限定が特許性にかかわるものだったと推定せざるを得ない(7)

 つぎに、上告人は、グレーバー・タンク判決が、侵害者の意図をふくむエクイティの審理を要求していると主張する。しかし、グレーバー・タンクが依拠した前世紀のワイナンス対デンミード判決(8)が示唆しているように、特許クレームは「Xおよびその均等物」−−なかば明示、なかば黙示−−という形態をとりうるものだから、均等論の適用には、文言上の侵害とおなじく、意図の立証は不要である(9)。上告人による独自開発の主張は、むしろつぎに述べる「差異の非実質性に関する当業者による置換可能性認識テスト」に関連するものであろう。また、非パイオニア特許には狭い均等の範囲しか認めないという従来の下級裁の判決も、均等論そのものを否定したわけではない(10)

 最後に、上告人およびCAFC反対意見は、均等論の適用が、特許公告時点において知られていた均等物にかぎられるべきだと主張するが、前述のように、クレームされた要素と被疑要素の置換可能性に関する当業者の認識は、それ自体として意味があるのではなく、事実発見者の判断の根拠として意味があるものだから、均等認定の時期としては侵害時点が適切である(11)

 3.均等の認定を判事と陪審のいずれの任務とするかについて

 この問題についてはCAFCで多くの議論がなされた(12)が、本法廷では上告人からの簡単な言及しかなく、また、本件判決のために必須でもないから、本法廷はこれを審理しない。CAFCはこれを陪審の領域と判断したが、かかる判断を支持する判例も多い。もしこの問題が正面から本法廷に提出されたならば、CAFCと異なる判断になったかどうかについても、いまそれを決定する要はない(13)。陪審評決がブラック・ボックスだから控訴裁の再審が不可能だという懸念についても、略式判決や法律問題としての判決(JMOL)(14)などいろいろな手段があろう。また陪審まで行った場合でも、クレーム要素ごとの個別評決やインタロガトリーズが有用であろう(15)

 4.いわゆる非実質性テストについて

 CAFCにおいては、いわゆるFWRテスト(機能function・手段way・結果resultが実質的同一であれば均等だとするテスト)と、いわゆる差異の非実質性テストのどちらをとるべきかについての語義上の議論にかなりの時間を費やした。しかし、真の問題は、被疑製品・方法が、特許発明の各クレーム要素と同一または均等な要素を有するかという質問に対して、そのテストが証拠によって答え得るかどうかという点である(16)

 5.判決

 CAFC判決は、本法廷がここで要求した諸点のうち・・とくに、審査履歴エストッペルと、クレーム中の各要素の意味の保存(17)・・について審理を尽くさなかったので、これを差し戻す。

3、解説

 均等論(doctrine of equivalents)(18)とは、発明の本質を剽窃しながら、それに重要でない変更を加えることによってクレームの文言を回避している場合、法がこれを侵害と認定する判例原則である(19)。最高裁判決としてはワイナンス対デンミード(1854年)(20)とグレーバー・タンク(1950年)(21)の両判決がよく援用されるが、前者は現在のようなクレーム制度(1870年法)ができる前のケースなので、ここでは、本判決の原点として、後者の要点をまとめておこう。

 グレーバー・タンク事件で問題になった原告特許は電気溶接補助材に関するもので、成分のひとつとして珪酸のアルカリ土金属(たとえばマグネシウム)塩をクレームしていたが、被告製品は珪酸のマンガン(アルカリ土金属ではない)塩を使用していた。被告製品はクレーム文言には抵触していないが、地裁(ベンチ・トライアル)は均等論によって侵害と判決、最高裁がこれを支持した(6:2)。

 最高裁は、判決の前提として、「文言上のすべてのデテールをコピーしたわけではないが、特許発明の模倣であるものを放置しては、特許の保護を空虚で無用なものにしてしまう。そのような限定は、破廉恥な模倣者が、特許に非重要かつ非実質的な変更と置換をおこなって..クレームの外に、したがって法の外に逃げ出すことを許し、それを奨励することになる」(22)という。

 均等論適用の可否を判断するため、最高裁は、たがいにややあいまいな関係に立つふたつのテストを提示する。その1がいわゆるFWRテストで、「被告製品が、実質的同一の方法によって、実質的同一の機能を果たし、実質的同一の結果をもたらすかどうか」(23)というものである。その2がいわゆる非実質性テストで、「アルカリ土金属でないマンガンと、アルカリ土金属であるマグネシウムの差異ないし置換可能性が・・均等論の発動を正当化するほど非実質的だったかどうか」(24)というものである。また、最高裁は、置換の非実質性を判断するにあたっての「重要なファクターは、その業界の専門家(当業者)が、特許クレームにふくまれていない被疑成分と、ふくまれている成分とのあいだの置換可能性を知り得たかどうかである」(25)という。

 さいごに、最高裁は「均等の認定は事実問題である」(26)ともいう。

 このグレーバー・タンク判決は、後年の下級裁によっていろいろに解釈され、変化してきた。

 まず、機械や製造物にとくにあてはまるFWRテストが、あたかも均等判断の唯一の方法でもあるかのように強調されるようになった。

 つぎに、グレーバー・タンク判決は、いわゆるパイオニア特許には、陳腐な特許より広い範囲の均等を認めてもよいといっており(27)、これを根拠として、のちの下級裁は、逆に、陳腐な特許には狭くしか認めないという判決に走り(28)、均等論が空洞化するおそれがでてきていた。

 第3に、グレーバー・タンク判決の濃厚なフェアネス志向(29)を根拠として、均等論をエクイティが命じる場合に限るべきだという動きがでてきた(30)。これが、均等論の適用を陪審からはずして判事領域に移そうという主張のベースになった(31)

 第4に、同じ理由で、審査履歴(prosecution history)エストッペルが出現した(32)

 最後に、均等論の外側で起こった変化(Pennwalt判決(33)でいうオール・エレメント・ルール)の影響で、均等論におけるエレメント・バイ・エレメント・ルールが出現した。

 以上5つの変化がまとめてテストされたのが、本件CAFC判決(34)だったといってよい。

CAFC判決は、大要、つぎのようにいう。

 まず、「FWRテストは非実質性テストの十分条件」であって、「均等論の適用は、客観的な基準によって評価された、クレームと被疑製品・方法の間の差異の実質性に依拠すべきである」(35)。この点で、「ワーナーのpHとクレーム範囲のpHとの差異が非実質的だとした陪審の認定を支持する証拠は十分ある」(36)

 つぎに、従来、多くの下級裁判決が、均等論をエクイティとして適用してきたが、グレーバー・タン判決は、これを、「コモン・ローの苛酷なルールを補うため、イングランドではじまった諸原則の集合というテクニカルな意味」(37)でのエクイティだといっているのではない。

 このCAFC判決には3人の判事が反対意見を付しており、いずれも、均等論がグレーバー・タンク当初の目的から逸脱し、陪審のプロパテント偏見を利用した特許権の拡張に利用されている(38)という危機感に裏づけられたものであった。なかでも故ニース判事の浩瀚な反対意見が提案したエレメント・バイ・エレメント・ルール(39)と審査履歴エストッペルの適用強化(40)を、最高裁判決がさらに前進させたことは前述の通りである(41)

1. Hilton Davis Chemical Co. v. Warner-Jenkinson Co., Inc., 62 F. 3d 1512 (Fed. Cir. 1995).

2. Graver Tank & Mfg. Co., Inc. et al. v. Linde Air Products Co., 339 U.S. 605, 70 S. Ct. 854, 94 L. Ed.

1097 (1950).

3. Warner-Jenkinson Co., Inc. v. Hilton Davis Chemical Co., -- U.S. --, 117 S. Ct. 1040 (1997), at 1048.

4. Id., at 1049.

5. Id.

6. Id., at 1050.

7. Id., at 1051.

8. Winans v. Denmead, 15 How. 330, 343, 14 L. Ed. 717 (1854).

9. 117 S. Ct., at 1052.

10. Id., at 1048, n. 4.

11. Id., at 1053.

12. 本間忠良「最近の判例−Markman v. Westview, Inc., 116 S. Ct. 1384 (1996) 」『アメリカ法』1997−1号(1997年)127頁。

13. 117 S. Ct., at 1053.

14. Fed. R. Civ. P. 50(a)(1):「トライアル中、一方当事者がある争点についての弁論を完了したのに、それでも、合理的な陪審が同争点について同当事者有利の認定をおこなうのに十分な、証拠にもとづく法律上の根拠が存在しない場合、・・法廷は同当事者に不利な「法律問題としての判決」の申立てを許可することができる」。この申立てはトライアル後でも更新することができ、その場合は、法廷が、法律問題の決定を留保したまま事件を陪審に送ったものとみなされる(同(b)項)。

15. 117 S. Ct., n.8.

16. Id., at 1054.

17. 「各要素が全体のなかに埋もれてしまうような均等論の広い適用を排する」(Id, at 1049)という意味。

18. equivalentsの訳語としては「均等」より「等価」のほうが適当と思われるが、古くから使われている用語なので(たとえば清瀬一郎『特許法原理』(1922年)156頁)、ここでは「均等」を使っている。

19. HERBERT F. SCHWARTZ, PATENT LAW AND PRACTICE (Federal Judicial Center, 1988), at 69. 本判決が出た今となっては、あんがいいい定義がない。たとえばBLACK'S LAW DICTIONARY, 5th ed. (West Publishing Co., 1979), at 486は均等論をほとんどFWRテストと同視しているし、ROBERT L. HARMON, PATENTS AND THE FEDERAL CIRCUIT, 2nd ed. (The Bureau of National Affairs Inc., 1991), at 178/191は均等論をエクイティだといいきっており、いずれも本判決のなかで問題になったところである。

20. See n. 8.

21. See n.2.

22. 339 U.S. at 607.

23. Id., at 608.

24. Id., at 610.

25. Id., at 609.

26. Id.

27. Id., at 608.

28. E. g., Hughes Aircraft Co. v. United States, 717 F. 2d 1351 (Fed. Cir. 1983).  この事件は最高裁で本判決待ちになっていたが、1997年4月21日CAFCに差し戻された(U. S. Supreme Court No. 96-1297)。

29. See n. 21.

30. E. g., Charles Greiner & Co. v. Ultraseal, Ltd., 781 F. 2d 861. Also, London v. Carson Pirie Scott, 946 F. 2d 1534 (Fed. Cir. 1991).

31. 均等の判断を陪審に委ねることについては多くの批判があり、その筆頭が本件CAFC判決に対するプレーガー判事の反対意見であろう。See 62 F.3d, at 1540.

32. Mannesmann Demag v. Engineered Metal, 793 F.2d 1279 (Fed. Cir.1986).

33. Pennwalt Corp. v. Durand-Wayland, Inc., 833 F. 2d 931 (Fed. Cir. 1987), en banc, cert. denied, 485 U.S. 961 (1988).

34. See n. 2.

35. 62 F. 3d, at 1518.

36. Id., at 1524.

37. Id., at 1521.

38. Id., at 1537.

39. Id., at 1574.

40. Id., at 1582.

41. 本稿執筆時点(1997年9月)までに、本判決を援用して陪審の均等評決をJMOLで逆転させたケースがはやくも出現している。E. g., Ampex Corp. v. Mitsubishi Electric Corp., Civ. No. 95-582-RRM (D. C. Del., June 18, 1997).なお、CAFCは、本判決を受けて、1997年6月10日、エレメント・バイ・エレメント・ルールで審理しても、pH5はpH6-9の均等の範囲にはいると自判した上、審査履歴エストッペル再審理のために事件を地裁に差し戻した(PATENT, TRADEMARK & COPYRIGHT JOURNAL, Vol. 54, No. 1322, June 19, 1997)。地裁では、ヒルトンが、クレーム下限を6にした理由が特許性にかかわるものでないことを立証しないかぎり、同特許はすくなくとも執行不能unenforceableになる。