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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略
経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act Exercise 60 Cases
情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution
Application of Civil RICO Act to Patent-Related Predicate Acts in the U.S.
『特許研究』第16号(特許庁、発明協会、1993年10月)
サマリー:組織犯罪に対する民事制裁手段として米国で発達してきたいわゆるRICO法を、特許権の違法取得と違法行使に応用する可能性とその理論を探求する。
Summary: This paper explores the possibility and theories in applying the
RICO Act, originally developed in the U.S. as a deterrent against organized
crimes, to unlawful acquisition and enforcement of patent rights.
目次
はじめに
1.RICO法
1−1.制度の概要
1−2.運用の実態
1−3.セディマ判決
2.特許関連違法行為に対する民事RICO法の適用
2−1.特許出願における違法行為
2−1−1.郵便・電信詐欺
2−1−2.反トラスト法
2−1−3.RICO法
2−1−3−1.企業(enterprise)
2−1−3−2.常習(pattern)
2−1−3−3.被害
2−2.特許権行使における違法行為
注
私たちがいま目撃している世界的な知的所有権の保護強化傾向は、あくまでも、正当に取得された知的所有権の正当な行使についてのことである。知的所有権の違法取得や違法行使に対して、米国は、他国に類のない一つの有力な制裁手段を発達させてきた。
1970年、「法と秩序」を標傍するニクソン大統領によって署名されながら、しばらく休眠状態にあったRICO法が、1980年代中期になって、あたかも反トラスト法の衰退を補うかのように、ビジネス基本法のひとつとして華々しく再登場し、特許権の違法取得や違法行使に対しても、RICO法適用の可能性が論じられ(1)、提訴例が出現しつつある(2)。
Racketteer Influenced and Corrupt Organizations Act (3)(直訳すれば「犯罪行為の影響下で腐敗した組織に関する法律」という所だろうが、これでは制定後の実態にそぐわないので、ここでは単に「RICO法」と呼ぶ)は、1970年、常習的犯罪によって創出された資金が合法的な州際通商組織に流入し、これを支配することを防止する目的で制定された(4)。8か条からなるRICO法の主要条文を下に抄訳する。
1961条 定義:「犯罪行為(racketeering activity)」とは、州法・・または連邦法で可罰の次の行為およびその脅しをいう:殺人、誘拐、賭博、放火、強盗、贈収賄、麻薬取引き、贋物製造、州際輸送窃盗、年金窃盗、郵便詐欺(mail fraud)、電信詐欺(wire fraud)、強要(extortion)、公務執行妨害、通商妨害、盗品州際輸送、白色奴隷輸送、(ぜんぶで29類型あるが以下省略)。
「犯罪行為常習(a pattern of racketeering activity)」とは、すくなくとも2回の違法行為であって、・・その2回目が1回目から10年以内(収監期間を除く)に行われたことを要する。
1962条 禁止行為:(a)犯罪行為常習・・から・・収入を得た人(person)が、かかる収入・・を、州際通商に従事・・する企業(enterprise)・・の取得/設立/操業のために・・投資・・することは違法である。・・
(b)人が、犯罪行為常習・・によって、州際通商に従事・・する企業・・を取得/維持することは違法である。
(c)州際通商に従事・・する企業に雇用されまたはこれに関連する人が、犯罪行為常習・・によって、かかる企業の業務を運営しまたはこれに関与することは違法である。
1964条 民事救済:(a)合衆国連邦地裁は、人に対して、企業からの・・投資引上げ/・・将来の同種行為禁止・・など適切な命令を発することによって、1962条違反を防止/制止する権限を有する。
(c) 1962条違反行為によって事業/財産上の損害を受けた人は、適切な合衆国連邦地裁に訴えを提起することによって、彼がこうむった損害額の3倍の賠償および適切な弁護士料を含む訴訟費用を回収することができる。
上の条文だけ読むと、本稿の読者の大部分が住むホワイトカラーの世界とどういう関係があるか見当もつかない所だろうが、実は、制定以来現在までの適用例の大部分が、上の1961条「犯罪行為」の定義中、1)郵便詐欺(5)および電信詐欺(6)(「郵便・電信」といっても、特別な意味があるわけではなく、州権に属する普通法詐欺に対抗して、連邦の管轄権を確立するための方便にすぎないので、本稿では、単に「詐欺」と総称することもある)ならびに2)強要(7)という2種の連邦犯罪に集中している。
ここで、「郵便・電信詐欺」とは、「虚偽または詐欺的な見せかけ/表示/約束により詐欺をおこない、または金銭/財産を取得する・・策略を実行/企図し、かかる・・策略を実行するため郵便/電信を利用すること」である(8)(日本刑法246条1項「人ヲ欺罔シテ財物ヲ騙取シタル者ハ十年以下ノ懲役ニ処ス」に対応)。
「強要」とは、「現実の力/暴力/恐怖またはそれらの脅しもしくは公権力の見せかけの不正な利用によって誘導された同意によって、他人の財産を取得すること」(ホッブス法)(9)(日本刑法 223条1項「生命、身体、自由、名誉若シクハ財産ニ対シテ害ヲ加フベキコトヲ以テ脅迫シ又ハ暴行ヲ用イ人ヲシテ義務ナキ事ヲ行ハシメ又ハ行フ可キ権利ヲ妨害シタル者ハ三年以下ノ懲役ニ処ス」に対応)である。
米国弁護士協会(ABA)の調査によると、1970年RICO法制定以来1984年までに地裁公判(trial)にかかった 270件のうち、 40%が証券詐欺、 37%がビジネス上の詐欺というホワイトカラー犯罪で、職業的犯罪にからむ事件はたった9%であった(10)。別の報告によると、公表された 132件の判決のうち、57件が証券詐欺、38件が商事契約紛争で、あとは2桁の件数に達するカテゴリーはない由である(11)。しかも、このRICO法による民事私訴の判決数が、1983年以後、急速に増えつつある(12)。
まことに、「民事私訴において、RICO法は、立法者の当初の意図とはかけ離れた何ものかに進化しつつある」のだが、「そのような欠点−−もし欠点と言うならだが−−は制定法の文言に内在しているものであって、その是正は議会の権限」だから、司法部としては如何ともできないのである(13)。
それでも、初めのうち、RICO法による民事私訴を裁く連邦地裁および巡回裁は、RICO法の文言どおりの適用をためらい、多くの場合、1)被告に過去の犯罪歴があること、および、2)原告が、詐欺/強要による個別の被害とは別に、その常習(pattern)による被害(RICO型被害)をこうむったこと−−の2点の立証責任を負わせていたのであるが、1985年7月1日のセディマ対イムレックス連邦最高裁判決(14)で事態が一変した。
ベルギー法人セディマ社は、米国法人イムレックス社と米国で合弁会社を設立、ベルギー向け電子部品の買付けをおこなわせ、利益は折半という契約を締結した。のち、セディマ社は、イムレックス社が水増し請求書でセディマ社をだましていたとして、「郵便・電信詐欺」にもとづく1962条(c)等違反で、ニューヨーク州東部地区連邦地裁に提訴、地裁・巡回裁とも、例によって、1)イムレックス社長(個人)の過去の犯罪歴および2)RICO型被害の2点についてセディマ社側立証不十分として、セディマ社のRICO請求を棄却した。
これに対して、最高裁は、RICO法の制定経緯、文言、政策意図を詳細に検討した結果、5:4の僅差ではあったが、いずれにおいても、上の2点の立証が訴訟維持のための条件として要求されてはいないと判断、また、民事RICO訴訟における原告側の立証責任についても、刑事事件で必要な「合理的な疑いを超える」ほどの立証は必要でなく、民事事件の「証拠の優越」で十分と判断、高裁判決を破棄、差戻した。
最高裁は、マフィアのような組織犯罪と、通常の企業によるホワイトカラー犯罪との間に、質的な断絶を認めなかったのである。
1987年、RICO法に上の2要件を追加してセディマ判決を修正し、RICO法を骨抜きにしようとする改正法案が議会に上程されたが不成立に終わり(15)、RICO法は米国経済法の一角に定着した。
特許権がらみでは、文献(16)によると、特許詐欺を理由とするRICO提訴が1985年までに4件あり、いずれも判決に至らず、和解になったようである。その後も重要な案件で提訴が続いており(17)、判決もあるが、いずれもリーディング・ケースにまで昇華していないので、ここでそのまま事例を紹介するのはかえって誤解を招くおそれがある。たとえば、1988年のバークレイ対IBM連邦地裁判決は、「常習」に関してひとつの興味深い判断を示したが、翌年の H. J. Inc.連邦最高裁判決(後述)で修正されている。
かかる見地から、次章では、むしろ、特許関連反トラスト法判例および特許関連以外のRICO判例からの類推によって、特許関連違法行為に対するRICO法適用の可能性を帰納するという方法をとった。
まず、特許出願においてなされる一定の行為に対しては、衡平判例法上、これを詐欺ないし不衡平行為(inequaitable conduct)として、当該特許権を無効ないし行使不能(unenforceable)に陥らせることができる。
衡平法は、特許出願人に対して、関連先行特許に関する情報(prior art)を、「最高程度の率直さをもって」、特許商標庁に開示しなければならないと命ずる(18)。これは、特許出願手続きの当事者主義における情報の非対称性を減殺する意味があるともいわれ、特許商標庁規則はこれを受けて、「開示義務」の項を設けている(19)。
一般に沈黙は詐欺にならないが、特許関連ではそうなる場合がある。このことを、「特許文脈における普通法詐欺要件の緩和」などということもある(20)。
よくプロパテントと呼ばれる連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)も、特許出願手続きにおける意図的かつ重要な不実表示や情報隠匿に対しては、以前よりむしろ厳しい態度をとり、とくに詐欺と不衡平行為を区別することなく、特許を無効としている(21)。
ここで、特許出願における詐欺行為を、RICO法以前の法が、どのように見ていたかを検討しておくことが有益であろう。
まず、特許権の違法取得と反トラスト法の関係については、1965年のウォーカー・プロセス対フッド・マシナリー連邦最高裁判決(22)が、いまでもリーディング・ケースである。
フッド・マシナリー社は、下水処理用換気装置について、それが出願より1年以上前に米国内で一般に使用されていたことを隠して特許権を取得、これにもとづいて、ライバルのウォーカー・プロセス社に対して侵害提訴をおこなった。 ウォーカー・プロセス社は、フッド・マシナリー社が、「詐欺的にかつ悪意で取得した特許権を利用して、不当に市場を独占しようとした」として反訴、シャーマン法2条違反にもとづく3倍賠償を請求した。 連邦地裁はウォーカー・プロセス社の反訴を棄却し、第7巡回裁もこれを容認したが、連邦最高裁は、これらをくつがえし、「シャーマン2条事件に必要な他の諸要件(関連製品市場の画定と排除力の存在)さえ立証できれば、特許商標庁に対する詐欺によって取得された特許権の行使は、同条違反を構成する」と判断、事件を下級審に差戻した。
つぎに、悪意の提訴による反トラスト法違反については、1984年のハンドガーズ対エチコン第9巡回裁判決が参考になろう(23)。
エチコン社は、先使用による無効を知りながら、染料取扱い用使い捨てプラスチック手袋の製法特許にもとづいて、ライバルのハンドガーズ社を提訴した。ハンドガーズ社は、エチコン社が悪意の提訴によって市場を独占しようとしたとして、シャーマン法2条違反で反訴。地裁陪審は、「証拠の優越」によってエチコン社の同条違反を認定、ハンドガーズ社を勝たせた。
巡回裁は、「エチコン社の特許侵害提訴は善意の推定を受けるものであり、この推定を覆すためには(証拠の優越では不足で)、『明白かつ説得力ある(clear andconvincing)』証拠が必要」と判断(24)、原判決を破棄差戻したが、連邦地裁の差戻し判決は、明白かつ説得力ある証拠によって、ふたたびハンドガーズ社を勝たせ、巡回裁もこれを容認した。
以上見てきたように、米国においては、特許取得における違法行為や悪意の提訴によって、当該特許権がすくなくとも行使不能とされ、反トラスト法に対抗できなくなるという判例法が確立している。 ただ、シャーマン法2条訴訟では、「関連製品市場の画定と排除力の存在」の立証が必要で、個人発明家や衰退企業からの特許侵害訴訟に対する反トラスト法反訴では、この点が厄介であった。
民事RICO法では、市場画定と排除力立証が不要なかわりに、1)企業(enterprise)および2)常習(pattern)の存在立証が要件となる。この2点さえ立証できれば、すくなくとも、上述のウォーカー・プロセスおよびハンドガーズ両事件の事実によって、RICO法違反も同時に成立したであろうことは確実である。
以下、民事RICO訴訟で最も多く使われ、特許関連違法行為への応用で最も有望と思われる1962条(c)「州際通商に従事・・する企業(enterprise)に雇用され、またはこれに関連(associated with)する人(person)が、犯罪行為常習・・によって、かかる企業の業務を運営しまたはこれに関与(participate in)することは違法である」(再掲、下線筆者)について述べる。
民事RICO法訴訟の被告は「人」であるが、「人」に自然人と法人が含まれることはあきらかである。また、被告の犯罪歴を問わないことは前述した。問題は、特許権の取得に関連しておこなわれるRICO法違法行為における「企業」とはなにか、「人」と「企業」の関係をどう考えるかの2点である。
まず、下級裁では、RICO法の立法趣旨を誤って解釈し、「企業」とは犯罪組織のことであり、いわゆる「まともな」会社は除かれるという判決が見られた。しかし、このような立場は、現在、数件の最高裁判決によって明確に否定されている(25)。「長期間の犯罪に従事する人が、完全に合法的な企業を運営している例はいくらもある」(26)。1962条(c)は、もともと、常習犯罪者が、自分が関連する組織(合法・非合法を問わない)を動かして、第三者に被害を与えるような場合を想定しているのである。
つぎに、「人」と「企業」の関係であるが、これは、特許関連だけ考えても、社員とその雇主、発明者と特許弁護士、特許権者と特許管理会社などいくらでも考えられる。この場合、1962条(c)の文言から、「人」と「企業」がまったく別物であることが明らかである。つまり、「企業」は1962条(c)違反の被告にはなり得ない。
この点でとくに注目に値するのは、1962条(c)事件では、「企業」が政府機関である場合が多いことである(27)。また、ここでいう「企業」と「人」との関係は、雇用関係である必要はなく、いわゆる事実上の関連(association-in-fact)であれば良い。テネシー州政府を「企業」とし、州政府に対して犯罪行為をしかけた「人」を被告とした判決例がある(28)。いずれ、「企業」に特許商標庁が含まれることになるのは論理的な帰結である(提訴例はあるが、判決に至ったものはまだない)。
米国の特許審査手続きにおける当事者主義の中で、特許商標庁は出願人の率直さと善意に大きく依存しているため、発明者による特許商標庁業務に対する「関与」は容易に立証できるであろう。
1961条(5)に規定する「10年以内2回以上の違法行為」というのは、必要条件であって十分条件ではない(29)。セディマ判決4年後の1989年に出た H. J. Inc.連邦最高裁判決(電話会社(人)が地方当局(企業)に贈賄して料金を吊り上げたとして、加入者が電話会社を提訴)は、この点について、「互いに関連あり、かつそれらが犯罪行為の継続にまで達し、もしくはその可能性が危惧されるような、単一の策略(scheme)にもとづく複数の違法行為」が立証できれば十分と結論した(関連性プラス継続性テスト)(30)。
RICO法違反を構成する常習の程度については、これでもまだはっきりしないため、下級裁での混乱はまだ続いている。そのため、安全を見て、訴状では、1)すくなくとも2回(できればそれ以上の)違法行為が存在すること、2)それらの違法行為が少なくとも1年以上継続しておこなわれていること、または、将来再発のおそれがあること、3)できれば、複数の策略が存在すること・・を主張できることが望ましい。
さらに、特許関連違法行為について言えば、4)特許権1件だけの違法取得や、1社だけ相手の特許権違法行使ではかなり苦労することが予想される。
1964条(c)は、原告適格として、事業/財産に対する被害の存在を要件としている。特許権取得における違法行為を原因としてRICO提訴をおこなう場合、とくに注意しなければならないのは、発明者が特許商標庁に対しておこなった詐欺や不衡平行為と、原告の被害との間の因果関係である。詐欺や不衡平行為は特許商標庁に向けられたものであって、原告に向けられたものではないからである。
違法行為と被害の因果関係に関する下級裁の判例は、巡回区によってかなり違う。最もリベラル(RICO提訴に好意的)なのはおそらく第9巡回区で、連邦政府(企業)に対する建設業者(人)による詐欺(少数民族や婦人団体所有企業と詐称して受注)によって、競争相手の建設業者が直接被害をこうむったことを認めたRICO事件判決がある(31)。
法廷は、違法行為の被害者が特定的に意図されていなくても、「競争者が被害を受けることは予測できたはず」という一種の「未必の故意」論を採用したのである(32)。
RICO訴状の作成にあたっては、直接被害の立証が困難だと思ったら、被害の予測性について十分説得力ある主張を展開する必要がある。しかし、特許権取得における違法行為では、行為時点と提訴時点が数年以上離れているのがふつうなので、これがあんがい難しい。できれば、次に述べる特許権行使における違法行為も同時に主張して、直接被害による原告適格を確実にしておくことが望ましい。
特許権の違法行使に対するRICO法の適用については、その違法取得に対するものほど、判例・学説とも成熟してない。
特許権行使に関して最も可能性のある違法行為は「強要」、とくに「訴訟の脅し」であろう。訴訟の脅しが、RICO法の適用を受ける連邦犯罪の強要罪を構成するかどうかについては、判例が分かれている。下の2例は、いずれも特許事件ではないが、特許権にもとづく訴訟の脅しを考える上で、参考になる判決である。
否定論の代表、1984年のI.S.ジョゼフ対ラウリツェン第8巡回裁判決(33)は、被告からの略式判決申立てを認容する理由として、「いかに根拠のない訴訟であろうと、民事訴訟の脅しは、ホッブス法にいう『現実の力/暴力の利用』には当たらない」という。
肯定論の代表、1989年の連邦地裁ホール・アメリカン・センター対レスリー・ディック(ミシガン州東部地区)連邦地裁判決(34)は、セディマ判決後ということもあって、I.S.ジョゼフ判決よりはるかに周到な議論を展開している。
原告ホールはオフィス・ビルを所有するパートナーシップの代表者であるが、被告の地元不動産業者デイック等が同ビルを安く買い叩こうとして、根拠のないさまざまの訴訟の脅しをかけてきた。
原告は被告を強要にもとづいてRICO提訴、被告は連邦民事訴訟規則12(b)(6)(救済の根拠となる請求の陳述不十分)にもとづく訴え棄却申立てをおこなった。法廷は、前記I.S.ジョゼフ判決(略式判決)と本件(訴え棄却)とを区別し、ホッブス法の広い適用範囲を根拠として、「原告は、『恐怖の利用』を証明することによって、『強要』の要件を満足させることができる。『恐怖』といっても、『現実の力/暴力の恐怖』に限られるものではなく、『経済的損失の恐怖』も、十分違法行為の要件になりうる」(35)という。
このホール・アメリカン判決は、また、脅しの手段になっている訴訟に、正当な根拠が必要かどうかについて、ホッブス法「・・恐怖またはそれらの脅し・・の不正な利用・・」が、わざわざ「不正な(wrongful)」という文言を使っている点に着目し、目的および手段の双方における「不正」を要件として、根拠のない訴訟の脅しだけが強要を構成すると結論する(正当根拠説)。
いずれにせよ、この問題については、カテゴリカルな一般化自体が誤りで、ホッブス法の構成要件を満たすような悪性の強い訴訟の脅しであればRICO法の対象になると考えるのが正しい(36)。立証のレベルについては、刑事の「合理的な疑いを超える」レベルは必要なく、民事の「証拠の優越」で十分であることは前述した。
次世代の判例は、おそらく、目的のみの「不正」で強要が成立するかどうか−−おもちゃの拳銃でも強要罪が成立するかどうか−−を問題にするのではないか。ホール・アメリカン判決の正当根拠説では、特許権の無効または非抵触を立証してからでないと強要を立証できないという循環論におちいるのではないか。
特許権に関する限り、根拠(有効性・抵触)の如何にかかわらず、その行使の態様によっては、「強要」が成立すると考えるのが正しいのではないか。米国特有の出願非公開主義のもとで、とくに基本特許であればあるほど、特許権という絶対権にもとづく差止め請求は、何も知らないで善意・無事平穏に長年操業してきた産業に対する死の脅迫である。 ホール・アメリカン判決の正当根拠説の壁が破れれば、1988年改正で特許権濫用類型から外された「ライセンス拒否」なども、拒否の態様・状況によっては、RICO法の強要を構成する場合があろう。
特許権行使における違法行為は、なにも訴訟の脅しだけでなく、特許ライセンスの世界では、他の強要類型がいくらでも見聞されるところである。たとえば、多数の特許権を、抵触・非抵触、有効・無効かまわずパッケージにし、「不確定性」の脅しでランプサム契約させるなどは、強要罪でおなじみの「保護ギャング」の手口である。
また、特許権行使における違法行為は、なにも強要だけでなく、郵便・電信詐欺も十分考えられる。特許権者が一部のライセンシーと共謀して先行相場をでっち上げ、後続ライセンシーのロイヤルテイを吊り上げるなどは、RICO法の大先輩「証券詐欺」で、いくらでも見られた手口である。
「企業」、「常習」の存在立証については、前述の特許権取得における違法行為の場合と同様の問題がある。しかし、「被害」立証は、特許商標庁相手の不衡平行為の場合より楽であろう。
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