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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略
経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act Exercise 60 Cases
情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution
インターネット評論 試作号(05-9-8)
目次
カザーは生き残れるか−−国家権力と戦う無国籍ネット←←New
米司法省、ネット犯罪で135人逮捕−−p2pファイル・シエアリングは含まず
マイクロソフト、SCOからユニックス技術を買う−−裏の裏は?
SCOに対する質問状−−あいまい請求を厳密に見る
リナックスワールド・エクスポ報告(2003年サンフランシスコ)
リナックスワールド・エクスポ報告(2002年サンフランシスコ)
ポルノ削除法/アダルト・ゲーム/広告は「表現の自由」の保護を受けるか?/売り込み勧誘電話お断わりリスト
日用雑貨食品:ウエブハウス/コズモ/ウエブバン/ピーポッド/テスコとセーフウエイ/ワイン/概評
惑星規模の遺伝子マップ/プレステ教授/天才養成計画/秘密のない科学/地球防衛計画/知的グローバライゼーション/黙示録症候群(破滅妄想)/ポピュラー・サイエンス
切り倒されたデジタル放送フラグ規則−−映像コンテンツにも競争の風が・・
2,005年5月6日、首都DC地区巡回裁が、情報革命の行方にとってきわめて重要なひとつの判決を言い渡した(3判事全員一致)。2003年11月、連邦通信委員会(FCC)が公布したいわゆる「放送フラグ規則」を、同委員会に与えられていた権限を超えるものだとして、無効を宣言したのである。
この規則は、デジタル・テレビのプログラムを視聴者がコピーできないように、テレビ受像機やコンピューターのメーカーに対して、製品にコピー防止装置を取り付けることを義務づけるもので、パブリック・ナレッジなどデジタル権擁護団体が2004年提訴していたもの。今回の判決がなければ2005年7月1日に発効するところだった。
図書館や消費者グループはこの判決を歓迎しているが、ハリウッドのスポークスマンは、「デジタル放送フラグがなければ、コンテンツ・メーカーは、高コストのプログラムを地上波デジタル放送に流さず、ケーブルや衛星など、すでにコピー禁止手段が確保されているルートにだけ流すようになるだろう」と語っている。いつものせりふだが、地上波デジタル+インターネットという最大の市場を無視してコンテンツ産業が成り立つわけはないので、曳かれ者の小唄としか聞こえない、自分の都合で技術の発展を抑圧することばかり考えて、自分のほうが技術の発展に適応する努力をしない産業はいずれ自滅するとの声もある。
判決を上訴する道はあるが、専門家は悲観的である。この上は、議会にもちこんで法律でやってもらうしかないが、FCCの権限拡大には産業界が反対なので、この線はなさそうである。あとは1992年オーディオ家庭内録音法(AHRA−−オーディオ機器にコピー世代限定装置SCMSの装着を義務づけ、その上補償金まで払わせている法律)のような旧メディア保護立法だが、AHRAのときと同じく、米国国内にはテレビやコンピューター・ハードウエアのメーカーがなくなってしまう、したがって産業界には反対者がいなくなってしまう状況で、通商問題のドサクサ紛れで立法される危険性を指摘する声もある。
リポーター:ガブリエル・ジョンソン(ワシントンDC、フリーランス・ライター)
e-コマース最大手アマゾンが、ネットで本を売ることを超えた、まったくあたらしいビジネス・モデルを探求している。アマゾン(米国)は、いまでも、(現実の書店で本を買うとき、私たちがやるのと同じように、)本の目次と内容の数ページを見せているが、いま検討中の「ルック・インサイド・ザ・ブックII」では、サーチ・エンジンのグーグルに挑戦する。キーワードを入れてやると、それをふくむ本とそのページの現物が表示されるのだ。
これはもちろん出版社の同意を得てやるのだが、出版社は防衛的協力中の由。つまり料理書や参考書や詩集などではそのページだけで用が足りてしまって、本を買ってくれないのではないかという心配である(でも本屋の立ち読みも同じだね)。
著作権の問題もある。出版社は、通常、出版契約のなかで、プロモーション用に著書の一部を引用する権利を得ているのだが、アマゾンの構想では本ぜんたいをデジタイズしなければならない。出版社は、著者とのあいだの古くてあたらしい論争を蒸し返すことをおそれている。
グーグルは、キーワードが出ているウエブ・サイトまでは検索するが、その中身までは表示しない。アマゾンはグーグルをこの点で抜くつもりだ(アマゾンはグーグルのいい広告主なので両社の関係は良好ーー念のため)。料理名を入力して、食べ歩きの本がわかり、おすすめのレストランの名前までわかる(その横に同店の広告まで出ている)サーチ・エンジンは、データベースとe-コマースを直結している。
もっともこのアイデア自体はアマゾンの特許にはならない。ネットライブラリー、イーブラリー、クエスチアなどいくらでも先輩がいるからだ。ただこれがアマゾンのパワーと結びついたところに現実味がある。
アマゾンほどではないが、破産したウエブバンの創始者ルイス・ボーダーが始めようとしているキープメディアもおもしろい。月5ドルの会費で、エコノミストからエスカイヤーまで雑誌140誌のバックナンバーを閲覧・ダウンロードできるサイトである。この種のアーカイブ・サービスもすこしもめずらしくない。ネクシスがあまりにも有名である。しかし、データベース化のコストが安いらしく、料金ががはるかに安い(ネクシスで月60-1,000ドル)。高速cpu時代の産物である。図書館で雑誌のバックナンバーを探したことのある人なら、大きな図書館(たとえば国会図書館)がとくに雑誌のバックナンバーに弱いことをごぞんじだろう。
どちらも、ネットでモノを売るのではなく(またはモノを売るのと連動して)情報を売っているところに、私は革命性を見ている。
リポーター:広岡 龍(東京、e-コマース・コンサルタント)
全米レコード工業会(RIAA)会長ヒラリー・ローゼンが、2003年6月末で、14年間に及ぶ会長職を辞した。彼女の子供たちとすごす時間をもっと持ちたいというのが理由である。「私の任期中、レコード業界は劇的な変化を経験し、将来の成功への道筋をを位置づけることができた。私は、この産業革命の一部を担ったことを誇りに思う」。
ヒラリー・ローゼン(44才−−写真右)は、ニュージャージィ州の証券ブローカーの娘として生まれた。1970年代ジョージ・ワシントン大在学中、両親の離婚によって経済的危機に見舞われたヒラリーは、はじめはパートのバーテンなどやったりしてけっこう苦労したらしいが、のち母親の縁故でニュージャージィ州知事の事務所に勤め、ロビイストとしてのキャリアーを始めた。
ヒラリーは、卒業後すぐ、音楽業界のロビイストとして成功の道を歩む。たいていのロビイストは議員たちの間の妥協をとり持ちすることで生計を立てているのだが、ヒラリーは個人的な信念を貫くタイプだった。
1989年会長就任以来、ヒラリーの最大の仕事のひとつは、18か月におよぶ対ナップスタ−訴訟であった。ナップスター側を支持したハーバード大(当時)のレッシグ教授とがっぷり四つに組んで、そして勝った。この間、ヒラリーは、表現の自由の侵害者、技術や芸術の−−そして情報革命の−−抑圧者と非難され、生命の脅迫まで受けながら、幼児のようなエゴでこり固まってしまったレコード業界のボスどもの代わりに身体を張った。
ヒラリーの論理は単細胞なだけに強力で、「知的財産は財産だから、それを盗んだ人は泥棒だ。音楽を無料でダウンロードするのは、タワー・レコードでCDを万引きするのと同じだ」というものである。大学や企業やプロバイダーに、組織内部での音楽交換を禁止するよう警告状を送りつづけ、ついには海軍士官学校を追い込んで、100人の学生を軍法会議にかける瀬戸際まで行った。ヒラリーは言う、「3%のコンピューターが97%の音楽をアップロードしている」。
ヒラリーは、オクスフォード大の講堂に集まった数百人の学生の前で講演したことがある。音楽交換をはげしく非難したあと、ヒラリーは「音楽をダウンロードしたことのある人は手を上げてください」と要求、3分の2が手を上げた。「このなかで最近CDを買うのが少なくなった人は手を下ろしてください」、半分が手をおろした。「このなかで最近CDを買うのが多くなった人は手を下ろしてください」、ほとんど手が下がらない。はじめはブーイングをしていた学生たちも、ヒラリーの指示にしたがって手を上げたり下ろしたりさせられているうちに集団催眠にかかった。それでも、講演が終わって、「私の意見に賛成の人は左の出口から、反対の人は右の出口から出てください」、賛成72対反対233でヒラリーが負けた。ヒラリーは言う、「思ったよりよかったわ」。
ヒラリーはほんとうはなにを考えていたのだろう。彼女は、ナップスタ−にレコード5社のライセンス(5年で10億ドル)を与えてこれを合法(「レジット」)化しようと懸命に試みたが、レコード業界の無理解に阻まれたことがある。ヒラリーの真意は、無料の音楽交換と競争できる合法的な音楽配信サービスの解(品質差による価格づけ)を見つけることだったのではないか。
「私たちが負けいくさを戦っていることは分かっていた。音楽交換はツナミだった」。この戦いには個人的な犠牲がともなった。ある新聞はヒラリーを反キリストにたとえ、別な新聞は、イリノイ・ナチと幼児性愛司祭の間にヒラリーを置いた。
ヒラリーが本当に戦っていた相手が、音楽をダウンロードしている学生たちではなく、音楽業界のボスどもだったと思われる節がある。「みんな私のことをハード・アスの怪物だと思っているのに、レコード業界のトップたちは私をまだまだ弱腰だとみている」。情報革命の旗手エスター・ダイソンは言う、「レコード業界は、10代の子供たちを刑務所に入れることを、いまだに本気で考えている」。
ヒラリーは、90年代中ごろ、エスター・ダイソンを業界会合に呼んで、デジタル・エコノミーが必至であることをレコード業界のトップたちに教えようとしたことがある。この会合は彼らの時代錯誤的なわがままの噴出で散会になった。ヒラリーは、ナップスタ−を罰するのとまったく同時に、ユーザーが買ってくれる価格でのレジット音楽配信サービスがどうしても必要だと信じていた。
ヒラリーの蓄積疲労にとどめをさしたのは、じつはヒラリーがいままで命がけで保護しようとしてきたアーチストたちだった。2000年、議会が「法人著作」条項を可決して、アーチストたちの権利帰属主張を困難にしたことのトバッチリをヒラリーが受けたのである。レコード業界、アーチスト、ユーザーという3つのインタレスト間のコンフリクトが顕在化した。「レコード業界はコカ・コーラを1リットルのビンでしか売らないようなことをしている(アルバム偏重のこと)。ネットになれば、これをもっと小分けにして売れるのに・・」。
ヒラリーの後任は、ミッチ・ベインワル(Mitch Beinwol)といって、ビル・フリスト上院議員(R-Tenn)の主席スタッフだった人である。RIAAのケアリー・シャーマン社長(最近の対ユーザー攻勢の事実上の指揮者だった)は、「ミッチの強力な背景と経験はRIAAにとってかけがえのない資産になるだろう」と語っている。ミッチを知る人によると、彼は周囲から尊敬されており、確信を持って主張するが、一方温和な(?)戦略家だということである。あたらしい法律を作るということでは、現政権である共和党員がたしかに望ましい。
モーフィアス/グロックスター訴訟の敗訴を受けて、あたらしいミッチ・ベインワル執行部がどうでるか見ものである。一つ考えられるのは、先般、ヒラリー前会長が、フランスで開かれたミデム音楽カンファレンスで、「音楽交換によってレコード産業が受けている被害を、まもなくインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)が補償することになるだろう」と語ったことから推察される路線である。最近、RIAAは、プロバイダーのベライゾン相手の訴訟で、ベライゾン側のプライバシー義務の主張を抑えて、1日に600曲もカザーからダウンロードしたベライゾン会員名を開示させることに成功している(控訴中)。対ユーザー訴訟を梃子にして宿敵プロバイダーの譲歩を取りつける作戦ではないか。
リポーター:ガブリエル・ジョンソン(ワシントンDC、フリーランス・ライター)
2001年10月2日、全米レコード産業協会(RIAA)と全米映画産業協会(MPAA)は、ナップスタ−の後継者と目される無料ファイル交換サービスのモーフィアス、グロックスターおよびカザーを、それぞれ首都ワシントン地区およびロス地区連邦地裁に提訴した(差止めと天文学的な金額の損害賠償を請求)。
米国に本拠のある前2社とくらべて、最後のカザーは外国法人なので、米国法廷の管轄があるのかどうか、管轄があるとしてもどうやって判決を執行するのか、おもしろいところだったが、その後の経過が予想どおり複雑怪奇で、「事実は小説より奇なり」を地で行っているので、ここではカザーについてすこし深く調べてみた。
スエーデン国籍の二クラス・ゼンストロムは、オランダ法人カザー・ドット・コム(KazaA.com)を創設、自分が開発したp2pファイル交換ソフト「ファスト・トラック」をもとにファイル交換サービスを開始した。カザーはナップスタ−が差止めで挫折したあとを受けて急成長し、現在では会員数6,000万人(うち2,200万人が米国人)、過去6か月のダウンロード数9,000万本という大人気である。
提訴後3か月目の2002年2月、オランダ法人カザーが解散。同時に、カザー・ソフトウエアのライセンスが、コピーライト・ヘィヴン(著作権回避国)で知られるエストニア共和国のブラストワーズ社に供与され、そこからデンマークにあるサーバーを動かしている。カザー・ソフトウエアの所有権は、タックス・ヘィヴン(租税回避国)で知られる南太平洋の小島ヴァヌアツ共和国法人のシャーマン・ネットワークス社に譲渡された。KazaA.comの ドメインはオーストラリア法人LEFインタラクティヴに登録されている。ちなみにLEFとはフランス革命のスローガン「自由・博愛・友愛」の頭文字である。ファスト・トラックはいわゆる第2世代のファイル交換システムで、単一のサーバーではなく、無数の無名のスーパー・ノード上でファイルが交換される。
シャーマンの実際のオペレーション・センターはオーストラリアのシドニーにあるが、経営はCEOのニッキ・ヘミングはじめ全従業員がLEFからの派遣である。シャーマンの株主や出資者はヴァヌアツ法で厳重に秘匿されている。シャーマンは米国から年間数百万ドルの広告料を受け取っている。
ニッキ・ヘミング(写真右)は、英国籍で35才のキャリアー・ウーマン(白のブラウスと褐色のスラックス、サンダルがよく似合う)。もと英国のヴァージン・インタラクティブ幹部、支店開設のためオーストラリアに移住、友人のブリリアント社(後述)幹部の紹介でゼンストロムを知った。ファイル交換業界で女性CEOはめずらしい。
RIAA/MPAAはニッキ・ヘミングをロスの法廷に引き出すことに全力をあげた。しかし、ニッキは、カナダのバンクーバーでのデポジション(弁護士による宣誓下での尋問)に応じただけで、2001年11月ロス連邦地裁での管轄ヒアリングにも弁護士を出席させただけだった。2002年2月、ロス連邦地裁の判事は、シャーマンが米国で事業をおこなっており、したがって同地裁がシャーマンに対して管轄を有するむね決定した。
ここでもうひとつ複雑な問題が起こった。じつは、カザーには、ブリリアント・デジタル・エンターテインメント社のアルトネットというソフトが隠れていて、2002年、これがシャーマンからの指令で一斉に解凍され、立ちあがったのだ(使うか使わないかは自由)。アルトネットもp2pだが、カザーとちがって有料で、コンテンツの有料利用を仲介する「レジット」(合法的legitimateの蔑称)システムである。レコード会社専属でないバンド(「インディーズ」)が演奏をアップロードして、なにがしかの金を稼ぐことができる。もっとも、カザー会員はこれを「抱き合わせ」だといって憤慨、すでにアルトネット抜きのクラック版カザーも出回っているが、その真意はもうすこし深いところにありそうである。つまり、かりに百歩を譲って無料の音楽交換が違法だとしても、カザーは合法的な目的のためにも使える−−レジットとイレジット(非合法)の区別がもはやつかない−−のだ。
カザーについてニッキはこともなげに言っている。「オペレーションを世界中のいちばん便利なところ置くのはこの業界では常識。ヴァヌアツはタックス・ヘィヴンだから当然の選択よ」。「コンテンツ業界がこんなすばらしいチャンスに目覚めるのはいつかしら。私たちを脅威だと思っているのは間違いよ。私たちこそ解答なのに・・」。6,000万人の若者を泥棒呼ばわりする前に、彼らが行ける所を作ってあげなければ・・。
2002年3月、オランダ控訴裁判所は、前述のカザーが、ユーザーによるソフトウエアの使用をコントロールする立場にないから、著作権侵害の責任がないという判決を言い渡した(上告中)。どうやら日本(と韓国)だけが、またまた米国の走狗になっているらしい。
2003年4月、首都ワシントン地区連邦地裁は、グロックスターとモーフィアスの2社が、著作権を侵害していないとの判決を下した。2社は、いわゆる第2世代のファイル交換ソフトを無料でオンライン配布し、自社サイト上でのCMで利益を出すという業態である。判決は、第1世代のナップスタ−との技術的な差異を認め、「被告各社は、ユーザーによる個々の著作権侵害を止めるに必要な知識を持っていない」と結論した。
技術的な差異とは、ナップスターがファイル検索のための中央サーバーを持っていたのに対して、グロックスターとモーフィアスは、接続している無数のコンピューターの中からリソースに余裕のあるコンピューターを見つけだし、それを一時的にスーパー・ノードとして使ってファイル検索をするというP2P(グリッド・コンピューティング)の本質により近いシステムだったという点にある。判決は、1984年のいわゆるベータマックス事件最高裁判決(ビデオ・カセット・レコーダーの製造販売がが著作権の寄与侵害だという原告映画産業の主張をしりぞけた記念碑的判決)にしたがって、グロックスターとモーフィアスが、ビデオ・カセット・レコーダーのメーカーと何ら異なるところはないと判断したのである。
2004年12月、連邦最高裁はRIAAの申立てにより事件移送命令を発した。2005年6月判決は、第9巡回裁が先例のベータマックス判例を読み誤ったとして、巡回裁判決を破棄・差し戻した。一見p2p側の完敗のようにも見える(RIAAはそう宣伝している)が、実はそれほどでもない。私たちがいちばん心配していたのは、ベータマックス判決が修正されることだったが、それはなかった。また、p2pが否定されたわけでもない。グロックスターとモーフィアスが、ナップスターの会員を引き継ぐと豪語していたことが悪意の証拠と認定されて、著作権の寄与侵害(制定法に明文はないが普通法の原則)とされたのである。寄与侵害は特許法では明文規定があり、この原理が著作権法にも適用されることは以前からわかっていたことである。
2005年9月、オーストラリア連邦地裁は、カザーのサービスが著作権の寄与侵害に当たるとして、シャーマン・ネットワークスに対してサービス中止を命じた。判決は、カザーが音楽ソフトの交換の違法性をユーザーに伝えていたことは認めたが、これでは不十分で、曲名や歌手名を使ったフィルタリングまでやるべきだったと言っている(サーバー方式ではないのだからこれは不可能−−控訴で逆転するという見方が現地では有力)。
2006年7月、カザーはレコード会社と映画会社にあわせて1.15億ドル、11月、音楽出版社協会に推定1,000万ドル払って和解、有償ライセンスを受け、侵害ファイルをフィルターする義務を負うことになった。モーフィアスも、2006年10月ロス地裁での寄与侵害判決を受けて、親会社のストリームキャストがレコード・映画と和解交渉中。争っているのはライムワイヤだけになった。
リポーター:ナオミ・ウイルスン(メルボルン、フリーランス・ライター)
独占供給者(モノポリスト)が独占利潤を獲得しようとする手口はいろいろあるが、なかでも市場歪曲効果がとくに大きいのが市場分割である。市場を分割して細分化すればするほど、分割市場内での競争が減殺されて独占利潤が発生する。市場分割は、非合法な独占ばかりでなく、規制や知的財産権などの合法的な独占が存在するところにもつねに見られる。DVDの地域コードのような技術的な市場分割も増えているが、伝統的には並行輸入制限(国による価格差別)の形をとる。とくに規制や特許の多い医薬品では、並行輸入制限による独占利潤の創出が定常化している。
一般に、処方医薬品は、カナダで買うほうが米国で買うよりかなり(場合によっては80%も)安い。この価格差を利用して、米国人(とくに高齢者グループ)が、インターネット通販でカナダから処方薬を個人輸入している。注文してから届くまで3週間ぐらいかかるので、血圧降下剤のように定期的に飲む薬が主である。この市場が年6億5,000万ドルにもおよび、さらに急増中である。これに危機感を抱いた製薬メーカーのグラクソ・スミスクラインが、米国向けに販売するカナダの薬局に対して出荷停止をおこなった。この行為が米加両国で世論の強い批判を受けている。
ここで、医薬品業界の言い分がおもしろい。マイクロソフトなどと同じモノポリストの論理なのである(編集部注−−「ビル・ゲイツ経済学」)。ウォールストリート・ジャーナル2003年2月28日)に掲載された医薬品業界ロビイストのジョン・グレアム氏はおおむね次のような意見である(要約)。
「このような世論はポピュリズムの人気取りにはいいだろうが、問題の解決にはならない。医薬品のコストの大部分は研究開発費だから、値下げはいくらでもできるが、その結果として研究開発が妨げられる。金持ちには高く売り、貧乏人には安く売るという価格差別商法は、政府さえ干渉しなければ、ウイン・ウイン(売手も買手もハッピーな)ゲームである。製薬業界の自然の経済学に干渉する政策は、米国での値下げよりは、カナダでの値上げをもたらすおそれさえある」。
医薬品業界の経済学は、価格差別が、それをおこなう企業に高い利益をもたらし、その利益がさらなる研究開発に投資されるから結局は消費者の利益になるという、一見もっともらしいがよく考えるとどこかおかしい論理である。
ロビイングが効を奏したか、この問題に対してそれまで日和見な態度をとっていた連邦食品薬品局(FDA――日本でいえば厚生労働省)が、最近、カナダからの医薬品輸入支援サイト(たとえばUnitedHealthやTheCanadianDrugStoreやrxnorth−−タッパーウエア式のホーム・パーティで成功しているものもある)を、連邦食品薬品化粧品法違反で民事・刑事訴追する可能性を示唆しはじめた。ただこれがあんがい簡単ではない。米国では薬局が認可制で、薬剤師を置かなければならないが、これらの支援サイトは医薬品を売っている薬局ではない。FDAは消費者個人を追求するつもりは少しもなく、少量の個人輸入は今後とも許容する方針である。問題は、個人輸入とそれに対する組織的な支援とをどう区別するのかである(個人間の音楽交換とp2p支援サイトの関係に似ている)。
UnitedHealthの代表者はいう。「我々自身は何も輸入していない。個人が米国医師の処方箋にもとづいて処方薬を輸入するのを支援しているだけだ。そのどこが悪いのか」。薬価を安く抑えたい米国健康保険組合はFDAの方針と正面から対決する姿勢である。安い並行輸入品に脅威を感じた正規の薬局までがカナダからの輸入に走っている。人為的な市場分割は圧倒的な市場原理によって蹂躙される。
この事件は、歴代政権の政治課題だったメディケイド(高齢者医療制度)改革問題の象徴になっている。6月、上院は超党派のメディケイド改革法案を62対28で通したが、このなかで、製薬会社の同意がないかぎりほとんどの医薬品の輸入を禁じている現行規則を緩め、国民の健康にあきらかな危険がないかぎり(カナダ製の場合そんな危険がないという議会報告書がすでに出ている)、医薬品の輸入を許す方針が打ち出されている。下院はすでに同様の法案を通しているので、近々両院協議会で議決の上大統領の署名を経て発効する。
リポーター:シャーリーン・バックリー(トロント、IPコンサルタント)
ジェフ・ベゾス社長の「利益の前に成長を!」哲学のもとに毎年大赤字を累積し、株主をひやひやさせていたアマゾン・ドット・コムが、創業9年目の今年はいよいよ通年黒字を達成できるかもしれない。
2001年第4四半期(クリスマス・シーズン)は一時的に黒字(純利益500万ドル)を出したが、2002年第1,2,3四半期は赤字に戻っていた。2002年第4四半期は、景気の減速を反映して小売り一般が伸び悩みを見せていた(前年同期比1%アップ)のをしりめに、オンライン小売りが前年同期比24%アップというめざましい伸びを見せたが、そのなかでも、12月だけで4,100万人の来店客を獲得したアマゾンが筆頭だった。
2002年8月から始めた25ドル以上の買物に送料無料、15ドル以上の本で30%引きというディスカウント商法に懐疑的な人もいたが、ベゾス社長の強気が勝ったようだ。送料無料は、いままでのような時限プロモーションではなく、常設するつもりの由。
前年同期比売上高28%アップ、純利益260万ドル、通年では、一時的費用と債務償還費用を除いたプロフォーマ・ベースで6,600万ドルの黒字だった(2001年はプロフォーマでも1億5,700万ドルの赤字)。ベゾス社長は2003年通年でプロフォーマ2億ドルの黒字を予定している。
2002年11月現在で、22億6,000万ドルの長期借入金、累積赤字30億ドルという壮大な赤字経営とくらべて、実質2億ドルというのはささやかな利益だが、不景気な話が多いこのごろでは、唯一明るい話題である。ちなみに、全米の書籍売上げ対前年同期比成長率は、2001年第4四半期は5%だったが、2002年第4半期は13%である。ネットとディスカウントで買いやすくなればまだまだ成長するだろう。
リポーター:綾瀬敏夫(東京、株式アナリスト)
2003年5月、米司法省は、州やほかの連邦機関と共同の一掃作戦「オペレーション・E・コン」で、インターネット犯罪者135人を逮捕、1,700万ドル分の物品を押収した。これらの犯罪の被害者は1月以降で89,000人、被害額は1億7,600万ドルに及ぶ。アシュクロフト司法長官いわく:「インターネットは犯罪者が匿名性の中に隠れることを許している。だから司法当局としては、彼らがwwwのなかに逃げこむ前に捕まえなければならない」。記者からの質問:「音楽や映像をインターネットからダウンロードするp2pのユーザーも対象ですか?」。司法長官:「著作物に対する不法な海賊行為は重罪だから、我々は厳正に対処する」。
この記者会見には、全米レコード産業協会(RIAA)のヒラリー・ローゼン会長も招かれていた。このあとのローゼン会長だけの記者会見で、会長は、司法省の努力を賞賛したあと、司法省が今回はファイル・シエアリングに対してはなんの行動もとらなかったこととともに、それについては司法省とRIAAが共同研究中であるはことを明らかにした。
アシュクロフト長官は、記者会見で、ジョニー・レイ・ガスカの事件にハイライトを当てた。ガスカは、カムコーダーを使って、「核心」、「墓場のゆりかご2」、「怒りの管理」のプレレリースを録画し、インターネット上で売り、週4,500ドル稼いだ容疑で、今月はじめ著作権侵害で起訴された。全米映画産業協会(MPAA)のジャック・バレンティ会長いわく:「インターネット・ユーザーのなかには、盗みが罪だということを忘れている人がいる」。
この一掃作戦では、ほかにも、400人から60万ドル詐取した容疑のオンライン・デート・クラブや、顧客の口座番号や暗証を集めていた容疑のにせのオンライン銀行サイトや、オークション・サイトでの詐欺容疑者などが逮捕されている。
リポーター:ガブリエル・ジョンソン(ワシントンDC、フリーランス・ライター)
2003年5月、マイクロソフトは、SCOグループから、ユニックス特許のライセンスとソース・コードの開示を受けるこになったと発表した。金額などは不明である。SCOは、ほかの有力メーカーとも最近ライセンス契約を締結したことをあきらかにした。
ユニックスというのは、もともと60年代AT&Tが発明したものだが、これが広くライセンスされ改変されてきたものである。AT&Tの技術は1992年ノヴェルに譲渡され、ノヴェルは1995年事業譲渡に伴って同ライセンスをSCOに供与した。2001年カルデラがSCOを買収してSCOの社名を継承した。
近年、サーバー用ユニックスは、ユニックスから分岐し、多数のプログラマーの手で改良されてきたリナックスにシエアを奪われてきた。SCOは、これらのプログラマーたちが、意図的にか無意識にかはともかく、重要なユニックス・コードを流用してきたと主張している。
SCOは、司法省の対マイクロソフト訴訟で有名になったディビッド・ボイーズ弁護士を雇って、自分の知的財産権を行使しようとして、リナックス・ユーザー1,500社(ノヴェル含む!)あてに警告書を送っている。2003年3月、SCOは、同社との共同開発契約に違反して、SCOのトレード・シークレットをリナックス・コミュニティにもらしたとしてIBMを訴えた。IBMは容疑を否認している。SCOは、先週、自分が販売していたリナックスOSがユニックスの無断派生物(デリバティブ)だったとして販売を中止している。もっとも、SCOは、今までの顧客を訴えるようなことはしないと言っている。
マイクロソフトが、カルデラに取得される前からSCOの少数株主だったことから、マイクロソフトとSCOの関係をうんぬんする人もいるが、マイクロソフトはこれをきっぱり否定している。IBMに次ぐリナックス支持者はヒューレット・パッカードだが、同社がSCOの隠れたライセンシーかどうかという質問に対してはノー・コメントだった。
5月末、事件はあたらしい展開を迎えた。ノヴェルがSCOの主張を全面的に否定して、ユニックス(とくにUnix V)の知的財産権は依然としてノヴェルが所有しており、SCOには使用開発ライセンス(サブライセンス権つき)を供与しているにすぎないと言明したのである。SCOもこれを否定はせず、自分が行使しようとしているのはライセンス上の権利だと言い直している。ライセンスは物権ではなく債権なので、執行力はずっと弱い−−編集部注。SCO株は暴落した。では、SCOに代わって今度はノヴェルがリナックスを攻撃することになるのだろうか。そうとは思えない。ノヴェルの言明は、リナックスがユニックス・コードを流用しているというSCOの主張まで含めて否定しているように読めるのだ。お騒がせしました。
2007年8月、ユタ連邦地裁は、上のノヴェルの主張を全面的に認める判決を言い渡した。一件落着のようである。
イーベン・モグレン(コロンビア法科大学院教授、フリー・ソフトウエア財団顧問(無給))。 (本稿は2003年7月24日、オープン・ソース・デベロップメント・ラボラトリー顧問会議におけるプレゼンテーションを編集部の責任で翻訳・要約したものである)。
本稿は正式の法的助言ではない。読者各位は、自分の弁護士と相談して、それぞれの事情に応じて自分の決定をおこなわなければならない。しかし、私は、ここで、読者各位がSCOのライセンス要求に回答するまえに自分に聞いてみるべき若干の質問を示唆している。
1.どこに牛肉があるの?
SCOは、リナックス・ユーザーがSCOの「知的財産権」を侵害していると言ってるが、より具体的にそれはいったい何なのか? SCOは「特許権」とか「商標権」とはまったく言っていない。
対IBM訴訟では「トレード・シークレット(営業秘密)」盗用を主張しているが、これはリナックス・ユーザーに対しては主張されていない。SCOは、長い間、オープン・ソフトウエア財団のGNU/GPL(General Public License)下で、リナックスOSカーネルを頒布してきたが、それによって、トレード・シークレットの2大要件:(1)秘密性と(2)秘密管理措置を失っている。
のこるは「著作権」だけである。SCOは最近の新聞発表で、リナックスOSカーネルのあるバージョン、つまり2.4 Stableと2.5 Developmentブランチが、2001年以来、SCOのSys V Unixから複製されたコードを含んでいるので著作権侵害だと言っている。おなじ新聞発表で、SCOは、symmetric multi-processing (SMP)用リナックス・カーネルの最近のバージョンが著作権侵害だとも言っている。リナックス・カーネルへのコード寄与(コントリビューション)は公開情報なので、カーネルのSMPサポートが、圧倒的に、レッドハットやインテルの技術者の寄与によるものであることがわかる。しかし、SCOは、これらの技術者によって複製された(と主張する)コードを特定していない。
2.なぜユーザーがライセンスを受けなければならないの?
一般に、著作物のユーザーはライセンスを必要としない。著作権法は、著作権者の専有権として、複製権、改変権、頒布権を特定している。つまり他人は著作権者の許可なしにこれらの行為をしてはならないのだ。だが、法は「使用権」の専有などだれにも与えてはいない。新聞を読むのに著作権ライセンスはいらない(たとえ人の新聞を肩越しにただで読んだとしても)。ソフトウエア・ユーザーは、シュリンク・ラップによる使用制限を見慣れているので、この点を混同しやすい。だが、それは(かりに100歩を譲ってシュリンク・ラップが契約だとしても−−編集部)契約上の義務であって、著作権法による禁止ではないのだ。作家Aが作家Bの作品を盗作したので、Aの出版社aがBの出版社bを訴えることはできるが、出版社bの読者ぜんぶを訴えることはできない。
ユーザーが「複製」することもあるだろう。だが、著作権法は、ユーザーがプログラムを実行したり、メンテナンスしたり、アーカイブすることを許している。しかし会社がリナックス・カーネルのコピーを1本買って、それを何百本にも複製して各部に配ることもあるだろう。これにはライセンスが要るだろう。たしかにそうだ。だが、あなたはすでにそのライセンスを持っている。
3.ユーザーはすでにライセンスを持っている?
リナックスは何万人もの個人プログラマーによる著作権の寄与(コントリビューション)の結合である。GPLは、だれにでもどこででも、コードを複製、改変、頒布する権利を与えている。ただし、改変前後のすべてのコードの頒布が、GPLのみのライセンス下でおこなわれることが条件である。GPL下で実行可能なバイナリー・プログラムを受け取った人は、ソース・コードとライセンス契約のコピーを受け取る権利がある。GPLによれば、GPL下で頒布されたプログラムを受け取る人は、そのプログラムに結合物としてまたは翻案物として含まれたすべてのコードの著作権者から、GPL条件でのライセンスを受ける。
SCOは長いあいだGPL下でリナックス・カーネルを頒布しており、すべてのユーザーに対して、製品のコピーとともにライセンス契約のコピーを渡しているはずである。SCOは、SCOから、複製、改変、再頒布してもいいという条件で著作物のコピーを受け取った人に対して、いまさら複製、改変、頒布を禁じることはできない。
このような簡単な事実に対して、SCOの役員は、最近、彼らのリナックス・カーネルの頒布(ディストリビューション)と、彼らの著作物であるカーネルへの寄与(コントリビューション)との間には微妙な差異があると言っており、その根拠として、GPL第0項を援用している。
GPL第0項:「このライセンスは、著作権者によって、「本製品は本GPL条件下で頒布することができる」と表示されたすべてのプログラムまたはその他の製品に適用される」。
すべてのリナックス・カーネルにはこの表示が含まれている。もとカルデラといったSCOは、実際にリナックス・カーネルに寄与しており、その寄与はGPL表示を含むモジュールの中に含まれている。第0項はライセンスの一般規定に対するいかなる例外をも与えていない。
4.結論
リナックス・カーネルの頒布者による著作権侵害を理由としてSCOからライセンスの取得を要求されているユーザーは、次の質問を発する権利がある。
1.侵害の証拠はなにか? SCOの著作物から複製されたというものはなにか?
2.その製品の各部分にだれが著作権を持っているかにかかわりなく、私がそれを使用するのになぜ著作権ライセンスが必要なのか?
3.その製品は、だれでも自由に複製、改変、頒布できるというライセンスのもとで、貴社自身が頒布したものではないのか? 私が貴社FTPからこの製品をダウンロードし、貴社がソース・コードとライセンス契約のコピーをくれたとき、貴社は、そのすべてのソース・コードを、貴社の製品を含めて、GPL条件下で私にライセンスしたのではなかったのか?
2003年5月末のある夜、AOLのナルソフト(Nullsoft)事業部が、「ウエイストWaste(廃棄物)」という意味深長な名前のソフトをオンライン・リリーズした(もちろん無料で、ソースコードも)。このソフトは50人くらいのファイル・シエアリング・ネットワークを作るもので、メンバーはお互いに共有ファイルをダウウンロードでき、インスタント・メッセージング機能がある(AOLのIMと競合する)。セキュリティとプライバシーがしっかりしているのが特徴である(ということは、音楽交換に使っても外部に知られないし、最近音楽スワッパーたちを悩ませているガセネタ音源にも強い)。
AOLは24時間たたないうちにこれをナルソフト・サイトから削除し、かわりに、ウエイストをダウンロードした人たちに対して、「あなたは同ソフトに対していかなる権利も有しないので、すべてのコピーを廃棄し、コンピューターから削除しなければならない。あなたが得たと思っているかもしれないいかなるライセンスも無効であり、または撤回、終了されるものとする」という警告を掲示した。しかし、すでにいくつかのサイトがウエイストを再流通させている。全米レコード産業協会(RIAA)のスポークスマンは、記者からの質問に対して、まだ実物を見ていないということだったが、これがAOLから出たということに対して驚きを隠さなかった。
ナルソフトはいま24歳のジャスティン・フランケル(写真右)が創始したもので、1999年当時4人のこの会社をAOLが8,000万ドル分の株式で買収し、事業部にしたものである。2000年3月同じような状況でリリーズされたグヌーテラも彼と彼のチームの作品である。
「著作権ハッカー法案」で悪名高いハワード・バーマン下院議員(D-Calif)がまたまた話題を提供してくれた。2003年7月、ジョン・コニャーズ下院議員(D-Mich)と共同で、他人の著作物をp2pにアップロードした者を重罪として、5年の懲役、25万ドルの罰金を課す法案(「著者、消費者、コンピューター所有者保護保安法案−−ACCOPS」)を下院に上程したのだ。この法案は、また、p2pソフトのダウンロード・サイトに対して、ダウンロードに先立ってユーザーに警告し、ユーザーの同意をとりつける義務を課し、さらに何人もドメイン名登録サイトに対して虚偽のコンタクト情報を与えてはならないと規定している(いずれも罰則あり)。
電子フロンティア財団は、これを、インターネットに接続しているコンピューターのファイルにたまたま他人の著作物が含まれていただけでコンピューターの持ち主が犯罪者になってしまう法案だと批判している。これが成立してはじめて、米国は、刑事に関するかぎり、まがりなりにも日本の公衆送信可能化権に追いつくことになる(民事はあきらめたのかな?)。しかし法案のドラフティングがかなり粗雑で、とうてい真剣に第108議会での成立をめざしたものとは思えない。
こうしているうちに、グリッド・コンピューティング(大規模なp2pファイル・シェアリング・システムにほかならない)時代が到来して、この手の規制はぜんぶご破算ということになるだろう。そこでは、条約(1996年WIPO著作権・隣接権条約)なんか何とも思っていないネオコンの米国が悪いのか? それともいい子ぶって2階にあげられ梯子をはずされた日本が愚かなのか?
リポーター:ガブリエル・ジョンソン(ワシントンDC、フリーランス・ライター)
「工業国の政府−−肉と鋼鉄の疲れた巨人たちよ、私は、心のあたらしいふるさと――サイバースペースからきた。私は未来に代わっていう。過去のおまえたちよ、私たちをほうっておいてくれ。おまえたちはここでは歓迎されない。おまえたちは私たちが集う場所では主権を持たないのだ」。翻訳調で申しわけないが、これは、今は昔の1996年、技術評論家のジョン・ペリー・バーロウがネットで発表した「サイバースペース独立宣言」の1節である。要するに、インターネットのユーザーは、現在の政府の手が届かない新世界−−創造、平等、正義の世界−−住んでいるという宣言である。
いまこんな言葉を信じる人はいないだろうが、当時は心に触れる響きを持っていた。情報革命宣言と言ってもいい。2000年まで右上がりに高まってきたその感動が、同年4月ナスダック暴落で冷水を浴びせられ、バラ色の夢に代わって、いま、インターネット評論家として有名なスタンフォード大のローレンス・レッシグ教授やバーロウ自身までが、インターネットが−−そして情報革命が−−政府や大企業によって窒息させられつつある−−未来はそれほど明るくないんだよ−−という警告を発信しつづけている。
ほんとうはどうなのか? ひとつはっきりいえることは、2000年4月の大暴落とそれに続く低迷は株価のことであって、ここで大損をしたのは、株価の高騰で資金を調達していた投機的な事業家たちだけだったということである。これは資本主義の持病のようなもので、歴史上繰り返し見られた現象である。古い話では、米国1870年代の鉄道株が暴騰のあと暴落し、スキャンダルや巨大債務で大騒ぎになったが、数年後には復活し、鉄道事業が米国産業の基盤になったことがある。ビジネス面からいうと、過剰投資・過当競争でとことんまで下落した鉄道料金を踏み台にして、シアーズやモンゴメのようなメール・オーダーが誕生したのである。いまのドットコム・テレコム・バブル崩壊の廃墟の上にはどんな花が咲くのだろうか。
情報革命の真の原動力は情報技術(IT)革命である。情報技術は株価の暴落などとは関係なく急速な進歩を続けている。株価以外のあらゆる指標が情報革命の確実な前進を示している。そのような指標の中でとくに有名なのがムーアの法則であろう。1965年、インテルの共同創始者ゴードン・ムーア(写真右)が提唱したもので、コンピューターの情報処理能力が18か月で2倍になるという仮説である。この手の法則というのはどっさりあって、すぐ忘れ去られるものが多いのだが、このムーアの法則だけは40年たったいまでも通用している奇跡的な法則である(インテルがこの法則に沿って研究開発を進めているから結果的に当たるのだという意地の悪い考え方もあるが、結果がよければそれでもいいだろう)。マイクロプロセッサだけではなく、半導体メモリーやハードディスクや通信回線も同じペースで進歩し、価格が安くなっている。ムーアの法則は2000年の株価暴落とその後の低迷の影響をまったく受けていない。インテルはこのペースがあと15年は続くと言っているが、いまIBMやHPで実用化直前まで来ているモレキュラー・エレクトロニクスが出てきたら、あと40年もつだろう。
情報技術のアプリケーション・サイドでも革命が進行中である。IT集約サービス業がIT非集約業種より生産性が低いという90-97年の観察結果にもとづくいわゆる「ソローのパラドックス」という批判があったが、非農業部門の生産性の成長(90年代前半→後半)が実証されてソローのパラドックスがいったん破れ、さらにネット・バブル崩壊後の01−02でもこの傾向が持続していることから、情報革命が実在する可能性はますます大きくなっている。米国では、この間(2000年4月ネット・バブルの崩壊と2001年9月テロにもかかわらず)、労働生産性の成長(=生活水準の向上)が持続しているのである。
情報革命は、バーロウやストールマン(フリー・ソフトウエア運動の創始者)やティム・バーナーズ・リー(wwwの提唱者)が演じた輝かしいオプティミズムにあふれた第1幕が閉じ、いまさまざまな問題や矛盾の濁流がほとばしる第2幕が開いている。レッシグ教授が警告するように、プログラムやコンテンツの著作権主張、それにポルノや過大宣伝に反対する通信倫理の主張などが、情報革命の生命線である「表現の自由」を侵蝕しつつある。マイクロソフトのパスポートやどこにでもあるクッキーズが、自由権の基本である個人のプライバシーを侵しつつある。このような技術動向に国家権力が便乗してビッグ・ブラザー(オーウェルの小説「1984年」にでてくる情報独裁者)社会の実現をねらっている。
.情報革命は遅かれ早かれこんな妨害を踏み砕いて進むだろう。しかし、歴史が教えるように、反革命はあたらしい世界の到来を1−2世代遅らすことがある。その中に生きている私たちにとってこれは永遠に近い。情報革命第2幕の主役は依然として技術だが、悪役として政治が登場する。私たちはいままであまりにノンポリだったのではないか。私たちは情報革命を一刻も早く手にするために、もっと政治に目を向けなければならないのではないか。
「情報鎖国−−日本!」は、「本間忠良「ネット音楽とアナルコ・キャピタリズム」へ移動しました。
ネット音楽交換がなんで著作権侵害なの? 2003年1月30日の新聞によると、日本MMOのファイル交換サービス「ファイルローグ」が著作権侵害の判決を受けたそうだ。私ははじめからの会員だったが、ほとんど利用もしないうちにサービスが停止された。新聞によると、音楽をコピーしているのは利用者だが、それがMMOの管理下でおこなわれているから、MMOが著作権侵害だという論理だそうな。私はラジオのエア・チェックのつもりで音楽をダウンロードしていたのだが、これがなんで著作権侵害なのか。
またソフトを配布していただけのMMOがなんで著作権侵害なのか。ファイルローグはなにも音楽交換専用というわけではない。私は文書交換に使うつもりだった。この調子で行けば、すべてのオンライン情報処理が著作権侵害だといわれそうである。あきらかに著作権が怪物化している。
この新聞は、「違法状態が野放しになっている」とか「ブロードバンドの進展は不正をますます巧妙にする」とか「他事業者や個人による同様の不正行為は後を絶っていない」などと言っており、まるで分かっていない。新聞の飯の種である「表現の自由」などどうでもいいのだ。東京都 山田敏明 (SE)。
文化のダンピング 私は貿易商社に勤めていて、貿易摩擦といえばいつも真っ先に叩かれる立場にあるのだが、最近気がついたことがある。いままでダンピングというと、あるモノを国内で高く売って、外国で安く売ることを意味していた。だが、いま新種のダンピングが出てきている。文化のダンピングである。
文化の貿易摩擦というと変わったことをいうと思われそうだが、もう10年の歴史がある。1993年、ウルグアイ・ラウンドの末期、欧州委員会が、EC域内で放映するテレビ映画の半分以上をEC域内制作の映画にしなければならないという指令を出した。直接のきっかけは、1991年、フランス政府が総力をあげて後援した「美しき諍い女(いさかいめ)」(無修正版はものすごくいい−−バルザック「知られざる傑作」の翻案)が不入りで、ハリウッドの「ジュラシック・パーク」(くだらない)が大入りだったことである。
欧州は文化の同質性を統合の柱に位置付けているので、ハリウッド(とカラオケ)を文化的な侵略ととったのである。通商問題がモノから文化(や環境)に転化してきている。韓国がいまでもJポップの輸入を許さないのも文化通商摩擦の一環である。ほかのアジア諸国にもそれぞれ音楽の伝統があり、魅力的なポップ歌曲が育ってきている。
いま内閣の知的財産戦略「推進計画案」のなかに、Jポップをアジア諸国でライセンス生産しつつ、安いCDの逆輸入を阻止しようという「輸入権」の提案があるらしい。これは日本文化のダンピング輸出そのものである。日本のレコード産業は、輸入権で閉鎖した市場の中で、再販制による高値を維持しつつ、東南アジアで安売りし、現地ポップ歌曲の成長を妨害している−−という非難をすぐ受けることになるだろう。
日本のコンテンツが真の国際商品になるためには、再販制も輸入権もいらない−−フェアな競争で現地社会に受け入れられなければならない。商社員としての長い経験がこのことを教えてくれる。東京都 山口敏夫(商社員)
ゲーム・ソフト−−中古市場は新作市場をリフレッシュする 大金持は新車を買い、数年乗って売り、お金を足してまた新車を買う。中金持ちは中古車を買い、数年乗って売り、お金を足してまた中古車を買う。私のような貧乏人は古古車を買い、廃車まで乗っている。こうして、すべての人がそれぞれの収入に応じた車に乗っている。中古車市場は新車市場を支えているのだ。中古車市場がなければ、大金持ちは新車を廃車まで乗っていなければならないし、中金持ち以下は車に乗れないことになる。
私は、昔なつかしいファミコンを子供にやってプレステを買ったが、その後プレステを子供にやってプレステ2を買った。子供はファミコンを孫にやった。みんなそれぞれ楽しんでいる−−ソフトが手にはいればの話だが・・。古いソフトは中古ソフト店にしか売っていない。みんなはじめはあたらしいソフトを買うが、飽きるとそれを中古ソフト店に売って、お金を足してあたらしいソフトを買う。このようにしてお金とモノが回り、みんなそれぞれの収入に応じて楽しんでいる。これが経済だ。
100年の歴史を持つ自動車メーカーとちがって、ゲーム・メーカーの経営戦略は刹那的としかいいようがない。先はないと思っている。ゲーム・メーカーが中古市場を敵視するのは経済が分かっていないのだ。
モノを売って、所有権がお客に移転したあとも、それ以後の転々流通を末代までコントロールしようというのは、所有権をベースとして出来上がっている現代社会に対する不遜な挑戦である。ゲームの販売が、所有権の移転ではなくて著作権のライセンスだというのは、学者の頭の中だけにあるフィクションで、とうてい国民の法的確信として受け入れられるとは思えない。東京都 水野晴男(自営業)
これから大きな成長が見込まれる電子政府市場で、マイクロソフトのウインドウズが意外にも苦戦している。相手はリナックスである。各国政府が次々とリナックスの採用に傾いており、欧州連合や中国はすでにかなりはっきりそう決めている。中南米では米国大使が強引なウインドウズ売込みをやってかえって反発を買っている。ガチガチの財産権保護を主張し、ソースを一切開示しないというマイクロソフトの方針が嫌われているのだ。ウインドウズが各国政府の機密情報を米国政府に流すルーティンを隠し持っているのではないかと疑う人さえいる。この疑いを晴らすためもあって、マイクロソフトは、特定の政府に限って、ソースを開示することにしたが、今度はその守秘契約がまたまたガチガチで、改変不可、ソースにアクセスした技術者の転職制限などなど、ひどく評判が悪い。
日本でも、最近、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長(写真右)が各所で講演してウインドウズの宣伝をして行った。ここでとくにおもしろかったのは、コンピューター市場に関するいわばビル・ゲイツ経済学が展開されたことである。日経新聞(2003年2月27日)のインタービューからビル・ゲイツの発言を引用しよう。
「リナックスには、ソフトに改良を加えても、改良した設計情報を公開しなければならない、有償にしてはいけないとの制約(いわゆるGeneral Public License 一般公共ライセンス−−編集部注)がついている。つまりいくら改良しても企業は収入を得られない。ほとんどの政府は雇用も生まなければ税収も期待できないソフトの研究に多額のカネは出さないだろう」。「マイクロソフトはソフト販売で得たカネをソフトの開発に投資してきた。その結果、事実上米IBM製しかなかったコンピューターの市場が開放された。日本でも・・富士通や、東芝・・キャノンなどの優れたメーカーが登場した。日本や台湾は大きな恩恵を受けている」。
一般に、競争市場では、競合品の間で価格競争が起こって価格が下がり、これ以上値下げするとコスト割れになるという点で需要と供給が均衡し、均衡価格と均衡数量が決まる。この均衡点では、社会への供給量が最大になり、利潤がゼロになる(利潤ゼロでは配当も研究開発(R&D)もできないじゃないかという誤解がよくあるが、ここでいうコストには再生産投資に必要な費用はふくまれている)。
独占市場ではこうはならない。独占者(モノポリスト)は価格を自由に決めることができるので、とうぜん利潤が最大になる点で価格を決め、それで売れるだけの数量を供給する。独占価格は均衡価格より高く、独占数量は均衡数量より少ない。要するに、競争市場でなら買えたはずの人も、独占市場では高すぎて買えないのだ。一方、独占者は、どんどん増える独占利潤を、あたらしい独占を作り出すために投資する。独占者が得た独占利潤は消費者から取りあげたもの(トランスファー)だが、社会はどこへもツケをまわせない損失(デッドウエイト・ロス)を受ける。ここでハッピーなのは独占者だけである。上のビル・ゲイツの話は典型的な独占者の自己正当化論である。
ビル・ゲイツがIBMのことを言っているが、IBMも、かつては、大型コンピューター(メーンフレーム)のOSにハードとアプリを事実上抱き合わせていて、いまのマイクロソフトとインテルをあわせたような独占者だった。かつてのIBMは、いまのマイクロソフトと同じく、OSのシェアが上がれば、その上で動くアプリが増え、そのことがさらに同OSのシェアを押し上げるという、いわゆるネットワーク効果のたまたま受益者だった。メーンフレームのOS(MVS)の原型は1964年に発売されたもので、1980年代初頭パソコンにやられるまで20年間も独占的地位を保ったのである。その間MVSはガチガチの財産的保護(著作権は1980年以後)を受け、価格も下がらず、たいした技術革新もないままひたすら巨大化し、おかげでコンピューターの普及も大企業にとどまった(デッドウエイト・ロス)。独占市場が長引くと、独占者は、かつてのインカ帝国のように、内部では絶対だが外部からの一押しで倒れる脆弱な体質になる。歴史は繰り返す。リナックスはインカ帝国に対するピサロ(スペインからの侵略者)の役割りを担うのだろうか。
オープン・ソースのリナックスでは、企業は収入を得られず、雇用も増えず、技術革新のインセンティブもなくなる・・とビル・ゲイツが言っているのはほんとうだろうか。
まず、創業者プレミアムを考えよう。リナックス・ベースであたらしいシステムを開発した会社は、95年の財産的保護こそ受けないが、追随者が現れるまでに、かならず一定の先発者利益を受ける。1979年発売のソニーのウォークマンが典型例である。ウォークマンは原理的にはテープ・レコーダーにすぎず、特許はほとんどない。にもかかわらず、ソニーは、先発によって得た半年程度の時間的余裕を利用して新製品を開発し、模倣品が現れたときには次世代品を発売して引き離す・・というサイクルを20年以上にわたって続け、ヘッドフォン・ステレオでの首位を保ってきた。
つぎに、投資の規模のことを考えよう。MVSやウインドウズは20世紀型巨大技術の典型である。かつてのIBMやいまのマイクロソフトは巨大な投資をして長年それにしがみつくという20世紀型の重いビジネス・モデルであった。オープン・ソース時代には、あまり巨大な投資をすると、投資を回収できないうちに競争に巻きこまれるから、かわりに、小刻みで多様な投資を頻繁かつ的確におこない、追随者が現れて値崩れが始まったら、直ちに投資を引き上げて新分野に転進する・・という身軽な経営が勝ち組の条件になっている。
これらは外の世界でも起こっている大規模な軽量化・敏捷化革命の一環である。たとえば製薬は、かつては、世界中から採集した標本を培養・抽出して何千匹のハムスターで試験し、そのなかから有用な抗生物質を1株みつけるという巨大かつ低効率のR&Dをやっていた。いまはゲノム技術による効率的な病理学的リサーチをめざしている。かつては何百万ドルも宣伝費を使って一人のスーパースターを作りだし、CDアルバムを何百万枚も売るという重い商売をやっていたレコード業界も、いまナップスターやカザーのおかげで、オンラインでのシングル売りに転換しつつあり、おかげで今までスーパースターの日陰で芽がでなかったナンバー2や3のアーティストにも日があたる−−音楽市場のルネッサンスの−−チャンスがめぐってきている。半導体も、DRAMの自殺的大量生産からシステムLSIの受注生産へシフトしようとしている。米国の巨大製鉄は無数の電炉ミニミルに敗れた。
マイクロソフトはかつてのIBMと同じ運命をたどるであろう。そして次世代のOSはやはりオープン・ソースであろう。
リポーター:三島由紀子(東京、大学助教授(経済学))
リナックスワールド・エクスポ報告(2003年サンフランシスコ)
2003年8月4-7日、夏のリナックスワールド・カンファレンス&エクスポが、去年と同じSOMA(South of the Market Area)のモスコーン・センターで開催された。150社以上が出品した。
まず、あたらしいリナックス・ユーザーのためのCIOアジェンダがある。去年のニューヨーク・セッションで好評だったリナックス財務サミットが常設されている。
オープン・ソースのブルース・ピーレンズがステート・オブ・オープン・ソース演説を行う予定だが、SCOグループの最近の法的攻勢に言及するもよう。この事件については、オープン・ソース・デベロップメント・ラブが、コロンビア大学のイーベン・モグレン教授による「きわめて厳しい質問」からなるポジション・ペーパーを発表している。
SCOから訴えられているIBMはまったく強気で、あたらしいリナックス・サーバー「DB2リナックス・インテグレーテッド・クラスタリング・エンバイロンメント」を出品、ロータス・クライアントとサーバーのためのリナックス・サポートを発足させ、リナックス・ワールドのための3種のキー・チボリ・オファリングを発表している。
オラクルは、リナックス・アプリケーション・デベロッパーのために、パール(Perle)、PHP、パイソン(Python)対応のウエブ・ベース・センターを発足させる。
サンは、共通のJavaランタイム・エンバイロンメント上で、ソラリスとリナックスのハード・ソフト・バンドル「プロジェクト・オライオン」とMad Hatter(気違い帽子屋)バンドルのプレビューを出品(今秋発売)する。
SCO訴訟の黒幕だろうという容疑をきっぱり否定したマイクロソフトは、自社の「シェアード・ソース」オファリングを出品している。SCOはとうぜん出品していない。
初日、会場でまず人目をひいたのは、100台のロボットがリナックスのマスコット・ペンギンを追いかけている光景である。これはSRIインタナショナルが合衆国防衛高等研究計画機関の資金援助で開発したリナックスで動く100台のセンチロボットである。
まず、ぬいぐるみのペンギンを、地図班のロボットに見せてから、障害物コース(迷路)のなかに隠す。レーザー・レンジ・ファインダーを持ったロボットの最初のチームが、迷路をスキャンして地図を作成し、ペンギンを見つけ出す。地図班は、無線指令ネットワーク経由で、追跡班のロボット・チームに指令を出す。追跡班がペンギンをつかまえる。
これらのロボットは、リナックスのデビーン(Debian)ディストリビューションを走らせているVIAテクノロジーズ製のミニ・メインボード上で、SRI人工知能センター開発のソフトウエア・コントロール・システムによって制御され、「見たり」、「聴いたり」、デジタル・オーディオで「話したり」できる。完全にオートノマスで、未知の環境から地図を作り、自分のミッションを果たす。100台のロボットは、50台ずつ2人のオペレーターで制御されている(従来のロボットは1台に1人)。
2003年1月21-24日、寒波に覆われたニューヨークのジェイコブス K. ジャビッツ・コンベンション・センター(34番街のハドソン河畔沿い、ウエストサイドの再開発)で、2003年冬のリナックスワールド・カンファランス&イクスポが開催された。全日入場料は当日売りで$1,095。出席者数(前売りから推定)は過去最大で2万人超。出品者も去年の120に対して150超。
ただエクスポの印象をひとことでいうなら、昔のリナックスのような、コンピューター・オタクがあつまって、コードとかSFとかについて、カフェイン入りコーヒーを飲みながら議論するというムードとはおおきく変わっている。リナックスワールド2003はオール・ビジネスだった。出席者のほとんどをウォールストリートか大銀行の社員とみた。マネー・ビズ−−金融サービス・サミット−−がいちばん人気セッションだった。
リナックスの新入り−−メリル・リンチ、ゴールドマン・ザックス、ベリサイン−−がリナックスがいかに優れているかを熱っぽく語っていた。デル、IBM、HP、そしてマイクロソフトまでが去年の4倍の広さのブースを持っていた。
リナックス・デスクトップ上でウインドウズ・プログラムを動かすCodeWeaversアプリを実演してみせるSuSeのデモが人気を呼んでいた。ただリナックスワールドの主力は、本格的ビジネス用のハイ・エンド・アプリである。レッドハットは、同社ネットワーク用のノクパルス(NocPulse)ソフトウエアと、ペンチアム、ジーオン、アスロン・コンピューター用のアドバンス・ワークステーションのプロトをデモしていた。
サン・マイクロは、リナックスをロウ・エンド・サーバー用として推奨、HPも、ロウからミディアム級アイテニアム2システム用として「防弾級」と位置付けていた。デルは前回同様リナックス・サーバー・クラスターを、IBMは同社サーバー全機種にわたって、リナックスを推していた。マイクロソフトはウエブ・マトリックス開発ツールとUNIX用ウインドウズ・サービス・バージョンを展示していた。
リナックスワールド・エクスポ報告(2002年サンフランシスコ)
2002年8月12-15日、サンフランシスコのダウンタウンを北東から南西に貫くマーケット通りの南側(SoMa)地区再開発の目玉、モスコーン・センターで、年2回のリナックスワールド・カンファランス&イクスポが開催された。
事務局からの公式発表はまだだが、出席者数は過去最大で、いつもデスクトップ・リナックスに懐疑的なデイビッド・カーゼイ(ZDNetアンカーデスク)ですら、「今回のリナックスワールドを見たら、リナックス・サーバーのモメンタムが急上昇していることが分かるね」としぶしぶ認めている。
ただ、スピーカーたちが自信たっぷりなのに対して、出席者側がやや「燃え尽き」症状を呈しているようにもみえた。たとえば、8月14日午後のオラクルCEOラリー・エリソンのキーノート・スピーチも、同社のリアル・アプリケーション・クラスター(RAC)(大きなジョブを多数のサブタスクに分割して多重プロセッサー・ノードに割り当てるファイル・システム)用のコードをオープン・ソース・(フリー)・リリースするという決定が同日朝発表されたあとだったためもあって、ややインパクトに欠ける結果になったことは否めない。
エリソンは、このクラスター・コンピューティング(多数のコンピューターをリンクしたシステム――いわゆるグリッド・システムのこと)が、メインフレームより早く、安く、信頼性が高いと言うことによって、ライバルのIBMを攻撃したと一般にはとられたようである。
IBM先任副社長でグローバル・サービセズのトップ、ダウグ・エリックスは同日早くキーノート・スピーチを済ませているが、他社への攻撃はみられなかった。去年、サンフランシスコの歩道にリナックスのロゴをスプレー・ペイントで書いて罰金を取られたので、今年は大人しくしようとしているのかな? オープン・ソース陣営のなかに亀裂が生じているようにもみえる(それとも演出? サンCEOのマクニーリーも、軒並みライバル各社の悪口を言って聴衆を笑わせていた)。
ただ、オラクルもIBMも、結論的には、グリッドが、科学用アプリケーション開発に向けたオープン・ソース・プロジェクトの産物であることを確認し、これのビジネス転用が目下の最大の課題であることについては完全に一致している。
サン・マイクロシステムズもサン・ワン・グリッド・エンジンのエンタープライズ・エディション5.3を発表し、「燃え尽き」気味の出席者も、このグローバル・グリッド・コンピューティングの盛り上がりには興奮の色を隠さない。
出席者達の「燃え尽き」症状を吹き飛ばしたもう一つの衝撃的な発表は、グーグルの創始者セルゲイ・ブリンのキーノート・スピーチ「オープン・ソース『つなみ』」で、グーグルが1万台のリナックス・サーバーを使っているばかりでなく、全技術者のデスクトップもリナックスだという、いままでほとんど知られていなかった事実を公表したことである。ブリンはその理由として、第1にコスト・パフォーマンス・レシオ、第2にカスタマイズの容易さをあげている。
これに劣らない印象を与えたのがアマゾンのワット・ネルソンで、同社が2001年1月リナックスに切り替えて以来、技術コストで25%、インフラストラクチャー・メンテナンスとソフトウエア・ライセンス・コストで11%の原価低減を達成したと言う。
リナックスワールド・エクスポに、いままでリナックスの悪口を言いつづけてきたマイクロソフトがはじめて出品した。マイクロソフトのブースは、「卵からかえって育ちざかり」と表示された「からすの巣」セクションの一隅にある10x20フィートばかりのささやかなものだが、そこに詰めていたマイクロソフト・サーバー事業部のピーター・ヒューストン先任課長は、「かえったばかりというのは変だが、成長中であることはたしかだね」と苦笑い。
リナックスワールド・エクスポには、いままでもマイクロソフト社員が出席していたが、こんどはそれを公式訪問にした由。
「正直のところ、エクスポにきたみんながマイクロソフトを見てハッピーな気持ちになるとは思っていない。しかし、マイクロソフトとオープン・ソース開発コミュニテイの間の前向きの対話を始めたいという私たちの真剣な意図はくんでほしい」。
出品物は、「ASP.NETウエブ・マトリックス・プロジェクト」(ウエブ・ベース・アプリケーション開発のためのフリーのツールとプログラミング・コードのコレクション)と、「ユニックス用サービス」(企業が自分のユニックスとウインドウズ・ネットワークを統合するためのツール一式)、携帯端末用OSのウインドウズCE.NET、 ネットワーク・デバイス用OSのXPエンベッデッド(XP Enbedded)などだが、「この程度でリナックス・ユーザーをウインドウズに改宗させられるとは思っていない。両方のシステムが平和共存できる道を探りたいだけだ」とヒューストン課長。
「マイクロソフトは、自社のプログラミング・コードに対する知的財産権の主張をあきらめるつもりはないが、オープン・ソース開発コミュニテイの指導原理が、コード、ノウハウいずれもフリーで与え、受け取ることだとは理解している。マイクロソフトが将来もオープン・ソース・ツールを開発する可能性はあるので、この点についてもリナックス・ユーザーの希望が聞きたい。とはいっても、マイクロソフトがリナックスの改良版を開発する可能性はない。オープン・ソース・システムとそのソフトウエアで、市場全体の需要が満たせるとは思っていない。これからもっと議論しなければならないのは、ウインドウズ対リナックスのようなプラットフォーム間の選択ができるようにするかどうかだ」。
IBMソフトウエアのリナックス・ストラテジー部長アダム・ジョランズはいう。「遠い将来たしかに選択の問題が出てくるだろう。しかし今日の状況下では、ますます多くの企業が、マネジメントに金がかかり、成長がむずかしい知的財産権システムにロックインされることを嫌って、オープンかつ標準ベースのシステムのほうに逃げている。リナックスのいいところはフレキシビリティなんだよ」。
マイクロソフトのヒューストンは反論する。「大部分のユーザーは、カスタマイズなんかより使いやすさのほうに関心がある」。だが、彼も弱気になるときがある。「私たちのブースにきて、みんなリナックスのどんな点が気に入っているのか、マイクロソフトのどんな点がいいのか悪いのか言ってほしい――無視して通り過ぎるのではなく――」。
リナックスワールド・エクスポ最終日の夜、SoMa地区のメキシカン・レストランで、フリー・ソフトウエア・ファウンデーション主催の資金集めディナーが開かれた(1皿250ドル!!)。
この運動は、いままで、一般には、草の根ハッカーの集まりと思われており、資金集めとしてもTシャツ販売程度のイメージだったが、今回のディナーには大企業のマネジャーやベンチャー・キャピタリストたちが多数出席するという盛会だった。
主賓は、だれでも想像するある人――創始者のリチャード・ストールマン(写真右下。たまたま――というよりはやや意図的に――コスタ・リカへ行っていて不在)――ではなかった。
ご存知ない人のために。リチャード・ストールマンは、もとMITのプログラマーだったが、私企業が、もともと人類の共有物であるソフトウエアを、著作権やトレード・シークレットで私有財産として囲い込むことに反対して、自分が開発したUnixソフトウエアを一般公共ライセンス(General Public License―だれでも複製・改変していい。ただし、その派生物を同じ条件でフリーに公開しなければならない条件)のもとにフリー公開し、多数のプログラマーたちの草の根的な貢献によってこれをGNU CコンパイラーやGNUイーマックス、そしてついにはGNUリナックスにまで育て上げてきた人物だが、非妥協的な性格でも知られる。サム・ウイリアムズ「自由という意味のフリー、リチャード・ストールマンのフリー・ソフトウエア十字軍(O’Reilly、2002 ―未邦訳)」に評伝。
主賓はスタンフォード大のローレンス・レッシグ教授(写真右下)だった。レッシグ教授は、フリー・ソフトウエア/オープン・ソース両運動の理論的指導者で、「CODE――およびその他のサーバースペース法(Basic Books、1999、日本でも翔泳社から邦訳)」、「アイデアの未来、接続世界におけるコモンズの運命(Random House、2001、最近『コモンズ』という題で翔泳社から邦訳)」などの著者で、いま米国を徘徊している過激な著作権保護システム立法に反対して、映画・音楽産業のロビイストたちと対決している人物である。
ファウンデーション事務局通信部長のラビ・カンナによると、ファウンデーションの原理は、たんにフリー・ソフトウエアというだけでなく、「人民による技術使用の自由」の確保というレベルまで到達している由。
また、ファウンデーション運営部長のブラッドリー・クーンによると、フリー・ソフトウエア運動は、ソース・コード共有を単に技術的理由から重要だというにとどまるオープン・ソース運動を超えて、倫理レベルにその根拠を置いている由。
HPリナックスの預言者ブルース・ピーレンズも言う。「リチャードがこれを始めたときはハッカーだけに受ければよかった。いまはすべての世界が方程式に入ってきている」。
レッシグは、ファウンデーションが求めるあたらしい指導者像をつぎのように言う。「23才ぐらいで、インターネット時代の中で育ち、著作権や特許が創造を妨げていることについて発言でき、映画・音楽産業の巨大なロビイングに対抗して、国の政策を変えて行くことのできる人材」。
リポーター:ヒロコ・モリ(カリフォルニア州バークレイ、法廷通訳者)。
私たちは、インターネットの生命が、情報の自由な伝播−−「表現の自由」−−にあると信じます。米国では、基本的人権の筆頭に置かれたこの「表現の自由」が、インターネットに対するあらゆる規制や独占と戦っています。そのことを皆さんに知ってもらいたくて、このページを設けました(編集部)。
米国憲法第1修正:議会は・・言論の自由と出版の自由を縮減する立法をおこなってはならない。
日本国憲法第21条:@・・言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。A検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
ネット・ポルノを子供に見せないという宿題にはみんな頭を痛めているが、だからといってむやみにフィルタリング・ソフトを強制すると第1修正(表現の自由)違反になる。2001年幼児インターネット保護法は、図書館と学校に対して、幼児にネット・ポルノを見せないための「技術的保護措置」を講じるよう要求し、これに従わなければ連邦補助金を与えないという趣旨の法律だが、これが、同法の司法審査手続きにもとづいて構成された巡回裁判事3人のパネルによって、2002年6月、憲法違反の判断を受けた。
パネルは、実際に最もポピュラーなフィルタリング・ソフト4<本を使ってテストしたのだが、まじめなサイトをブロックしたり、ポルノを通したりといったケースが続出(といっても、フィルター・メーカーによれば、率でみればわずかなのだそうだが−−)、ついに、パネルは、「インターネットの規模、成長速度、変化速度、アーキテクチャー、それに自動分類システムの技術レベルを所与のものとした場合、言論を適正にブロックするフィルターの開発は不可能」と判断した。
しかし、2003年6月、連邦最高裁は、全米図書館協会からの同法違憲訴訟を6対3の多数で棄却、一応の決着がついた。ただ、これは信頼できるフィルタリング・ソフトがあっての話なので、メーカーは活気づいている。
米国映画の観客年齢レーティングは、1960年代から盛んになったフリーセックス・バイオレンス映画に政府規制がかかりそうになったのに先手を打って、ハリウッドの大御所ジャック・バレンティがひきいる全米映画協会(MPAA)が1968年から実施している自主規制で、最初はGからXまでのレーティングだったのが、のちMがPG(親の指導が必要)に、XがNC-17(17才以下禁止)に変わって現在に至る。いま米国では、ゲームでもおなじ歴史が繰り返されている。アダルト・ゲームにもっと強い規制が必要だという人たち(「規制派」)と、それは結局表現規制じゃないかという人たち(「自由派」)が、激しく対立している。
ゲーム業界にも、Eはだれでも、Tは13才以上、Mは17才以上、AOはおとなのみというレーティングはあるのだが、規制派は、2001年連邦取引委員会(FTC)がおこなったスティング・オペレーションの結果を好んで引用する。FTCが子供を使って試買したところ、なんと78%がレーティング違反のゲームを買えたというのである。自由派は子供を使ったおとり捜査は汚いと憤慨しており、また、ゲーム人口は18才未満と18才以上でほぼおなじなのに、すべてのゲームの90%がおとなによって買われているという統計を引用する。
インタラクティヴ・デジタル・ソフトウエア協会のロウエンシュタイン会長によると、この2年半で、16の自治体がアンチ・アダルト・ゲーム条例を作った。そのひとつ、インディアナポリス市が2000年に制定した条例は、ビデオ・ゲーム・アーケードに対して、17才以下の子供に一定のバイオレンスまたはセックス・ゲームをプレーさせないよう命じていた。全米娯楽機協会がこれを憲法第1修正違反で提訴、2001年3月、第7連邦巡回裁はこの条例が憲法違反だと判決した。いわく、「ビデオ・ゲームといえども、オディッセイや戦争と平和やドラキュラとおなじく『表現』にほかならない。バイオレンスはつねに人類の中心的な関心事であり、年令の高低はあれ、文明上繰り返され、妄執的でさえある主題であった」。
一般的には自由派が優勢だが、規制派が勝ったところもある。セント・ルイスでは、親の同意なく17才以下の子供に一定のアダルト・ゲームを販売・レンタルすることを禁じた条例について、連邦地裁判事は、ゲームは「言論といえるほどの思想・表現を伝達するものではなく、映画よりもボード・ゲームやスポーツに近い」と判決している。これは第8連邦巡回裁に控訴されているが、上の第7巡回裁判決と食い違ったら、あとは連邦最高裁で決めてもらうほかはない。
1997年、ナイキはノース・カロライナ大(マイケル・ジョーダンの母校)のスポーツ・チームの装具一式を納入する契約を獲得した。ところが、活動家学生たちが、「ナイキは途上国の労働者を低賃金労働で搾取している」と主張して、大学当局に契約のキャンセルを迫った。これに対して、ナイキは、フィリッピン人社員による講演やインドネシア工場への無料招待などで企業イメージ回復をはかるとともに、大学新聞の1ページ広告や社長自身の講演などで「ナイキは、平均して現地の法定最低賃金の倍払っている」などと言明した。
1998年、サン・フランシスコの活動家マーク・カスキーは、上の言明が虚偽の広告にあたるとしてナイキを提訴、これに対して、ナイキは「表現の自由」にもとづいて訴え棄却を申し立てた。州一審、二審ではナイキの主張が認められたが、2002年5月、州最高裁は、ナイキの言明が商業的広告にあたり、「会社が、自社の利益や売上を守るため、自社の製品や操業について事実に関する表示をおこなう場合は、真実を述べなければならない」として、ナイキの棄却申し立てを否認した。ナイキはこれを不満として連邦最高裁に上告中である。
上の州最高裁判決は学界・実業界でおおきな論議を呼んでいる。製品広告などはたしかに真実でなければならないが、意見広告や主張広告は憲法第1修正で保護される「表現」ではないのか? 両者ははっきり区別できるのか? 根拠もないのに「この食品はガンを治します」と宣伝したら不当表示になるだろうが、「私のガンが治ったのはこの食品のおかげだと信じます」 という広告は「表現の自由」で保護されるのではないか? 情報の早さが生命のインターネット通販に対する過剰な表示規制は、情報革命の芽を摘むことにならないか?
これはインターネットではないが、すぐとなりの部門で起こっていて、アメリカにおける「表現の自由」をめぐるギリギリのせめぎあいをよくあらわしている事件なので、ここで記録しておく必要がある。
2002年春、連邦取引き委員会(FTC−−日本の公正取引委員会に似ているが、はるかに広い消費者保護権限を持つ)と連邦通信委員会(FCC)が、共同で、商業目的の売り込み勧誘電話を希望しない意思表示をした消費者の電話番号リストを作って電話通販業者に販売し(全国版で7,375ドル)、リストにある電話番号に勧誘電話をかけたら、1件11,000ドルの罰金をかけるという政令を作った(2003年10月1日施行)。議会がFTCだけに予算をつけたので、FTCが主務官庁ということになった。
FTCは2002年6月からメールで「売り込み勧誘電話お断わり」希望の受け付けを開始、現在までにリストは5.100万所帯(アメリカ全所帯の1/3)に達した。連邦と並行して各州も同様の条例を作り、リストの作成を始めた。これらの動きに対して、200万人の雇用を擁する電話通販業界は法廷闘争にはいった。
2003年9月、オクラホマの連邦地裁は、連邦法上FTCが連邦取引委員会法上こんな権限をもっていない(権限オーバーだ)という決定をおこなった。FTCはリストの販売と希望の新規受け付けを停止した。
これをみた連邦議会は、大急ぎで必要な授権法を通過させ(上院下院とも圧倒的多数)、いつもはビジネス規制に消極的なブッシュ大統領もこれにはサインして一件落着したかにみえた。
ところが、翌日、デンバーの連邦地裁は、この政令が憲法第1修正「表現の自由」違反だという決定をおこなった。理由は、このプログラムが、慈善や政治献金の電話勧誘を許している点にある。商業目的と慈善・政治目的を差別することが、消費者の選択に行政が介入して、「表現の自由」を侵すことになるというのである。こちらは憲法問題なので、議会にはどうすることもできない。電話通販業界のほうも、リストが入手できなくなったため、罰金のリスクをおかして営業を続けるか、とりあえずまったく営業をやめるかの瀬戸際に立たされた。
事態は3転する。FTCの仮処分申し立てを受けた第10巡回裁は、政令による「情報の自由」侵害の危険性と、消費者のプライバシーの権利とを利害衡量した結果、後者のほうを重視するという理由で、FTCのプログラム実施をみとめる仮処分をおこなった。ただこれはFTCのプログラムが憲法第1修正違反かどうかという本案判断をふくまない。本案判決には2年かかる予想である。
リポーター:水野 愛(サンフランシスコ、大学教授)。
レオ、デルファイを振ってTAPと組む――おもちゃメーカーをめぐる競争でTAPの幸運
1999年以来、鮮やかな色彩の子供用ビルディング・ブロック・メーカー、レオ・システムズ社は、TAP社とデルファイ社というソフトウエア2巨人間の戦場と化していた。
しかしいまや勝負はついたようである。2002年末、このデンマークのおもちゃメーカーはひとつのことをはっきり知っている――これからインストールする大型ビジネス・ソフトウエアはもうデルファイ社からは来ないということだ。
レオ社で起こったことは、ある意味で、TAP社に舞い込んできた幸運ともいえる。
ドイツのTAP<社は、世界で5本の指にはいるソフトウエア・メーカーで、従来、ビジネス・アプリケーション(大企業の内部オペレーションを動かす大規模プログラム)の有力なメーカーだったが、巨大なデータベース・システムを誇るデルファイ社にはかなわなかった。この4百億ドルのアプリケーション世界市場で、デルファイ社は、何年ものあいだ、TAP社打倒をめざして、はげしい戦闘を仕掛けていた。
一時期、デルファイ社が優勢とみえた。TAP社がインターネットにてこずっているあいだに、デルファイ社は、69(シクスティ・ナイン)と名づけたウエブ・ベース製品を担いで、TAP<社の顧客をつぎつぎと奪ってきた。
話をレオに戻そう。1999年11月、TAP欧州本社のハンス・アポテカー社長のもとへデンマーク支社長から最悪のニュースが届いた。1993年以来TAP社の上得意だったレオ社がデルファイ社との契約書にサインしたというのだ。レオ社は、あたらしいグローバルな製造・販売・流通システムを建設するのに、2ダース以上の国で、TAP社のシステムを廃棄して、69に乗り換えるという。<
アポテカー社長は、デンマーク支社長に、何が悪かったのか分析するよう命じた。答えは、「TAPはまあまあのソフトを持っているが、レオ社が望むようにそれを動かす手伝いをいままで十分にしてこなかった」という、カスタマー・サポートの問題だった。
レオ社グローバル・ビジネス・サポートのソエレン・ピーダーセン課長は言う。「レオ社には飛躍が必要だった。それまで、レオ社は、レオ・ブロックが売られている国――欧州だけで14か国――それぞれで、別々の流通・販売システムを作ってきた。いまやレオ社は、少数の流通センターが数か国を受け持つ、より身軽(リーン)かつ統合された世界組織を作る計画の実行段階にはいっている。この点で、69がTAPより1年以上進んでいるように見えた」と。
デルファイ社にはもうひとつのセールス・ポイントがあった。デルファイ社は、レオ社幹部を、スイスの工具メーカー、ヒルティ社へ招待した。ヒルティ社は、レオ社と同じような流通システムを建設中で、やはりTAPを振って69を採用しようとしていた。
デルファイ社にとっては、69をレオ社に売り込んで、クリスマス・セール前に動かすことが至上命令だった。レオ社はシステムを2000年6月までにインストールする計画だった。あと6か月――これだけのコンピューター・プロジェクトにふつう必要な時間の3分の1しかない。
デルファイ社のプロジェクトは、はじめからつまずいた。どんなソフト製品でも、手当てしなければならないバグは付き物である。しかし69はそれが多すぎた。レオ社のピーダーセン課長は言う。「レオ社が大半のシステムをインストールし終わってからおこなった模擬注文は、69の会計勘定には出てきたが、ほかの基本的な機能は働かなかった。たとえば、注文に対応するインボイスをプリントできなかった」と。
ピーダーセン課長は言う。「デルファイ社の専門家たちも、バグの修復にてこずっているようだった。レオ社は、ついに、自社で専門家を見つけようとまでした。69を知っていると思われるカナダの女性SEが現れたが、役に立たず、数日で帰ってしまったことがある」と。
デルファイ社のジョン・ウ―キー副社長も、「69の最初のリリースは、みんなをハッピーにできる品質レベルではなかったし、69のコンサルタントたちの知識レベルにも問題があった」と認めている。
9月までに、レオ社は、大切なクリスマス・シーズンに間に合うようにシステムを動かす望みを捨てていた。レオ社のピーダーセン課長たちは、問題点の長いリストをデルファイ社に渡し、1か月以内に解決するように求めた。ピーダーセン課長は言う。「こまかい話にはいる前に、それがいつかは動くことの証拠がほしかった」と。
同時に、ピーダーセン課長は、レオ社やデルファイ社の技術者に見られないように、レオ社ビルンド工場のはずれにあるビルの1室で会議を開き、そこに、彼の古くからのTAP<社コンタクトであるヘンリック・オーラニールソンを呼んだ。ピーダーセン課長は、レオ社が69をやめようと思っていることを説明し、TAP社が解決を提案できるかどうかたずねた。
それまでに、TAP社も、自分のインターネット製品、myTAP.comで一定の進歩を達成していた。ピーダーセン課長は、TAP本社や、myTAP.comを部分的に使っている顧客を訪問した。そのひとつが、デルファイ社がかつて担いでいたスイスの工具メーカーで、すでに180度転回してTAPに戻っていたヒルティ社だった。
ピーダーセン課長は言う。「それはうちにとっても明瞭なサインだった」と。
しかしデルファイ社もあきらめなかった。レオ社経営陣に対して、問題が解決できることを説得するため、ドン・クライスCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)を派遣してきたのだ。この情報を知ったTAPデンマーク支社のオーラニールソン支社長は、自社の強打者で対抗することにした――ボスのアポテカー社長である。
アポテカー社長は、ピーダーセン課長とレオ社のスティグ・トフトガードCFO(チーフ・フィナンシャル・オフィサー)を、パリ本社での昼食に招いた。エッフェル塔の見える会議室で、アポテカー社長は、大胆な提案をした――TAP社が、レオ社のために全力投球する約束を保証するため、アポテカー社長自身が操舵委員会(スティアリング・コミッティー)の委員長につくというものである。
ビルンド行きのレオ社社有機に乗るまでに、ピーダーセン、トフトガード両氏は、TAP復帰こそが解答だという確信を持った。
レオ社がふたたび時間の重圧下にあることから、TAP社とレオ社は、ただちにインストレーション・プランの引き直しをはじめた。彼らは、あらゆる決定を48時間以内におこなうことを決めた。プロジェクト・チームが、レオ社が望む難解な倉庫機能を動かす上での問題に突き当たったとき、アポテカー社長自身が電話に出た。彼のスタッフが問題のわかるプログラマーを突き止め、ビルンドへ急派した。
締切りの2週間前には、レオ社とTAP社の技術者が徹夜で働くコンピューター・センターには、ピザの箱とソーダの瓶が積みあがった。2001年6月18日、ピーダーセン課長は、レオ社ミュンヘン工場からの注文を入力開始するよう指示を出した。つづく数日間、レオ社は、工場を、ひとつひとつ、ゆっくり慎重に切り替えていった。
レオ社は、2001年の残りの期間を、欧州と米国のシステムの安定化と微調整に費やした。いま、レオ社は、自社システムを、サプライヤーや流通業者や小売店のシステムとリンクさせようとしている。そのためにも、レオ社はおそらくTAP社と組むだろう。
レオ社で起こったことは、ほかでも起こっているだろう。過去数年間、ルーセント・テクノロジーズ社のような大企業数社が、69を振ってTAP社のウエブ製品myTAP.comに切り替えている。2年前、大ファンファーレとともに、デルファイ社を最重要戦略パートナーと位置づけたフォード・モーター社が、今月はじめ、巨大なグローバル・スペア・パーツ事業を運営するために、デルファイを振ってTAPを採用した。フォード社カスタマー・サービス事業部グローバル・パーツ・サプライ・ロジスティックスのドン・ジョンソン課長が言う。「TAPがはっきり勝ちだ」と。
TAP本社ではまだ戦いは終わっていない。アポテカー氏は、レオ社を奪回してから、TAP社の世界販売事業のトップに昇格、デルファイの裏庭である米国での事業のトップも兼任することになった。
リポーター:北山信弘(デンマーク、システム・エンジニア)
逆オークションで有名なプライスラインのウォーカー元社長(文系、旅行雑誌出身、理想家タイプ、2000年末退任)は、彼が特許を取ったプライスライン・モデルがすべての商品やサービスに通用するはずだと信じていた。彼の私財を中核として集めた6億ドルの資金ではじめたウエブハウスでは、顧客はまずクレジット・カード番号を登録、ほしいものをみつけたら買値をつける。顧客の言い値を参加メーカーが受諾したら契約が成立、参加店でその金額を払い、商品を受けとる。ウエブハウスは、参加店に正札価格との差額を払い、差額プラス若干の手数料をメーカーに請求する。この方式が参加店に不評だったため、のち、顧客がとりあえず全額を払って、後日リベートを受けとるように変更。派手な宣伝もあって、オープン当時から週数万人のアクセスがあった。これが挫折した。
挫折の原因は、(1)メーカーが懐疑的だったこと(ペプシコ:「持ち出し一方で得るところがない」。ケロッグ:「一品種独占なら参加する」。(2)日和っているメーカーを引きこむためにはまず実績を作らなければならないのだが、2000年4月ネット株バブル崩壊の巻き添えで、追随投資が止まったこと(メーカーが参加しないため、ウエブハウスが独自でディスカウントし、それが週百万ドルにも達していた)、(3)システム設計が最後まで不調だったこと(正札価格の地域差に対応できなかったこと、途中でシステムやサイズが頻繁に変わったこと−−憤慨した技術者が退職)の三点であろう。
コメント:トラヒックの多さからみて、ビジネス・モデルそのものの欠陥だったとは思えない。上にあげたメーカーの懐疑的発言は、メーカーがe-マーケットプレースをまるで理解していなかったことを示す。
2001年4月、ニューヨーク、サンフランシスコ、シアトル、首都ワシントンなどで、ネットによる食品雑貨やビデオやCD類(レンタル)の宅配をやっていたコズモが受注を停止した。コズモは1997年4月創業、2000年4月上場、1時間以内宅配保証ということで、忙しいプロフェッショナルやカウチポテト族に重宝がられていたサイトだけに、この挫折を惜しむ声が多い。シリコン・アレー・リポーター(ニューヨークのネット誌)主筆のジェーソン・マッケーブ・カルカニスもその一人で、彼は、コズモ挫折の原因を、(1)サービス・エリア拡張が早すぎたこと、(2)同業者(たとえばアーバンフェッチ)との値下げ競争で傷を負ったことに帰している。カルカニスは、上の(1)については、先発利益を確保するためにはやむをえなかったし、また(2)については、コズモの愛用者は価格よりも便利さに惹かれていたので、月50ドルの会員制にすればやっていけたのではないかといっている。
コメント:ビジネス・モデルそのものに欠陥があったわけではない。ニューヨーク、東京、香港のような過密都市でこそ成立するビジネス・モデルであろう。
1999年、カリフォルニア州フォスター・シティでルイス・ボーダーズが創立した日用雑貨e-コマースのウエブバンは、30分以内配達(一定金額以上無料配達)を掲げて、サービスを全国に展開し、各配送センターに1日8,000件の受注能力を持たせた。これはふつうのスーパーの数倍で、規模の利益による大きなコスト・ダウンをねらっていた。とくに大きなまちがいは、ゼロからの出発を意識しすぎた宣伝費の巨大さである。売上げの25-35%を宣伝費に投入した(一般の雑貨業で1%)。これで、初上場(IPO)で集めた8億3,000万ドルを使い果たし、2000年7月、会社更正法をこころみたあと清算に追いこまれた。
コメント:アパレルのブー(次号)とおなじく、誇大妄想ビジネス・モデルの失敗と言っていいだろう。
業界最古参(1989年創業)のピーポッドは、2000年4月と2001年7月キャッシュ・バーン・アウト(資金燃え尽き)の危機に見舞われたが、2回ともオランダの食品大手アホールドの出資によって救われた。主要市場のシカゴでは、アホールドのクリ―ヴランド流通センターから供給を受けている。配送料は注文金額によって10ドルから無料(100ドル以上注文)まで。依然低空飛行ながら、ピーポッド自身は、シカゴで競合していたウエブバンの顧客がゴッソリもらえると、むしろあかるい表情である。ピーポッドは、新オーナーであるアホールドの哲学にしたがって、一度全国に展開したサービスを大都市にしぼり、無料配達をやめ(まとめ買いを奨励するため、最小注文50ドル、75ドルまでは配達料10ドル、それを超えると5ドル、平均客単価132ドル)、品揃えも縮小して、なんとか実質ベースの黒字にたどりついている。
コメント:一見縮小均衡だが、在来型ビッグ・ビジネスのアホールドが、e-コマースの均衡解をとことん追求した結果である点が心強い。
イギリスに本社がある日用品クリックス・アンド・モルタル(店頭とネット兼業)テスコは、1996年以来、欧州各国に展開した数百店をベースにネット宅配をおこなって、高い成長(年3%以上)をとげている(現在ネットだけの固定客100万人、客単価123ドル、年商4億2,200万ドル、年利益(推定)700万ドル。ネット投資5,600万ドル。ネットふくむ総年商300億ドル、利益16億ドル)。米国のようSF的集中コンべヤー・ラインのかわりに、人手を使って各支店の店頭から集荷・配達している。店内集荷にはカートに搭載したコンピューターが最適経路を指定、請求書を作成する。配達時間は平均25分。配達料金として1オーダーあたり7ドルもらっている。
米国でも、大手チェーンのセーフウエイがこのモデルに乗って、同社e-コマース・サイトのグロサリー・ワークスにテスコからの投資を呼びこみ、既存ストアを拠点とする「ストック・ピック」方式を開始した。集荷・配達は分散方式だが、受注はセンターで受けて、コンピューターで最適ストアに流している。
コメント:このビジネス・モデルにはすでに追随者が現れている。このモデルが、人口密度が高くて均質な(?)イギリスだから成り立つと言う人もいる。たしかに、カルフールが同じことをやって成功したのもパリやリヨンである。東京ならもっと成功するだろう。生存可能なビジネス・モデルがすくなくともひとつあることが証明された。
ワイン小売りはビッグ・ビジネスだが、禁酒法時代から残っている複雑怪奇な州規制(州によって、また、流通段階によってちがう)のおかげで、e-コマース化が徹底的に妨げられてきた。それでもワイン・ドット・コム(以下「ワイン」、資本金5,000万ドル)やワインショッパー(同4,600万ドル)やEビニヤード(同2,000万ドル)などによる市場開拓の結果、2005年にはなんとか消費量の5-10%がe-コマースで達成できそうなところまできた。だが、2000年8月、ワインショッパーが「ワイン」に併合、2001年春、その「ワイン」も会社更正法申立てによってEビニヤードに吸収された。
「ワイン」は、ウエブバンやブー(次号)のモデルで、巨大な宣伝費を使い、資金燃焼速度との競争で敗れた。ほかに、州規制を避けるため、ワイナリー、卸店、小売店いずれの免許も自分では取らず、すべて地方の卸店を通したため、コスト高になっていた。
ワインショッパーは、全米ワイン卸業組合と提携して、書籍におけるブック・カタログのような全国ワイン・データベースを作ろうとした。ビジネス・モデルとしては情報革命の本流を行っていたのだが、長年の規制に安住している卸業界のやる気の無さが致命傷になった。
唯一生き残ったEビニヤードは、いちばん地道で、たいへんな手間をかけながら各州で小売りの免許を取り(だから州ごとのウエブ・ページを持っている)、ネットで受注してから卸店に発注するというデル・モデルで、25-30%の小売りマージンをとり、2001年第四四半期にはついに黒字化、「ワイン」のドメイン名、顧客ベースなどの無形資産をわずか9百万ドルで買収してワイン・バイ・Eビニヤードと改名した。
コメント:3社のビジネス・モデルの違いによって成否が分かれ、小が大を呑む結果になった。e-コマースで、やっていいこととやってはいけないことの区別がだんだんはっきりしてきた。
米国では、オンライン雑貨というビジネス・モデルそのものに対する懐疑がまだあるが、牛乳配達が復活しつつあることからも想像できるように、インターネット注文・戸別配達モデルが成立する解が存在することは確実で、これを正確に算出することもいまや可能である。上の成功例でもまだまだ改良の余地はありそうで、たとえばネット・ビジネス調査のフォレスター・リサーチのロバート・ルービンは、既存の市場とバッティングしないという点で、テスコやセーフウエイのモデルよりピーポッド・モデルのほうが好ましいし、配達料にしてももっとまとめ買い奨励効果がだせるはずだと批判する。
リポーター:広岡 龍(e−コマース・コンサルタント)
カナダのオンタリオ州北西部といえば、無数の湖が散在する美しいところだが、そのなかでもテン・マイル・レーク村は、いちばん近い高速道路でも100キロは離れている牧歌的な土地柄である。ここの小学校教師の一人娘キャサリーン5才は利発な子で、近所中からかわいがられていた。急に発熱したのでトロントの大病院に入院、精密検査してもらったところ、小児ガンの末期で身体中に転移しており、すでに手遅れで手術も不可能、あと2、3か月の命だということがわかった。
両親の悲しみを見かねた親戚のひとりが、自分の友人十数人あてのメールで、キャサリーンのために祈ってほしい、キャサリーンの苦痛をすこしでもシェアしてほしい、そして同じメールを友人に転送してほしいと呼びかけた。
1週間後キャサリーンの熱が引き、具合もよさそうなので、再検査したところ、驚いたことに、ガンがあきらかに治癒しつつあることが分かった。キャサリーンは2か月後まったく元気になって退院した。いまでは小学生で、自分が病気になったことさえ覚えていない。
で、なにが問題なの? じつはこのメールが幾何級数的に増えていって、本日現在、世界中の教会(キリスト教とはかぎらない)で、何十万人の人がいまだにキャサリーンのために祈り、同じ願いを友人たちに送りつづけているのだ。チェーン・メールにはオフ・スイッチがない。本人はすっかり元気になったのに、情報だけが世界中を渡り歩いて、何十万人の人が涙を流し、キャサリーンの苦痛を感じている。祈りという精神的所為の、なんという浪費だろう。
と、はじめは憤慨したものの、私はいま別なことに気がついて慄然としている。もしかすると、はじめの1週間の祈りが聞き届けられたのではないのか。いまなにかの方法で祈りをやめたら、なにも知らずに元気で走りまわっているキャサリーンが突然倒れるのではないのか。この宇宙の深みが、私にどこまで分かっているのか(編集長)。
今年はじめ、ミシシッピー州メイコン市の教育委員会が科学コンテストを開催、企画を募集した。同市の中学3年生シャノン・サイフレットが、情報伝達の速度と広がりを測定するためのチェーン・メールを企画した。シャノンは、コンテストまでの6週間でせいぜい2、3000通の返信がくればしめたものと思っていた。これが誤算だった。<
1月13日、彼女は23人の友人にメールを送り、自分に返信すると同時にそれぞれの友人に同報を転送してくれるよう頼んだ。1月14日、彼女は200通の返信を受け取った。7.2分に1通の速度である。1月16日、47州、オーストラリアとジンバブエをふくむ25か国から返信があった。返信は、1月24日には8,768通、1月27日には12,013通あった。この時点では7.2秒に1通という速度である。
うんざりしたシャノンは、風邪を引いたこともあって、1日半受信をとめた。しかし1月31日に受信を再開すると、彼女のメールボックスには9,455通の返信がはいっていた。2月2日にはリビアとイランから返信があった。2月4日には、両親と総出で1,000通はいるメールボックスを35回外部記憶メディアに移した。2月5>日には37,854通、2.3秒に1通である。シャノンはついにコンピューターのプラグを抜いたが、それまでシャノンが受け取った返信は50州、189か国から160,478通に達した。メールには住所は書かなかったが電話番号を書いておいたため 、受信をやめてからも、メールがつながらないという電話があいついだ。シャノンはプロジェクトの結果をエクセルで整理してコンテストに提出する。
返信に添え書きがあれば、シャノンか両親がかならず目を通していたので、一家中でフルタイムの仕事になった。情報伝達の広がりでいうと、たとえば、地球の底(南極)で働いているフロイド氏、ベーリング海峡を航行中の砕氷船上にいるダウグ氏、ベトナムで英語を教えているモンタボン氏、モンゴルのウランバートルで孤児院をやっているモーレイ女史、パプア・ニューギニアで伝道しているパウラス氏、ウクライナのチェルノブイリで隔離施設を建設中のカー氏、イラク近海に駐留している海兵隊員、インド洋ディゴ・ガルシア島に駐在中の空軍兵士などなど。
この話にコンピューター業界は苦い顔である。シマンテックのセキュリティ対応部長ヴィンセント・ウエーファー氏は言う。「チェーン・メールとウイルスのちがいは意図の良し悪しだけですよ。ウイルスはセキュリティ・スクリーンにひっかるたびに減衰して数か月でなくなるけど、チェーン・メールをとめる方法はありません」。シャノンが使ったプロバイダーの代表者ニコラス・グラハム氏も言う。「ある人の善意のメールが他の人のスパム・メールになることがあります。今回のプロジェクトも事前にご相談があればおとめしたのに・・」。
私はこの二つの挿話が、インターネットの限りなくおおきな可能性を示すものとして高く評価している。この怪物の飼いならし方を人間がまだわかっていないだけなのだ(編集長)。
モテル:3人でモテルの一部屋に泊まりました(割り勘)。フロント係りが部屋代30ドル前払いと言うので一人10ドル払って部屋に入りました。あとでフロント係りはその部屋が25ドルの部屋だったことに気づいて、ボーイに1ドル札5枚を持たせて返してくるように命じました。途中でボーイは3人で5ドルを均等に分けるのは厄介だろうな・・と親切に考えて、勝手に自分で2ドルのチップをもらい、残り3ドルを3人のお客に1ドルづつ返しました。3人が9ドルづつ払ったのだから合計27ドル、これにボーイに払った2ドルを足すと29ドルになりますね。あとの1ドルはどこへいってしまったのでしょう?
ビリヤード:見た目にはまったく同一の玉突きボールが8個あります。うち7個は同じ重さですが、1個は欠陥品でほかより重いのです。天秤はかりを2回だけ使って欠陥品を見つけてください。
場所とりゲーム:長方形の盤上どこにでも、黒白交互に(石が重ならないように、また縁からはみ出さないように)碁石を置いていき、先に置くところがなくなったほうが負けというゲームがあります。このゲームには先手必勝の戦略があります。どうすればいいのでしょう。
21世紀にはいって2年もたつのに、不況やテロのせいで人間が微視的になってしまったのか、21世紀100年という超長期のビジョンがなかなか見られなかったが、このところ米国の景気も小康状態ということで、そろそろスケールの大きなビジョンが語られるようになってきた。ネットから拾ったものをいくつか紹介しよう(編集部)
惑星規模の遺伝子マップ:過去10年間にヒトゲノムの解読作業が大きく進展したが、21世紀という視点を取るなら、さらに進んで、地球上のすべての生物種のゲノム解読作業を開始することを提唱したい。これは大変な作業だが、過去半世紀にわたるコンピューターの進歩から類推すれば、かならずしも不可能ではない。人類がその気になれば、コンピューターの演算コストと同じように、解読コストのドラスティックな下落が 起こり、惑星規模でのゲノム解読が実現する。これによって、はじめて、手探りや被害妄想でない地球エコロジーの科学的な理解が可能になる。21世紀を、人間だけでなく、地球という惑星の病気を治癒する世紀にしたい。(フリーマン・ダイスン。もとプリンストン大物理学教授。太陽を地球軌道大の球で覆い、太陽エネルギーを100%利用するいわゆるダイスン球を提唱したことのあるスケールの大きなビジョナリー)。
プレステ教授:いま学校教育の危機が叫ばれている中で、子供たちは、学校もそこそこに家に飛んで帰ると、何時間もコンピューター・ゲームの仮想世界に浸っている。子供たちの心をつかむという点で、任天堂やプレイステーションは、学校がはるかに及ばない成功を収めている。韓国では60%の家庭がブロードバンド化し、不特定多数のプレーヤーが同時にオンラインで遊ぶロールプレィング・ゲームが大流行である。最近、韓国最大の教科書出版社とソフト・メーカーが提携して、遊びながら数学や科学や歴史を勉強できるゲームの開発をはじめた。テレビやビデオは、学級での補助教材とし てすでに広く使われているが、 ゲームは自分が主人公になるという点ではるかに翔んでいる。米国でも、陸軍が、ティーン・エィジャーむけに、陸戦で遊びながら国防の重要性を教えるというシューティング・ゲームを開発するために7百万ドルの予算を取った。こんな金があるなら、もっと一般的に、楽しみながら数学や科学や歴史や公民を自分で覚えるゲームができそうなものだが・・。(ジャスティン・ホール。電子ゲーム・ジャーナリスト)。
天才養成計画:5才までの子供の知能は驚異的なスピードで発育する。母親がいい環境で正しく育てさえすれば、この段階の子供は全員が天才だといってよい。かわいいかわいいで遊ばせておけばいいというのは大きな誤解である。いま、この問題は、教育ママ批判というレベルにとどまっているが、これからは組織的かつ科学的な研究が必要である。もしかしたら彼ら/彼女らがあたらしい世界を作り上げるかもしれない。(アリスン・ゴプニック。「ゆりかごの中の科学者:幼児学習が心について教えるもの」の著者)。編集部注:すぐれた科学的業績と幼児期の音楽教育の相関関係を指摘した 研究がある。
秘密のない科学:科学をつねに公開の場に置いておくことを提唱する。機密情報は、それを得るためにいくら金がかかったとしても、科学の名に値しない。もちろん、社会や国家の安全のためにどうしても必要な場合は、一定の情報を機密にしておくこともあるだろう。だがそれ以外の場合、科学情報は公開されなければならない。科学知識は、すべての人がそれを見聞し、試験し、用いる機会を持った場合、もっとも早く進歩する。私の専門−−量子コンピューティング−−では、知識の公開がとくに重要である。ほんの小規模の量子コンピューターでも、現存するいかなる公開鍵暗号システムをも破る能力があることは、量子科学の特異な点のひとつとして有名である。いま量子コンピューティングに投 入されている政府資金は、研究公開が条件になっている。これは賢い政策である。そこから得られる利益は、どんなセキュリティ・システムより大きい。(セス・ロイド。マサチューセッツ工科大量子力学教授)。
地球防衛計画:ふつうの天体物理学者にとって、日常の生活に対する緊急の課題というのはあまりないのだが、ひとつだけある。小惑星が地球に衝突することによって大勢の死者が出る可能性がつねにあるということだ。NASAは小惑星の軌道を監視しているが、予算も少ないし、万一の場合ど うするかという予算はない。 技術的には可能なのに・ ・。たとえば直径100フィートの小惑星を押してその軌道をそらすことのできるスペースクラフトを常備することだ。推進方式としてはプラズマ推進がかなり研究されている。これを実用試験段階に進めるべきだ。これによって、人類の宇宙進出への希望も復活する。(ピエト・ハット。プリンストン大天体物理学者)。
知的グローバライゼーション:20世紀には学問が細分化され、専門化が進んできた。21世紀にはこれらの綜合化が図られなければならない。あたらしく設立された国立ヒューマニズム財団は、芸術や人文科学と自然科学の綜合によって、私たちが何で誰なのかを追及 する。知的グローバライゼーションといって よ い。(ナンシー・エトコッフ。ハーバード大医学部精神医学講師)。
黙示録症候群(破滅妄想):過去30年、わたしたちは、似非科学と災害予言に振り回されてきた。いくつかあげてみよう。1970年代中期、氷河期の再来で2000年までに食料危機がくるという予測が流された。1972年 、米国政府はDDTをとりあえず禁止したが、環境に対するDDTの悪影響については結論が出なかった。その間、アフリカの子供20人に1人がマラリアで死んでいる。また1970年代には、1990年 代までには石油が枯渇するだろうとも言われた。なにか脅威を発見するかもしれないという名目があれば、公私の研究費がとりやすいという状況はいまでも変わっていない。マスコミがこれに拍車をかける。なにも科学の名によるFUD(fear, uncertainty and doubt)に対してシニカルになれというのではない。純粋科学にもとづく選択をしようと提案している。(デニス・ダットン。ニュージーランド、カンタベリー大哲学科)。
ポピュラー・サイエンス:いま科学技術に投入されている予算の1%を、素人の好奇心を刺激する方法で使ったら、科学がもっとポピュラーなものになるのに・・。これには従来の学閥や企業や役人の発想とは違う組織−−たとえば国立発見センター−−が必要だ。これで、科学を、若い人にとってもっと魅力的なものにし、科学的思考や仮説検証の方法を日常化することによって、いま多くの人が感じている科学に対する疎外感を克服することを試みるのだ。(ロバート・シェルドレーク。「犬は主人が帰ってきたことがどうしてわかるのか:動物の不思議な能力」の著者)。
リポーター:ディヴィッド・ファーマン(ニュージャージィ、物理学教授)
クイズの答え:
モテル:どこへも行きません。問題がまちがっているのです。簿記を知っている人は一目でわかりますが、この問題の$27+$2という計算は、借方と貸方、収入と支出、支払いと受取りを足しているのです。したがって、$29という数値は意味を持ちません。正しくは、お客側の支出が$27、ホテル側の収入がフロントの$25とボーイの$2で計$27、ぴったりです。紛らわしい数値設定のごまかしでした。「時そば詐欺」もこれですね。ひっかかっらないように・・。
ビリヤード:8個から適当に6個とって3個ずつ天秤にのせます。バランスしたら、残り2個を1個ずつ測り、重い方が欠陥品。バランスしなかったら、重い方の3個から適当に2個とって測り、バランスしたら残り1個が欠陥品、バランスしなかったら重い方が欠陥品。
場所とりゲーム:先手は第1着手として長方形の中心に碁石を置く。第3着手以後は、後手の直前着手と、長方形の中心に対して対称な場所に置く(まね碁)。後手が置ければ、かならずその対称点に先手が置く場所がある。後手が置けなければ先手の勝ち。