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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略
経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act Exercise 60 Cases
情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution
Working Paper (05-8-25)
本稿執筆後、すくなくとも2006年、2009年、2010年の3回にわたって法改正(主として刑事罰対象行為の拡張と量刑の強
化)がおこなわれていますので、読者はご留意ください。そのうち暇があったらアップデートします。
ビジネスマンのためのトレード・シークレット(営業秘密)
本間忠良
目次
1.不正競争防止法:
2.民事:
2.1.営業秘密:
2.2.不正競争行為類型:
2.3.営業秘密をめぐるビジネス上の諸問題:
2.3.1.悪意重過失とペーパー・トレイル/クリーン・ルーム:
2.3.2.事後的悪意者に関する適用除外:
2.3.3.帰属問題:
2.3.4.営業秘密ライセンス契約におけるライセンシー側の留意事項;
3.1.不正取得後使用開示罪:
3.2.記録媒体等不正取得罪:
3.3.正当取得記録媒体等不法領得後使用開示罪:
3.4.正当取得後不正使用開示罪:
3.5.正当取得後背信使用開示罪:
3.6.不正競争目的転得後使用再開示罪:
3.7.国外犯:
4.事例:
4.1.不正取得ケース:
4.2.不正開示ケース:
4.3.引抜きケース:
4.4.リバース・エンジニアリング・ケース:
4.5.刑事事件:
いま私たちが突入しようとしている情報革命時代を先制包囲するかのように、日本では最近さまざまの情報規制法・情報独占法が続々と制定されているが、そのなかで最も要注意なのが不正競争防止法であろう。
不正競争防止法は1934年制定以来ずっと眠っていたような法律だったが、1990年、「営業秘密」(トレード・シークレット)の不正な取得・使用・開示に対して民事制裁(差止めと損害賠償)を課すための改正が成立して以来、急速にその適用範囲を拡張、制裁を強化して、情報規制法の一方の雄としての地位を確立した(他方の雄は著作権法)。
2003年改正(2004年1月1日施行)では、民事制裁を強化するとともに、営業秘密の不正な取得・使用・開示に対する刑事罰を新設した(2005年改正で拡大強化−−2005年11月1日施行−−誰かが焦っているんだな)。これは、転職しようとしているエンジニアや営業マンにとって一生の運命がかかる最大級の落とし穴になるかもしれない。彼/彼女らを受け入れる企業にとっても社運に響く不祥事に巻き込まれる可能性がある。
以下、まず制度を概観したあとケースを見るのだが、日本の裁判例が転職にともなう顧客情報持出しケースにかたよっているので、より全体的なピクチャーを見るために、米国の裁判例からもマージナルなケースを拾って、どんなことをしたら危ないか−−危険感覚を身につけることにしよう。
ところで、ここで、よく使われる「ノウハウ」と「トレード・シークレット」の関係を考えてみよう。この2つは同義語ではない。「ノウハウ」には秘密のものと秘密でないものがある。秘密でないノウハウの例として、たとえば、テレビの構造は公知だが、実際に工場で大量生産しようと思ったら簡単ではない。公知情報の集積は、トレード・シークレットでなくても、ノウハウとして一定の経済的価値があるものがある。では秘密情報という集合のなかで「ノウハウknow-how」以外にどんな小集合があるか(ベン図がかけると説明が楽なのだが・・)。「ノウホワイknow-why」というのが有名で、ライセンス交渉でいつも問題になる。作りかた(ノウハウ)は教えるが、なぜそうなのか(ノウホワイ)は別料金というのである。「ノウホエアーknow-where」というのもあって、材料や部品の購買先や下請企業のリストなどがそうである。
2.民事:
私たちの行為が、不正競争防止法にもとづく「不正競争」と認定された場合、民事上の制裁は、@差止請求(第3条)とA損害賠償請求(第4条)である。
差止請求では、不正競争による営業上の利益の侵害の停止または予防と、製品や設備の除却などが命じられる。
損害賠償請求では、2003年改正で、逸失利益の立証容易化(第5条第1項)、損害額の推定(第2項−−技術秘密のみ)、使用許諾料相当額の請求(第3項)、具体的態様の明示義務(第5条の2)、書類の提出(第6条)、相当損害額の認定(第6条の3)など、原告側を有利にするための一連の改正がおこなわれた。損害賠償額の高騰は必至である。
なお、消滅時効は、継続的な不正使用行為に対する差止請求権(第8条)、損害賠償請求権(民法724条)、いずれも、損害および加害者を知ったときから3年、除斥期間10年である。
不正競争防止法第2条第4項:この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
「営業秘密」とはまず情報である。紙やディスクといった媒体は問題にならない。以前にも産業スパイや転職トラブルはあったのだが、民事なら不法行為や契約違反、刑事なら紙の窃盗・背任・業務上横領などで対応していた(ナイロン産業スパイ事件/新潟鉄工事件)−−これらは今でも成立する。
「秘密管理性」、「有用性」、「非公知性」を営業秘密の客体3要件といい、これがぜんぶそろってはじめて不正競争防止法の保護を受ける。
このなかでも、「秘密として管理されている」という要件(秘密管理性)がいちばん重要で、裁判ではかなり厳密に要求されている。
まず物理的な秘密管理である。その情報に「機密」とか「部外秘」とかとはっきり表示してあるか(よく見かける「財産的情報」などというのはまぎらわしい)。それが従業員に徹底されているか。アクセスの許される(need-to-know)人が限定されているか。アクセス・ログがとってあるか。有形媒体であれば鍵のかかるところにしまってあるか。デジタル・データであればパスワード管理がしてあるか。
つぎに法的な秘密管理である。従業員や下請業者やライセンシーと守秘契約を結んでいるか。それが明確なものか(入社のときハンコを押さされた一般的な服務規程ぐらいでは不十分。対象情報を特定すべきである)。契約をちゃんと履行させているか(定期的に監査しているか)。退職後の競業禁止契約があるか。それが秘密管理の必要上合理的なものか(状況にもよるが、2年以下は有効、5年以上は公序良俗違反で無効とされる可能性大(樹脂ライニング溶接法事件)−−憲法第22条第1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、・・職業選択の自由を有する)。
「有用な」という要件(有用性)も問題になる。「有用」かどうかは、当事者の主観ではなくて、社会通念によって客観的に判断される。社長のスキャンダル情報はあきらかに「有用」ではない(営業秘密ではない)が、実験の失敗データのようないわゆる「ネガティブ・インフォメーション」については意見が割れている。製薬業界などが営業秘密扱いを主張している(自分が失敗したから他人も同じ失敗をすればいいという−−現代知的財産制度の卑しい側面である)一方、社会的には開示が望ましいという主張も強い。しかし、2004年、某製薬会社が、抗うつ薬を子供に使った場合の望ましくない実験結果を秘匿していたとして、ニューヨーク司法長官に訴えられた事件を契機に、医療業界に大きな影響力を持つ国際医療出版編集者委員会が、医薬品の実験データをすべて公開するという規約の検討にはいり、事態が動いてきた(The New York Times 04-6-15)。
「公然と知られていない」(非公知性)要件は、秘密管理性と似ているがそうではない。いくら自分で秘密だと思っていても、世間ではだれでも知っている場合がある。ここでよく問題になるのは、製品のリバース・エンジニアリングによって、メーカーが秘密にしていた成分やコードが分かってしまう場合である。だから、リバース・エンジニアリングという行為そのものが「秘密情報を不正に取得する」行為だ−−トレード・シークレット盗用だ−−などと主張されたこともあるが、1991年ECコンピューター・プログラム指令、1992年アタリ、ゼガ両判決の結果、プログラム間の相互操作(インターオペラビリテイ)目的など一定の条件下でこれが許されることがはっきりしてきた(本間忠良「米国におけるソフトウエア著作権判例の変遷」)。ただ、シュリンク・ラップなどでリバース・エンジニアリングを禁止しているような場合は、シュリンク・ラップが契約といえるかどうかの議論が決着していないので一応の注意は必要である(EC指令ではこのような契約は無効である )(本間忠良「情報革命とその敵」注10)。
不正競争防止法は、第2条第1項の第4号から第9号まで6個の不正競争類型を列挙しているが、これらは第4-5-6号と第7-8-9号の2大グループに分けることができる。覚えやすいために、ここでは、前者を「不正取得ケース」、後者を「不正開示ケース」と呼ぶことにしよう。それぞれのグループについて、第4号と第7号が営業秘密の第一取得者を、第5号と第8号が転得者を、第6号と第9号が事後的悪意者を、対称的に規定しているので覚えやすい。
第一取得者 | 転得者 | 事後的悪意者 | |
不正取得ケース | 4号 | 5号 | 6号 |
不正開示ケース | 7号 | 8号 | 9号 |
第2条第1項:この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
不正取得ケース:
第4号:窃取、詐欺、強迫その他不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下、「不正取得行為」という)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示す行為を含む。以下同じ)。
窃取、詐欺、強迫などの行為によって情報を手に入れたり、それを使ったり、第三者に伝えたりすれば不正競争になる。
第5号:その営業秘密につき不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその営業秘密を使用し、若しくは開示する行為。
不正取得者から営業秘密を転得した者も、不正取得行為があったことについて悪意または重過失であれば、それを使用・開示する行為が不正競争になる。
第6号:その取得した後にその営業秘密について不正取得行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為。
不正取得行為が介在した営業秘密であることを事後的に知った者も、重過失で知らなかった者も、それを使ったり、第三者に伝えたりすれば不正競争になる。正常な取引きで手に入れた営業秘密を使って長年無事平穏に営業していたのに、じつはそれが不正取得物だったことが(保有者からの警告書などで)分かったら、使用をやめなければならないのか。これではたまらないので適用除外がある(後述)。
不正開示ケース:
第7号:営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という)からその営業秘密を示された場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為。
営業秘密の保有者である会社から(正当に)その営業秘密を示された役員や従業員やライセンシー(保有者と信頼関係にあるかまたは守秘義務を負っている)が、図利加害目的(不正の競業その他の不正の利益を得る目的、又はその保有者に損害を加える目的)でその営業秘密を使ったり、第三者に伝えたりすれば不正競争になる。
第8号:その営業秘密について不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失によって知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為。
前号の役員や従業員やライセンシーから営業秘密を転得した者も、図利加害目的または守秘義務違反による開示であったことについて悪意または重過失であれば、それを使用・開示する行為が不正競争になる。
第9号:その取得した後にその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為。
不正開示行為が介在した営業秘密であることを事後的に知った者も、重過失で知らなかった者も、それを使ったり、第三者に伝えたりすれば不正競争になる。第6号と同じ適用除外がある(後述)。
2.3.1.悪意重過失とペーパー・トレイル/クリーン・ルーム:
営業秘密を買おうと思っているビジネスマンや転職しようとしているエンジニア・営業マンの自衛手段を考えよう。
営業秘密不正使用に関する民事訴訟では、証拠のレベルが「証拠の優越」である。原告が一応の立証をしたら被告がそれを反証する、いわば立証のテニスである(刑事では「合理的な疑いを超えた」レベルで、検察側に一方的な立証責任がある)。
だから、営業秘密を買おうとしている転得者にとっては、それが産業スパイや、守秘義務に違反したり図利(とり)加害目的を持った役員・従業員・ライセンシー経由のものでないことについて、自分の善意または軽過失をあらかじめ立証しておいたほうがいい。
転職しようとしているエンジニアや営業マンにとっては、今の職場で知った情報を次の職場で使う可能性があったら、その情報が、@自分に帰属(後述)すること、A営業秘密の客体3要件を欠くこと、Bその使用が守秘義務違反や図利加害目的でないこと・・を立証できる事実を集めておいたほうがいい。このような予防立証の定跡がペーパー・トレイルとクリーン・ルームである。これはもともと著作物の独自創作をあらかじめ立証しておくために考案されたツールだが、営業秘密でも十分使える。
ペーパー・トレイルとは自分の行動を記述した文書の連続体である。エンジニアなら開発ノート、営業マンなら営業日誌だが、あとで改変したと思われないためにインクで書くといい(経時変化が測定できる。訂正は消去しないで抹消線で消して書き込む)。米国のプロはページが抜けない帳簿タイプのノートを使っている。マイルストーン的な情報は公正証書にするか、せめて自分あての書留郵便にして開封しないでおくといい(訴訟になったら裁判官に開封してもらう)。ほかに交渉関連文書−−特に営業秘密の開示者の言質−−をちゃんと保存しておくこともペーパー・トレイルである。
クリーン・ルームはセガ判決(前述)にもでてきたが、開発エンジニアから問題の営業秘密にアクセスしたことがない旨の宣誓供述書をとっておいて開発にあたらせ、開発中にも彼/彼女に与えられる仕様書が他人の営業秘密に汚染されていないことをペーパー・トレイルで立証できるようにしておくことである。日本では、フランチャイジーが独立するとき、もとのフランチャイザーからマニュアル等の営業秘密不正使用で差止請求を受けるケースが目立つ。
第12条第1項:第3条から第8条まで(差止めと損害賠償)・・の規定は、次の各号に掲げる不正競争の区分に応じて当該各号に定める行為については、適用しない。
第6号:第2条第1項第4号から第9号までに掲げる不正競争 取引きによって営業秘密を取得した者(その取得した時にその営業秘密について不正開示行為であること又はその営業秘密について不正取得行為若しくは不正開示行為が介在したことを知らず、かつ知らないことにつき重大な過失がない者に限る)がその取引きによって取得した権原の範囲内においてその営業秘密を使用し、又は開示する行為。
取引き(買取りやライセンス)によって営業秘密を手に入れ、その時に善意または軽過失であった者は、あとで警告書が送りつけられたりして、産業スパイ物や無断持ち出し物だと分かったとしても(事後的悪意者)、その取引きで許された範囲内でその営業秘密をを使ったり、第三者に伝えたりしても不正競争にならない。
悪意・重過失の立証責任は原告にあるが、警告書を内容証明で送った程度でも立証責任は果たせるだろう。そこで、事後的悪意者とされた第三取得者(被告)は、(1)自分が当該営業秘密を取引きにもとづいて取得したこと、(2)取得時において、悪意または重過失がなかったこと(善意または軽過失)を反証すれば、かかる取引きで許された権原の範囲内において、引き続き、その営業秘密を使用・開示できる。しかし、過去の取得時における善意または軽過失の立証というのは容易なことではない。営業秘密の取得者は、つねにこのような危険に備えて、いわゆるペーパー・トレイル(潔白立証のための書証)を保存するよう努めなければならない。
2.3.3.帰属問題:
知的財産をみずから創出した従業員(または下請け、以下同)と会社の関係は複雑で、俗に「帰属」問題と呼ばれる。最近では、著作権について、テレビ放送コンテンツの制作下請け、ソフトウエア製作やSEサービスの下請けが問題になっている。営業秘密でも、会社と従業員、ライセンサーとライセンシー、フランチャイザーとフランチャイジー、SEとクライアントなどなど紛争が絶えない。
(1)その従業員が原始的に営業秘密の「保有者」となり、雇用(または請負)契約にもとづいて会社に「譲渡」すると考えるのか、(2)それとも会社が原始的に「保有者」になるのかは、その従業員の地位および営業秘密創出の状況によってきまると考えるのが自然であろう。
この考え方によれば、その「従業員」が、コミッション・セールスマンやコントラクト・エンジニアのような独立性の高い地位のものである場合、または通常の雇用契約にもとづく従業員であっても、会社の直接の指示にもとづかないで創出をおこなった場合などは、上の(1)に該当することになろう。
上のいずれの場合も、最終的には会社が営業秘密の「保有者」になるのだが、営業秘密の創出者である従業員による不正開示行為(第7号)を問題にする場合(たとえば新潟鉄工事件)は、営業秘密があらためてその従業員に「示された」という擬制をとらざるを得ないことになる。保有者の立場からいえば、従業員が創出した営業秘密を、いったん会社に「譲渡」させて、あらためてそれを同従業員に「示す」という形式を踏んでおくことが望ましい。
2.3.4.営業秘密ライセンス契約におけるライセンシー側の留意事項;
営業秘密は物権ではないので、ライセンスというのは変だが、ここでは一般的な言い方に従っておく。一般の知的財産権とちがって、営業秘密には保護期間というものがない。いわゆる客体3要件を満たしている限りにおいて、無限といってよい。したがって、営業秘密のライセンシーは、なによりもまず、契約(とくに秘密管理やロイヤルテイ支払い義務、用途・分野制限など)に関して期間を定めることが重要である。これを怠ると、永久にロイヤルティを払わされるおそれがある。
つぎに、営業秘密ライセンス契約にはかならずつきものの、開示された情報の秘密管理義務に関する留意事項を下記する。ロイヤルテイ支払い義務、用途・分野制限などについてもほぼ同様である。
まず、ライセンサーに対して、秘密管理対象情報を特定・表示させることが必要である。通常ノウハウ契約で開示される情報には、秘密情報と公知情報が混在している。公知情報についてまで秘密管理義務を負ってはたまらないので、秘密管理義務の対象となる情報には、かならずマル秘などの表示をおこなうようライセンサー側に義務づけなければならない。また、口頭で開示される情報については、開示直後これを文書化しておなじくマル秘表示をおこなうようライセンサー側に義務づけなければならない。
また、なんでもかんでもマル秘表示をおこなわないようなハドメが必要である。ほんとうは、法律で定める営業秘密についてだけマル秘表示をおこなわせ、それについてだけ秘密管理義務を負うようにするのが望ましいが、ライセンサーは簡単に同意しないだろう。それよりは範囲が広くなるだろうが、なんらかのハドメはどうしても必要である。ここは営業秘密ライセンス契約の交渉でとくに紛糾する点のひとつであるが、開示情報を極秘情報と通常秘情報の2種類に分けて、秘密管理義務の厳しさを変えるというようなキメの細かい妥協が必要な場合もある。
また、つぎのいずれかの場合、秘密管理義務から免がれることのできる、いわゆるdisclaimer条項がかならず必要である。
(1)対象情報がライセンシーの責任でない事情で公知化した場合。
(2)ライセンシーが対象情報と同一の情報を独自に創出した場合。
(3)対象情報取得の時点で、ライセンシーが同一の情報をすでに保有していた場合。
(4)ライセンシーが対象情報と同一の情報を善意の第三者から取得した場合。
上記いずれの条件も、義務から免れようとする方、つまりライセンシー側に立証責任があるので、いわゆるペーパー・トレイルやクリーン・ルームといった手段を講じておく必要がある。
上のような予防手段にに加えて、とくに日進月歩のハイテク分野では、秘密管理義務に期間を設けておくことが望ましい(2-4年が相場か)。
以上の留意事項はフランチャイジーについてもいえる(係争が多い)。
2003年改正によって、営業秘密にかかわる「不正競争」行為が刑事処罰の対象になった(2005年改正で拡大強化−−2005年11月1日施行)。5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金。個人としては、やられた場合、民事よりショックが大きいだろう。ただオーバーに恐れていたのではなにもできないから、ぎりぎりの線を見定めなければならない。もう一度言おう。憲法第22条第1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、・・職業選択の自由を有する。
罪刑法定主義の建前から、処罰対象行為の定義(構成要件)は、民事における不正競争の定義よりかなり厳密に絞り込まれているが、まだまだオープン・エンデッドなところもあるので油断は禁物である。「営業秘密」の定義は同じなので、客体3要件は刑事でも通用する。
以下の6行為が罰せられる(第21条第1項−−詳しくはあとで説明する)。第4号:不正取得後使用開示。第5号:記録媒体等不正取得。第6号:正当取得記録媒体等不法領得後使用開示(役員・従業員・ライセンシーによる不正取得行為および横領等)。第7号:正当取得後背任使用開示(現役員・従業員による背任)。第8号:正当取得後背信使用開示(もと役員・従業員による在職中の背信行為)。第9号:不正競争目的転得後使用再開示(7-9号は2004年改正ではいったもの)。構成要件も証拠のレベルもちがうので、刑事でシロになっても民事でクロ(またはその逆−−民事で損害が否認される場合など)ということもある。
いずれも親告罪である(第21条第3項)。ひとつの行為が不正競争防止法と刑法などとの数罪に該当する(たとえば紙の窃盗にもなる)場合は科刑上1罪となり、最も重い刑が科せられる(7項)。法人の代理人、使用人その他の従業者がその法人の業務に関して違法行為(4/5/9号のみ−−6/7/8号は法人が被害者)をおこなったときは、法人も罰せられる(最高1.5億円の罰金)(第22条)。
民事とちがって雑然としているので覚えにくいが、要するに、営業秘密についても詐欺・恐喝・窃盗・強盗・横領・背任・背信・住居侵入・不正アクセスに当たる行為を罰したいのだが、営業秘密は情報であって財物ではないから、せいぜい使用・開示のところで罰することにし、取得は有体媒体についてだけ罰することにしたと理解すれば分かりやすい(「その他の管理侵害行為」は悪乗りだろう)。
第21条第1項:次の各号のいずれかに該当する者は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する。
第4号:詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。以下同じ。)により、又は管理侵害行為(営業秘密が記載され、又は記録された書面又は記録媒体(以下「営業秘密記録媒体等」という。)の窃取、営業秘密が管理されている施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成11年法律128号)第3条に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の保有者の管理を害する行為をいう。以下同じ。)により取得した営業秘密を、不正の競争の目的で、使用し、又は開示したもの。
詐欺、恐喝、強盗(「詐欺等行為」)や、窃盗、住居侵入、不正アクセスその他の保有者の管理を害する行為(「管理侵害行為」)によって取得した営業秘密を、「不正競争目的」で使用・開示すれば「不正取得後使用開示罪」になる。それなら買収や贈賄や「情を通じて」(この言葉を知っている人は年が分かる)はいいのかという質問がでるだろう。たしかに詐欺等行為の構成要件には該当しないが、共犯になる可能性がある。「不正アクセス」とは他人のパスワードを使ったり、セキュリティを破ってシステムに侵入するような行為である。罰則は、2005年改正で、従来の3年/300万円から加重されたもの。
管理侵害行為の定義が「その他の」とopen-endedになっているわけは、起草者によると、「今後の情報通信技術等の進歩に伴ってハイテク犯罪の手口が急速に進化する可能性にも適切に対応できるよう、限定列挙ではない形で定めたもの」(『逐条解説不正競争防止法−平成15年改正版』経済産業省知的財産政策室編著(2003年10月有斐閣)149ページ)だそうだが、「その他」違反で刑務所に入れられてはたまらない。憲法違反だろう(31条:「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」−−ただ、判例では、通常の判断能力を有する一般人が違法になるかどうかの判断ができる程度のあいまいさは許容するということになっている(徳島市公安条例事件)が、「保有者の管理を害する」というほどあいまいな要件は罪刑法定主義に反するのではないか。今後の判例を見守る必要がある)。
「不正の競争の目的」はほかにもでてくるが定義はない。要するに自分や特定者を競争上有利な立場にしようという目的のことで、被告の内心のことなので検察は立証に苦労するだろう(もっとも、実際の事件では被告が会議やメールなどで大言壮語して墓穴を掘っていることが多い)。
第5号:前号の使用又は開示の用に供する目的で、詐欺等行為又は管理侵害行為により、営業秘密を次のいずれかの方法で取得した者。
イ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等を取得すること。
ロ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等の記載又は記録について、その複製を作成すること。
詐欺等や管理侵害行為の目的で営業秘密を取得しただけでも罪になる(第4号の予備罪)。ただ、まだ使用・開示はしていない段階なので、構成要件を前号より厳密にして有体媒体(書類やデジタル・メディア)の取得・複製に絞った。それなら送信はいいのかという質問がでるだろう。取得だけならたしかにそうだ。だが、それを使用・開示したら第4号が適用され、「その他の」というオールマイティ・カードにやられるからご用心。
第6号:営業秘密を保有者から示された者であって、不正の競争の目的で、詐欺等行為若しくは管理侵害行為により、又は横領その他の営業秘密記録媒体等の管理に係る任務に背く行為により、次のいずれかに掲げる方法で営業機密が記載され、又は記録された書面又は記録媒体を領得し、又は作成して、その営業秘密を使用し、又は開示した者。
イ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等を領得すること。
ロ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等の記載又は記録について、その複製を作成すること。
営業秘密にアクセスできる資格を持っている従業員やライセンシーが、管理義務に反して、詐欺等行為や横領(だから「取得」でなく「領得」といっている)によって、記録媒体のオリジナルを領得したりコピーしたりして使用・開示する行為を罰する。新潟鉄工事件を想定しているのだろう。文理上、「不正の競争の目的」が「領得」、「複製」、「使用」、「開示」すべてにかかっているので、検察は立証に苦労するだろう。ここにも有体媒体しばりがあるので、送信はいいのかという質問がまたでるだろう。
第7号:営業秘密を保有者から示されたその役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する無限責任社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者をいう。次号において同じ。)又は従業者であって、不正の競争の目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、その営業秘密を使用し、又は開示した者(前号に掲げるものを除く)。
本罪は営業秘密を正当に取得した者がそれを不正に使用・開示する行為で、刑法の背任に相当する。本号でいう役員や従業者は現職である(「もと」役員・従業者には、2005年改正で新設された次号が適用)。労働者派遣事業法にいう派遣労働者は「従業者」に含まれるが、請負人やその従業者は含まれない。SE派遣会社などはこの点要注意である。退職者、ライセンシー、下請事業者も「従業者」に含まれない。
第8号:営業秘密を保有者から示されたその役員又は従業者であった者であって、不正の競争の目的で、その在職中に、その営業秘密の管理に係る任務に背いてその営業秘密の開示の申込みをし、又はその営業秘密の使用若しくは開示について請託を受けて、その営業秘密をその職を退いた後に使用し、又は開示した者(第6号に掲げる者を除く)。
転職を企図している会社の役員・従業者が、転職先へいまの会社の営業秘密の持ち出しを売り込んだり、またはそれを頼まれたりした場合、転職後、持ち出した営業秘密を使用したり開示したりすれば本号で罪になる。在職中に転職を企図し、新会社へ自分を売り込むときはよほど気をつけなければいけない。頭の中にはいっている営業秘密と自分の本来の経験・能力の切り分けは難しいので、旧会社に在職中、自分が今後縛られることになる営業秘密を限定・文書化させておかなければならないのだが、旧会社は当然これに感づいて抵抗するので、本号はいまの大転職時代に水をさすことになろう(パブコメのとき、日弁連がこの理由で反対していた)。
第9号;不正の競争の目的で、第4号又は第6号から前号までの罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者。
営業秘密侵害罪によって開示された営業秘密の転得者も、取得・領得・開示について自分が不正競争目的であれば罰せられる。事後的悪意者は規定がないので不可罰と思う(日本の罪刑法定主義に対する信頼がちょっと揺らいできたが・・)。
第21条第4項:第1項第4号又は第6号から第9号までの罪は、詐欺等行為若しくは管理侵害行為があった時又は保有者から示された時に日本国内で管理されていた営業秘密について、日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する。
中国を意識している。貧すれば貪(どん)するとはこのことだな。日本産業が内向きになってきた徴候。
4.事例:
以下トレード・シークレットをTS、リバース・エンジニアリングをREと略称する。米国ではトレード・シークレット保護は主として州法の領域だが、統一法典(弁護士会が作ったガイドライン)があるので、かなりの統一性がある。
美術工芸品顧客情報事件(東京地判平11.7.23判時1694-138):
原告は美術工芸品の通信販売業者、個人被告Aは原告会社に15年勤務し、商品開発部特別開発担当次長まで昇進したが、1997年10月退職した。判決によると、個人被告Aは、原告の顧客情報を第三者に売却する意図をもって、退職の2か月ほど前から数回にわたり、正規の手続きをとることなく、その地位を利用して、情報管理室の操作担当者に虚偽の事実を述べて本件顧客情報のハードコピーを取得、社外に持ち出して法人被告に15万円で売却した。
本件顧客情報は、原告会社の専用コンピューター中にデータベースとして格納され、同社役員従業員の個別のパスワード(毎月変更)でのみアクセスでき、かつディスプレーも必要最小限の情報のみに限定されていた。データ全体のダンプ・プリントには、所定の依頼書に営業担当役員と情報管理担当役員の押印を得た上で、情報管理室の操作担当者に作業依頼することになっており、出力の操作方法を知るものは3名だけだった。正規なハードコピーも使用後シュレッダーで廃棄するか、必要の場合は施錠された保管庫に保管し、7年経過後社員立会いで専門業者に焼却させていた。また就業規則では、会社が指示した秘密事項を一切外部に漏らさないことが規定されており、さらに個人被告Aは在職中および退職時に同内容の誓約書を会社に差し入れており、法2条4項の客体3要件を十分満たしている。
法廷は、個人被告Aが詐欺によって営業秘密を取得しそれを開示したものとして、法第2条第1項第4号(不正取得)の不正競争と判断、本件顧客情報の社外流出によって(原告顧客が秘扱いで提供した住所へ被告会社からDMがきたなどの苦情が多発)原告会社の信用が毀損されたとして、個人被告Aに損害賠償90万円と弁護士料10万円の支払を命じた。顧客情報を買い受けた法人被告については、個人被告Aからの売りこみを受けただけの関係で、個人被告との共同不法行為、その顧客情報につき不正取得行為の介在を知っていたこと、もしくは知らないことについて重過失があったこと(第5号:悪意重過失使用)のいずれをも認定することができないとして請求を棄却。
コメント:個人被告Aは内部者だが、7号「不正開示」ではなく、産業スパイなみの4号「不正取得」が適用された。
E. I. du Pont de Nemour v. Christopher, 431 F. 2d. 1012 (5th Cir. 1973).:
地裁が被告側の訴え棄却申立てを却下、これを不満とした被告側抗告に対する高裁決定である。
被告クリストファー兄弟は、訴外第三者の依頼で、原告デュポン社が建設中のエタノール工場上空を軽飛行機で旋回、写真16枚を撮影し、依頼主に渡した。デュポンは近所の空港の飛行記録を調査、撮影済みフィルムのこれ以上の開示禁止およびこれ以上の撮影禁止ならびに損害賠償を求めてクリストファーを告訴した。原告は、被告に対するディスカバリーで、依頼主の名前を開示するよう要求した。被告はこれを拒否、地裁はデュポンのディスカバリー強制申立てを認めたが、これも含めて被告側抗告を許可、すべて高裁の判断にゆだねた。
本件は、被告の行為に形式的悪性がないばかりか、原被告間に信頼関係もなく、さらに、原告の守秘努力が不可能という点で、従来のTS事件と違う困難な裁判になったが、高裁は、「私たちが産業における自由競争を標傍するからといって、商業関係における道徳の基準として、ジャングルの掟を採用しなければならないというわけでもあるまい」、「商業道徳の問題として、デュポンには建設中のプラントを覆い隠す義務はない」と判示、「かかる商業道徳のより高い基準」に照らして、被告側抗告を棄却した。
Coca-Cola Bottling Co. v. Coca-Cola Co., 563 F. Supp. 1122 (D. Delaware, 1983).:
1982年7月8日発売のダイエット・コークは、甘味料として、従来の砂糖とコーン・シロップを減量したため、従来のコークより原価が安くなったらしい。このため、ボトラーズは、コーク供給契約と1921年同意判決を根拠として、原液卸売り価格の引下げを要求、コカコーラ社は開発宣伝経費増を主張してこれを拒絶した。
問題は、「ダイエット・コーク」が、ボトラーズ側主張の根拠となったコーク供給契約と1921年同意判決の対象である「コカコーラまたはコーク」と同一物かどうかという事実認定にかかっており、原告から被告に対して、コーク成分の開示要求が出された。
しかし、TS神話とすらなっていたコーク成分は、じつは、コカコーラ社をめぐる数次の訴訟の中で、 Merchandize 7Xと呼ばれる1微量成分を除いて、すべて公開されており、裁判所は、公開情報だけで裁判できるとして、 Merchandize 7Xの公開を許さず、コカコーラ社を勝たせた。
樹脂ライニング溶接法事件(大阪地判平10.12.22平05(ワ)8314):
原告法人(以下「甲社」−−従業員51名)は、樹脂を内面にライニング(内張り)した化学薬品用容器を含む機器の製造販売をおこなっている。1992年10月、甲社専務取締役A(勤続17年)が退社し、同業の被告法人(以下「乙社」)を設立、その代表取締役に就任した。甲社営業課長B(勤続9年)、同製造課長C(勤続14年)も同月退社し、それぞれ乙社取締役に就任した。本件個人被告はA、B、C、法人被告は乙社である。
甲社社員は、いずれも、次の内容の誓約書を会社に差し入れていた:「私は、次のことを固く守り、かつ、履行することを、誓約します」:第5項「勤務に際して知り得た会杜の技術、情報等及び会社が秘密保持義務を負う第三者の技術、情報等を他に漏らさないようにし、会社に損害を及ぼしたときは、弁償の責に任じること。なお、会社を退職した後もこれを厳守すること」、第6項「会社を退職した後5年間は、会社の営業の部類に属する事業を営む他企業への勤務又は自家営業を行わず、その他会社の技術、情報等を利用して会社に損害を及ぼす行為を一切行わないこと」。Aは、ほかに、退職時、「私が貴社在職中に知り得た貴社及び貴社に関連した会社、事業所等に関する 1.製品情報 2.経理内容 3.役員及び従業員に関する情報を他に一切口外しない事を誓約致します」。A、B、Cの退職金はいずれも規程の半額程度であった。
1992年5月ごろ、甲社は訴外丙社から化学薬品用容器1基(代価1千万円。納期12月)を受注、設計製造にはいっていたが、営業課長Bが退社前日出した指令により、製造を中止した。乙社は設立直後同仕様の容器を製造、12月、丙社に販売・納品した。
本訴訟で原告が主張する営業秘密とは、容器内面に樹脂を溶接するための独特の構造の装置を使用する溶接方法(別紙目録記載)で、個人被告Cが在職中に市販の装置を改良したものである。法廷はこの溶接法を営業秘密と認定した。
法廷は、個人被告Cが乙社に別紙目録記載の技術情報を開示したことは法第2条第1項第7号の不正競争にあたり、乙社が本件容器を製造したことは同8号の不正競争にあたると認定し、乙社に対して同技術情報使用禁止を命令、さらに乙社および個人被告A、B、Cに対して、損害賠償として300万円(粗利30%)を連帯して支払うよう命じた。個人被告A、B、Cの責任は、法人被告乙社の取締役としての責任である。法廷は、個人被告A、Bが装置、図面等の営業秘密を持ち出し(4号)、それを知りながら乙社が同営業秘密を使用した(5号)という原告主張を、証拠なしとして退けた。
競業避止義務について、法廷は、まず、「本件口頭弁論終結時においてすでに5年間が経過」しているので、競業避止義務にもとづく差止めを求めることはできないとし、つぎに、「会社の役員や従業員に退職後の競業避止義務を課すことは、職業選択の自由を制限するものであるから、無制限に認められるものではなく、合理的な範囲内のものでなければならない」という原則を確認したうえ、次のように判断した。
「これを本件についてみると、確かに、原告の事業は特殊な技術分野に属するものであり、特に本件ノウハウが問題になる樹脂ライニングの技術を用いた耐食容器の製造は、業者の数も多くはなく、しかも原告・・技術力は業界でも高く評価されていたものであるから、原告としては、その保有する営業秘密を保護するために、また、業界での優位性を維持するためにも、その役員や従業員に対し競業避止義務を課す必要があることは肯定できないわけではない。・・・しかし、本件誓約書の競業避止条項の内容を検討すると、本件ノウハウにかかわる樹脂ライニングの技術に関係する職種に限定されるようなものでないことはもちろんのこと、原告の『会社の営業の部類に属する事業を営む他企業への勤務又は自家営業を行わず』とあって、極めて広範囲なものになっており、地域的な限定もなく、その期間も5年間と相当長くなっている。ところで、被告Aらは原告を退職するに際して原告から前記のとおり退職金を支給されているが、・・・本来支給されるはずの金額より相当少ない額しか支給されていない。・・・退職後の競業避止義務の約定の合理性を考えるに際しては、しかるべき代償措置を会社がとっているかどうかも考慮する必要があるが、もともと退職金規程にもとづく退職金は、勤務中の労働の対価としての意味を有するものであって、そもそも退職後の競業避止義務に対する代償措置としての性質を有するものではない。・・・被告Aらが原告を退職するに至った経緯については、同被告らの立場としてはそれなりの理由があったものということができる。・・・以上を要するに、本件誓約書による競業避止の約定は・・・公序良俗に反し無効であると認めるのが相当である」。したがって競業避止義務違反による対個人損害賠償請求も棄却。
American Paper & Packaging Products, Inc. v. Kirgan, et al., 183 Cal. App. 3d 1318 (2d Dist. 1986).:
被告カーガン等は町工場用包装資材のコミッション・セールスパーソンで、原告会社に1年余勤務後、口銭のトラブルがもとで退職、競合会社に就職、営業活動を始めた。原被告間には、退職後3年間にわたる極めて厳重な顧客開示・使用禁止契約がある(勤務中接触したあらゆる顧客に対する売りこみ・開示禁止;顧客リストは会社の排他的財産だから返還すべし;顧客リストは極秘であり、かつ会社の重要な事業に重大な影響がある等々)。原告は契約違反にもとづく差止請求、一審がこれを棄却、原告控訴。被告は、問題の顧客リストについて大要次のように証言した。
「顧客リストといっていますが、会社からもらった名前は3人だけで、あとは、私たちが足で作ったものです。この業界のセールスはとても競争が激しく、製品の品質・価格・納期がすこしでも不満だと、お客はすぐ他へ注文してしまいます。長期的供給関係はありません。だから、セールスパーソンは、いつも、できるだけたくさんのお客を、できるだけ頻繁に巡回することが必要なのです。そのために、セールスーパーソンは、自分の地域を車で回って、町工場をみつけるとさっそく飛びこみセールス(cold call)をかけて、その結果を自分の手帳に記録するのです。この記録はセールスパーソンの生命線です」。
法廷はこれに反する証拠・証言が提出されていないところからこの証言を採用、(1)原告の顧客リストは、たしかに一般には知られていないが、業界では容易に作成できるものである;(2)編集方法もとくに複雑ないし洗練されたものではない;(3)リスト所載の顧客と原告の間にはとくに排他的関係が認められないという事実によって、本件顧客リストが非公知性要件を満たさないと判断した。残る問題は契約違反であるが、裁判所は、この点について、上のような契約も、カリフォルニア事業職業法第16600条にもとづく判例原則「その履行が雇主のTS保護のために必要な場合を除き、競業避止契約は無効である」によって、TS保護の必要限度まで縮小解釈されるという重要な判断を示した。
原告発明家は脳波を電子音に変換するアイデアを着想、被告発明ブローカーはこれの商品化を企図して原告に資金を提供、製造販売権許諾契約を締結した。製品は大成功だったが、被告がロイヤルテイ支払いを拒絶したため、原告はTS侵害、契約違反で告訴。被告は原告アイデアのTS性を否認、無権利による契約無効を主張した。州裁、州高裁とも、原告主張を認め、ロイヤルテイ支払いを命じた。ポイントは、原告に特許出願を断念させながら、特許不成立を一根拠として支払いを拒絶した被告行為の悪性にある。
Jostens, Inc. v. National Computer Systems 318 N. W. 2d 691 (Minn. Sup. Ct., 1982).:
原告ジャスティン社の従業員タイタス(個人被告)が会社の指示で開発した学級指輪金型製造用CAD/CAMシステムは、訴外アデッジ社に製造委託した対話形グラフィックス・プログラムAを使っていた。
アデッジ社の見積書には「アデッジ社の明示の同意がないかぎり、本見積り条件に対するいかなる修正も効力を発しない」旨の記載があったにもかかわらず、ジャスティン社は、製造委託に際して、注文書に、「ジャスティン社の特殊仕様のために製作されたすべてのマテリアルは、ジャスティン社の財産である」旨の付記をおこなった。アデッジ社は、この修正文言については沈黙したまま、製品を納入した。
会社は、タイタスに対して包括的守秘義務を負わせる契約を取交わしたが、同プログラムのアイデアがTSだと告知していなかった。ジャスティン社は、同プログラムに機密表示をしていなかったし、また、タイタスは、このシステムについて、会社の許可を得て学会発表をおこなっている。
後年、タイタスは、ジャスティン社を退職して、ソフトウエア開発会社NCS社(法人被告)に入社、新雇主のもとで、学級指輪金型制作用 CAD/CAMシステム(ジャスティン社のより高度の機能を有する)の開発を企図、アデッジ社にグラフィックス・プログラムBの開発を委託した。TS問題をおそれたアデッジ社は弁護士に相談、弁護士は 「It's no problem」と答えている。
プログラムBを含む新システム完成後、 NCS社は、ジャスティン社のライバルである訴外バルフォア社に同システムを売りこんだ。TS問題をおそれたバルフォア社は、 NCS社から、TSにもとづくクレームからの免責をとりつけた。
ジャスティン社は、NCS社とタイタスを、プログラムAに含まれたTS不正使用で提訴(損害賠償請求)。裁判所は、まず、原告ジャスティン社と訴外アデッジ社の間の製造委託契約について審理、「アデッジ社の沈黙はジャスティン社がつけた修正条件の受諾を意味しない」としつつ、「両社の間には、アデッジ社が、ジャスティン社のプログラムAの複製を外販しないという了解があった」し、さらに、「ジャスティン社の財産的利益が、本件プログラムAの中に全体として含まれるという業界慣行がある(!)」と認定しつつ、プログラムAの製造過程を詳細に分析、結局、同アイデアは古くからあるNCシステムそのものであり、かつ、アデッジ社が NCS社のためにあたらしく開発したプログラムBは、ジャスティン社のプログラムAよりはるかに複雑かつ高度なシステムだと判断した。
結局、アデッジ経由NCSに流れたとされるプログラムAのTSについて、裁判所は、ジャスティン社がアデッジ社に供与したアイデアが、まず秘密管理不十分、つぎに、それが公知のルーチンを組み合わせただけで「なんら新規なアルゴリズム技術を含んでいない」(非公知性不十分)と判断した。
また、タイタス経由NCSに流れたとされるTSについても、裁判所は、まず、ジャスティン社の秘密管理が不十分であったとして客体要件を否認、また、被告の行為は契約違反に当らない(上記包括守秘義務契約は対価性ないため無効!またTSの特定ないから契約履行不可能)として、原告の請求をすべてしりぞけた。
Electro-Craft Corporation v. Controlled Motion, Inc., et al, 332 N. W. 2d. 890 (Minn. 1983).:
原告会社はコンピュータ用精密サーボ・モーター市場では有力な地位にあった。同社は、雇用契約中に、退職後の競業避止義務は課していなかったが、概略次のようなかなり丁寧な守秘義務条項を持っていた:
「雇用中また退職後のいかんを問わず、会社の許可なく、会社の機密情報を他に開示したりみずから使用したりしてはならないし、また、退職に際しては、雇用中職務に関連して作成したノート、製品等を会社に返却しなければならない。以上の情報、物品はすべて会社の財産であることに同意するものとする」。
原告会社のセールス・マネジャー(被告)がエンジニア数名を勧誘して退職、同業新会社(被告)を設立、ただちに、原告製品と寸法、構造、材料がきわめて類似した製品で受注活動に入った。原告TS不正使用で告訴、一審は原告を勝たせた(暫定的および永久差止め)が、州最高裁は一審判決を覆した。州最高裁の意見要旨下記:
TS不正使用成立のためには、(1)情報の秘密性と(2)当事者間の信頼関係の両方が立証されなければならない。ここで、「秘密性」と「信頼関係」とは相互依存関係にある(つまり、信頼関係が強ければ秘密性は低くてもよい--vice versa)。原告は、「秘密性」の要件たる「合理的な守秘努力」を怠っていたので、TS不正使用は成立しない。州最高裁が、秘密管理不十分として指摘した事実はつぎの通りである:
物理的秘密管理:
(1)工場入口のうち7か所がロックされていなかった。
(2)従業員はかつてバッジを着用していたが、事件当時は守られていなかった。
(3)関係者以外立入り禁止」のサインが工場に1か所しかなかった。
(4)図面や仕損じ品は破壊されずにそのまま廃棄されていた。
(5)図面は大部分ロックされていない場所においてあった。
法的秘密管理:
(6)技術文書にはマル秘の表示がなかった。
(7)情報守秘に関する一般的ポリシーもなかった。
(8)技術文書に対する従業員によるアクセスは無制限だった。
(9)顧客の工場見学も自由に行われていた。
(10)一時、研究室見学についての守秘指示があったが、守られていなかった。
(11)退職従業員面接においても、対象秘密情報の特定が行われていなかった。
州最高裁は、さらに、一般論として、つぎのようにいう:(1)雇用契約や退職面接で脅すだけでは不十分。(2)「守秘意図」や「守秘指示」だけでは不十分(「意図」で十分という判例もあったが、ここではとらない)。(3)「信頼関係」だけでTS不正使用は推定されない(情報公知後であっても信頼関係だけで立件できるという判例もあったが、ここではとらない)。(4)本件購買先リストはTSではない。(5)タレントはTSではない。
コメント:被告は、州最高裁では逆転勝訴したが、一審差止めで甚大な被害を受け、再起不能におちいった(州最高裁も同情的付言)。
オフィス・コーヒー事件(横浜地判8(ワ)145平11.8.30発明協会判決速報306-9699):
原告は顧客の事務所にコーヒーサーバーを設置し、これに粉末コーヒーや砂糖等を供給する業態(OCS事業)。個人被告Aは原告会社の取締役だったが、1995年1月、OCS事業をおこなう被告会社を設立、代表取締役に就任。個人被告Bは原告会社の代表取締役だったが、被告会社の設立とともにその監査役に就任した。両人は原告会社の社員D、E、F、Gを退社させ、被告会社に入社させた上、原告会社の顧客情報を使って短期間に大量の顧客を原告会社から奪取した。原告会社は被告個人および被告会社に対して、法第2条第1項第7号(不正開示)による不正競争として差止めと損害賠償請求をおこなった。
問題の顧客情報は、コンピューター管理され、入出力は特定の事務員がおこなっていたが、九九ルートと称される販売ルートについてはAがみずからおこなっていた。裁判で、被告側は、この顧客情報が、Aの人脈や社員の「飛び込み」によって獲得した情報であり、「他と明確に区別して管理することのできない情報」だと主張したが、法廷はこの主張を認めず、この顧客情報を原告会社の営業秘密と認定し、被告に対して連帯して1,442万円余を支払うよう命じた。
コメント:前述の樹脂ライニング溶接法事件や後述の新潟鉄工事件などと同じく、転職しようとする個人が自分で開発・収集した情報を自分のものだと(人格権的に)誤信していた可能性がある。前述のAmerican Paper & Packaging Products, Inc. v. Kirganのようなコミッション・セールスマンやコントラクト・エンジニアであれば判決は変わっただろうか。
1950年、原告カーター社は、カンの中で加圧されたセッケンを泡状にして噴きだすシェービング・フォームの改良品を開発し、特許を出願すると同時に、RISEと命名してこれを発売、大成功をおさめた。ライバルの被告コルゲート社は、RISEを購入してREを試みたが成功しなかった。カーター社技術者のファイン(上記特許出願に発明者のひとりとして表示)が、カーター社を退職、コルゲート社に入社した。コルゲート社はファインをRISE競合品開発部門に配属、RISE対抗品の開発に成功、ファインを発明者として改良特許を出願した。原告は特許およびTS不正使用で告訴(特許については省略)。
法廷は、まず、ファインが、カーター社との守秘契約に反して、同社のTSを不正使用したことを認定した。問題は新雇主であるコルゲート社の責任である。
法廷は、コルゲート社が、ファインを積極的に引き抜いたわけではなく、はじめ2度まで採用を断っている事実を認定しつつも、新雇主の責任を認めるためには、その積極的かつ特定的悪意を立証する必要はなく、コルゲート社は、 fair business principlesを使って、カーター社におけるファインの職務を知るべきであった(とくに特許の共同発明者だから)として、コルゲート社によるTS不正使用を認め、差止めと損害賠償支払いを命じた。
高裁もこれを支持、進んで、「コルゲート社は、ファインをそのために雇用したのでないとしても、彼があきらかにしようとしていることに目をとじてはいけなかったのだ。他社のTSを委ねられている者を雇い、彼がそれを使用するのを黙認した者は、かかるTSの侵害の責めをまぬがれない」と判示。
個人被告グレンは、法律書出版社の原告バンクロフト・ホイットニーに23年勤務、うち最後の3年は社長の職にあった。1960年、原告の親会社社長ゴスネルが原告事業の直接管理に乗りだしたため、すでに定年(65才)も近づいていた被告グレンは、友人に不満をもらしていた。西部進出を狙っていた東部の法律書出版社マシュー・ベンダー(法人被告)社長は、これを察知、グレンに親書をおくり、9月16日、グレンと面談して、あたらしく開設する同社西部事業部長の職をオファーした。グレンこれを受諾した。
グレンは、はじめから、新事業部のため、旧部下の引抜きに積極的で、まず、原告会社における部下のゴードンを新事業部の営業部長に推薦、マシュー・ベンダー社員がこれに接触したところ、ゴードンは、グレンと一緒ならいいと返事、ふたりは、11月17日、翌年初めから就業開始ということで雇用契約にサイン、12月15日、原告会社を退職した。ふたりとも、原告会社とは年期契約はなく、退職予告義務もなかった。
10月はじめ、原告の親会社社長ゴスネルが状況を察知、グレンに善後策を相談、編集主任層に対する対抗昇給を提案したところ、グレンは、対抗昇給を一度に出すのではなく、二度に分けて出すほうがいいと回答、ゴスネルがこれに従ったため、マシュー・ベンダーの実弾攻撃に対抗できなかったという事実がある。
10月10日ごろ、グレンは、原告会社の編集主任4人のうち2人に接触、それぞれ、年俸 $12,750から $18,000へ、 $11,000から $15,000への昇給をオファー、11月末、旧部下の会計部長にも $15,000から $17,500への昇給をオファーした。12月1日、グレンは、これら3人をカーメルのホテルに招待、自分で作った雇用契約書を3人にサインさせた(ベンダー社長は別室で待機)。また、グレンは、カーメルへの出発前、人事部から平編集員全員のサラリーを聞き出し、これをカードに書き込んで持ってきており、3人からの意見をもとに平編集員各人の引抜き条件を定め、(自分でやると法律問題になるという弁護士の意見があったため、)マシュー・ベンダー社員に接触させた。このようにして、マシュー・ベンダーは、バンクロフト・ホイットニーの社員約50人中、12人の引抜きに成功した。 バンクロフト・ホイットニーは、グレンおよびマシュー・ベンダーを、TS不正使用ふくむ信頼義務違反および不正競争で告訴、一審は被告側完勝だったが、二審はこれを全面的に覆した。
二審法廷は、引抜き行為そのものを問題にしているのではなく、かつて社長であった人の、旧会社への信頼義務違反を問題にしているのである。この点についての法原則は、「会社の役員および取締役は、彼らの信義上の地位を利用して、自己の利益をはかってはならない」という判例である。「会社の役員が、在職中に退職後の競業の準備をしてはならないといっているのではない。問題は、その準備の内容なのだ」。
コメント:本件においてTSは副次的な意義しか持っていない(旧雇主の出版計画を新雇主に洩らしたという程度のもの)。
被告テレックスは、原告IBMと互換できる周辺機器を製造していたが、 IBMの機密情報にアクセスする立場にあった同社従業員(訴外)を引抜き、互換製品の開発にあたらせた。IBMはテレックスをTS不正使用で告訴(実際はテレックス社の反トラスト訴訟に対する IBMの反訴)。
IBMは、同社社員と一般的な守秘契約を結んでいたほか、退職時、面接または書信で守秘対象情報の特定をおこなっている(退職後の競業避止契約はない)。
原告テレックスが直接引抜いたIBM元従業員数/全新規雇用者数は、70年1/50、71年8/88、72年13/145、73年3/129と、それほど印象的なものではないが、特定情報取得の鍵になる人員を重点的に引き抜いている点が悪意にあたると認定されている。
その中心人物は、70年に引抜いたジェームズ(経理屋)で、 IBMの製品計画に精通していた。技術者では、翌年以降、IBMのテープ装置(ASPEN)、ディスク装置(MERLIN)、診断プログラム(FRIEND)ソースの開発にそれぞれ関与したグルーバー、クレメンス、グローバーなど。待遇は、たとえば、ジェームズには、テレックスの経理部長の地位とIBM時代の2倍以上のサラリー、ボーナス、ストック・オプション、グルーバーには ASPEN互換品完成を条件として15万ドルのボーナス(テレックス社史上最高)など。
ジェームズは、IBMの製品・サービス・市場計画にもとづいてテレックスの事業計画を立案、また、技術者たちはそれぞれ IBM互換機の設計をおこなったが、書類、図面、仕様書、製品等の持ち出し、プログラムのコピー(著作権法改正は1980年)などはまったく立証されていない。というより、本裁判で、テレックスが使用したと立証されている情報は、製造図面やテスト・データなどではなく、未発表 IBM機の機能スペックの詳細である。
技術者たちは、テレックス入社にあたって、IBM機密情報の持ち込みや使用を明文で禁じられており、また、文書類を持ちださなければTS不正使用にならないというテレックス首脳の保障を信じていたらしい。しかし、法廷は、テレックスの動機や結果を総合的に考慮した結果、これらが偽装だと判断したのである。
また、地裁は、テレックスの使用した情報が、(1)もとIBM社員たちの一般的技能なのか、(2)IBMのTSなのかという線引き問題について詳細に論じ、テレックスの企業としての強い悪意とその結果から判断して、後者を支持する状況証拠が優越的だと結論している。「IBM が5年かけて開発した ASPENが、IBM発表後わずか11か月で、テレックスの独自の努力によって完成したということはありえない」(F148)。
地裁は、テレックスに対して、取得情報の使用禁止、元IBM社員の競合製品部門配属禁止、損害賠償(損害補償金2090万ドル−高裁で 300万ドル減額+懲罰金 100万ドル)の支払いを命じた。
高裁は地裁判決を確認したばかりか、すすんで、「TS不正使用の現場をつかまえることは困難だから、事実と状況の全体を判断して、盗用の推定を行うことは許されるべきだ」という(65,327 CCH)。
コメント:朝日新聞 03-5-6 によると、米航空・宇宙最大手のボーイングが、1997年、政府からの偵察・通信衛星受注のため、ライバルのロッキード・マーチンのロケット仕様やコスト明細などの文書を多数所持していたロッキードの著名エンジニアを引き抜き、同受注に成功した容疑で、米司法省と空軍から刑事・民事の調査を受けている由である。これがほんとうだとすると会社を揺るがすような大事件に発展するだろう。
FMC v. Varco International, Inc., Best Industries, Inc. and Robert Witt (5th Cir. June 4, 1982).:
本件は、地裁の仮処分請求棄却決定に対する高裁の抗告決定である。したがって、もともと事実認定が本案判決ほど深くないという事情に加えて、地裁の事実認定が被告側準備書面の引き写しだったことを理由のひとつとして高裁が地裁決定を覆したという事情もあって、事実関係についてはかなり藪の中である。むしろ、かかる不十分な事実を根拠として決定を行わなければならない仮処分の論理が注目に値する。
被告会社は、長年にわたって原告会社の模倣製品を製造販売していたが、原告会社の油井用大径回り継手「ロングスィープ」について、(1)熱処理仕様、(2)加工条件、(3)曲げ工程のREを試みたが失敗、やむなく、個人被告ウイット(原告会社において本件製造を直接監督する地位にあった部長級)を原告会社から引抜き、被告会社の副社長に据えた。
原告FMCは、会社の秘密情報に接する従業員から守秘義務契約をとりつけ、工場見学者を制限するなど一般的な守秘努力のほか、ロングスィープ曲げ工程現場に柵をめぐらして警報機を設置するなど特定的な守秘努力もおこなってきた。
個人被告ウイットも、大要、「会社の製品やビジネスに関する未発表のデータや情報は有形無形を問わず会社の財産であることを認め、雇用中および退職後いずれにおいても、会社の書面による許可なしには、それらを第三者に洩らさない」旨の契約を原告FMCと結んでいた。
原告は、個人被告が新職場で勤務を開始する4日前、(1)個人被告に対して原告TSの開示禁止、(2)被告会社に対して個人被告の競合職種配属禁止(転得差止め?!)を求める抑制命令を地裁からとりつけ、10日後、さらに同仮処分を請求したが、地裁は審尋を経てこれを棄却、原告抗告。
高裁は地裁の決定を覆し、(1)問題情報の中には重要なTSが含まれている可能性があること(地裁は、ウイットが持っていた程度の情報では、原告会社に対して、回復不可能な損害を与える可能性がないと判断していた)、(2)被告会社が問題情報のTS性を否定しているため(使用・開示に対する抑制が利かないから)、かえって、急迫かつ回復不可能な損害の可能性があること、(3)被告会社が個人被告を技術者としてより管理者として期待しているとの被告会社証言(しまった!)に鑑み、暫定差止めによる被告会社への損害は比較的小さいとを認定、原告請求を認めた。
被告がREを試みて失敗したことをもって非公知性の証拠とし、また、個人被告が原告からTSの特定を受けていなかった事実を逆用して、だからこそTSが開示される危険性があるというなど、本高裁判決にはやや詭弁が見られるようである。おそらく、被告会社が常習的フリーライダーであることが、高裁の倫理観念に触れたものと思われる。
原告データ・ジェネラルは、同社ミニコンNova 1200の買手に対して、保守用図面を提供していた。被告デジタル・データは、訴外ユーザからNova 1200製品を購入するとともに図面を入手、これにもとづいて、2か月後に競合製品D-116を発売した。原告はTS不正使用で提訴した。特許は問題になっていない。
訴えを受けた州衡平法裁判所の事実認定概要以下の通り:
(1)本件図面は、製造図面といえるほど詳細なものではなく、Nova 1200に接続できる部品、周辺機、プログラムの設計に役立つという程度のものであった。
(2)本件ミニコン売買には、かならず、次のような条件がついていた。
本件図面および仕様はデータ・ジェネラル社の財産であって、書面による許可なくして、物品の製造または販売のため、その全部または一部を複製、複写、使用してはならない。
(3)図面にも財産的情報(Proprietary Information)の表示がついていた。
(4)本件図面は、事件当時、80数件しかユーザに開示されていなかった。
(5)デポジション記録によると、被告は、訴外ユーザから本件図面を取得したとき、上の事実についての認識があった。
(6)被告の意図を察知した原告は、被告に対して再三警告を発していた。
(7)原告は、被告と同様の行為をしていた業者を訴えて、示談に持ち込んでいた。
(8)被告のRE努力は不十分であった。
これだけの事実にもかかわらず、衡平法裁判所は原告の仮処分請求を棄却した。理由は高度に衡平法的なもので、「本件で、かりに永久差止めを認めたとしても、それは、被告に対して、REに必要な程度の期間、原告図面を使用させないという差止めにとどまるから、仮処分を認めると、永久差止めを認めるのと同じことになる」という趣旨である。州最高裁もこれを支持した。
しかし、4年後の衡平法裁判所本案判決は、結局、被告は真のREを行わなかったとして、上と同じ事実にもとづいて、「Nova 1200と実質的類似の製品製造のため、本件図面およびD-116図面を使用することを禁じる(事実上製造禁止)」永久差止めを命じた。
ナイロン産業スパイ事件(神戸地判昭56.3.27判時1012-35).:
売主被告人Aは技術者で、雇い主(東レ)所有の合成繊維開発資料を一時的に持ち出してコピーし、仲介被告人B経由ライバル企業(日レ)の買主被告人Cに売却した。東レでは、就業規則および労働協約で、会社の業務上の秘密その他会社の不利益になることを外部に漏らしてはならないむね、また業務上の重大な秘密を外部に漏らしたときは懲戒するむね定めていた。また、同資料は極秘扱とされており、限定者回覧後、上司のキャビネットに保管されるべき性質のものとされていた(とはいうものの、上司は、同資料を売主被告人Aに交付したあと、1年間資料の行方に関知するところがなかった)。売主被告人Aは業務上横領(刑法第253条−−最高懲役10年)で有罪。
仲介被告人Bは、売主被告人Aから同資料の販売を頼まれたとき、「そんなことしてもいいのか」とたずねるなど、はじめは故意についてはやや弱いところがあったようだが、仲介の過程で故意が固まったと認定され、業務上横領共犯でやはり有罪。
買主被告人C(日レ取締役企画部長)は、情報収集も職務の一つで、半年6百万円程度の予算も持っていたという背景もあり、売主被告人Aからの8百万円のオファーに対して、「当社では必要ないが、何かの参考になるかもしれないから、いっぺん交渉してみてはどうだろうか」程度の認識で、部下に命じて百万円で同資料コピーを買い取った。この過程で、売主被告人Aも仲介被告人Bも偽名で通したため、買主側は彼らの身元を知ることができなかったが、同資料の表紙には東レ商標の製品名が記載されており、また買取りもホテルの地下グリルでおこなうなどの状況から、未必的故意が認定され、賍物(ぞうぶつ)故買(第256条第2項−−最高懲役10年罰金50万円)で有罪。
なお、仲介被告人Bは、別の東レ資料を川崎航空機に売り込もうとしたが、同社が東レに通報したため、わなにかかって逮捕され、事件が発覚した。
「窃盗も成立する可能性があるが、訴因にないので審理せず」。懲役6月−1年半執行猶予1−3年。
コメント:不正競争防止法以前の日本の判例。
新潟鉄工事件(東京地判昭60.2.13判時1146-23).:
被告人Aは、雇主(プラント・メーカー)に勤務中、自分が中心になって開発したCADシステムが社内で冷遇されたことなどの事情から退職・独立を企図し、業務上保管中のコンピューター・システム設計書などを一時的に持ち出してコピーした。本件資料は、概略的には秘扱いとされていたが、とくにマル秘表示もなく、また、被告人Aに対する守秘義務も雇用契約中のありきたりのもので、会社の秘密管理は十分とはいえなかったようである。
しかし、被告人Aが独立のため協力を依頼した共同被告人Bが「そんなことをして大丈夫ですか」とたずねたのに対して、「コピーだから問題ない。自分が開発したものだから、自分が持ち出してなにが悪い」と答えたり、在職中に独立後の客集めを始めるなど、明白な図利加害目的にもとづく組織的計画的犯行(行為の悪性)が認められ、業務上横領罪で懲役1年半執行猶予3年、共同被告Bも懲役1年執行猶予3年。
コメント:これも不正競争防止法以前の日本の判例。私には米国より日本のほうが厳しいように思える。