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本間忠良　衝撃の新刊　知的財産権と独占禁止法－－反独占の思想と戦略

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経済法あてはめ演習60選（日本語）Antimonopoly Act  Exercise 60 Cases

情報革命についてのエッセイとゴシップ（日本語） Essays and News on Information Revolution

論文とエッセイ（日本語）Theses and Essays

　

知的財産権と独占禁止法

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　                               　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2009-9-21 本間忠良

目次：

 

はじめに

１．独占禁止法：

１．１．市場原理：

１．２．競争法：

１．３．歴史：

１．４．目的：

１．５．構成：

１．６．いくつかの重要概念：

１．７．執行組織と措置体系：

１．８．適用除外：

２．米国－－対決を通しての法形成：

２．１．連邦裁判例－－歴史的概観：

２．１．１．トレスパス論：

２．１．２．ミスユース法理による規制：

２．１．３．反トラスト法による規制：

２．１．４．シカゴ学派の反撃：

２．２．プロパテント政策への転換－－行政ガイドラインの変遷：

２．３．Microsoft事件：

３．EU－－委員会専権から地方分権へ：

３．１．一括適用除外規則：

３．２．技術移転契約規則：

３．３．Microsoft事件：

４．日本－－行政ガイドラインの秩序：

４．１．21条論争：

４．２．審判決例：

４．３．公正取引委員会ガイドライン等：

４．３．１．知的財産ガイドライン：

４．３．２．共同研究開発ガイドライン：

４．３．３．標準化パテントプール・ガイドライン：

４．３．４．技術標準と競争政策に関する研究会報告書：

４．３．５．ソフトウエアと独占禁止法に関する研究会中間報告書：

４．３．６．デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会報告書：

４．４．下請法「情報成果物」改正：

４．５．今後の課題－－権利濫用：

４．６．知的財産権の行使をめぐる攻撃と反撃：

４．６．１．知的財産訴訟の本質：

４．６．２．警告：

４．６．３．交渉：

４．６．４．証拠保全：

４．６．５．差止請求：

４．６．６．仮処分：

４．６．７．損害賠償請求：

４．６．８．証拠調べ：

４．６．９．刑事告発：

４．６．10．水際法：

おわりに－－若干の戦術的考察：

付録１．米国判例サマリー：

付録２．ガイドライン――問題行為別一覧：

 

 

 

 

はじめに：

 

　本稿の目的は、知的財産権と独占禁止法のかかわりを、日本法に準拠して説明することであるが、その前に、まず独占禁止法の全体像を概観し、つぎに問題についてのより深くより広い展望を得るため、米国とEUの状況についてかなりの紙数を割いている。また実務家の参考にもなるように、できるだけ私訴の可能性を想定して記述している。

 

 

１．独占禁止法：

 

１．１．市場原理：

　

図1の独占価格設定モデルにおいて、価格差別がない場合、競争によって形成される価格Pe／数量Qeの交点E（均衡点）で、消費者余剰と供給者余剰が最大になり、資源の最適配分と供給量の最大化が実現する。この価格では、これ以上の価格でも買える顧客は望外の得をしたことになる。これが消費者余剰である（PeE、D、p軸で囲まれた図形）。これ以下の限界費用で供給できる供給者も望外の得をしたことになる。これが供給者余剰である（PeE、MC、p軸で囲まれた図形）。余剰は投資され、経済を拡大する。余剰が生じるのは、差別がないという前提のため、商品価格が1市場のなかで一義的にきまるからである（1物1価）。独占者は、社会的な均衡点ではなく、限界費用曲線と限界収入（価格x数量）曲線の交点N（利潤最大化点）に対応する価格Pm／数量Qmを選択する。その場合、社会は、図形MNEで表される死重損失（deadweight loss）を受ける。これが知的財産制度の社会的コストである。

　

１．２．競争法：

 

自由市場は、単独事業者による独占行為、複数事業者の共謀によるカルテルによってつねに不安定化にさらされる（市場の失敗）。そのため、市場における自由な競争の確保に必要最小限の法の関与が要求される。それが競争法である。米国では1890年シャーンマン法、1914年クレイトン法／連邦取引委員会（FTC）法、日本では、1947年独占禁止法、欧州では1957年EEC条約（現EC条約）81/82条がそれにあたる。米国では「反トラスト法」、欧州では「競争法」と呼ぶが、一般には「競争法competition laws」である（日本の大学には「経済法」という講座がある）。

 

１．３．歴史：

 

1947年、進駐軍の指令によって制定された独占禁止法（私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律（昭和22.4.14法54））は、米国ニュー・ディール派の影響のもとで、きわめて理想主義的な内容のものであった。1951年独立を挟む1949年と1953年の改正は反動的なもので、1950年代は独占禁止法の「冬の時代」ともいわれる。1960年代、日本産業の寡占化が進行（他方、消費者意識の高まりによって1962年景品表示法が成立）、1969年合併によって新日鉄が誕生した。しかし、1970年代、石油カルテルとインフレによって寡占の弊害が認識され、1977年改正では、課徴金／寡占対策／純粋構造規制（8条の4）など独占禁止法の強化が実現した。1980年代の日米貿易摩擦による外圧もあって、1990年代、規制緩和が大きく進んだ。2005年、課徴金が引き上げられ、リーニエンシー制度が導入された。

 

１．４．目的：

 

　独占禁止法の目的（1条）は、さまざまな（ときには相反する）イデオロギーの合成物ともいえるものだが、単純化すれば、(1)公正かつ自由な競争を促進することによって、(2)事業活動を盛んにし、(3)もって消費者利益を確保する－－という3段構造である。

 

１．５．構成：

 

独占禁止法の実体規定は行為規制と構造規制に大別される。概要（抜粋または要約）を下に示す。

 

行為規制：

 

3条　事業者は、私的独占［前段］または不当な取引制限［後段］をしてはならない。

　2条5項　この法律において私的独占とは、事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通謀し、その他いかなる方法を以ってするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

　2条6項　この法律において不当な取引制限とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義を以ってするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

　

19条　事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

　2条9項　この法律において不公正な取引方法とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。

　　1＊共同の供給拒絶とその誘導［継続も困難も要件ではない。per se illegal］。

　　2　差別対価を継続して他事業者の事業活動を困難にすること、またはそのおそれ。

　　3＊著しい総原価割れ供給を継続して他事業者の事業活動を困難にすること、またはそのおそれ。

　　4＊商品販売につき、再販価格拘束とその誘導［継続も困難も要件ではない。per se illegal］。

　　5　継続的取引における優越的地位の濫用。

［いずれも「不当に」（2）、「正常な商慣習に照らして不当に」（5）、「正当な理由がないのに」（1＊、3＊）が条件（＊印は不当性が推定されている）。1、4項はper se illegalにちかい（不当も公正競争阻害も要件ではない。この点でも新設規定である）。旧2条9項列挙（現6号）のうち、課徴金対象行為を抜き出して特定したもの（旧法の公正競争阻害を困難と狭く規定している）］

　　6　前各号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの。

　　イ　不当に他の事業者を差別的に取り扱うこと。

　　ロ　不当な対価をもって取引すること。

　　ハ　不当に競争者の顧客を自己と取引するよう誘引し、又は強制すること。

　　ニ　相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引すること。

　　ホ　自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること。

　　ヘ　競争者の事業を妨害すること［以上は要約］。

 

　不公正な取引方法（昭和57年公取委告示15号「一般指定」）［要約－－いずれも「不当に」、「正当な理由がないのに」（＊－－立証責任が転換されている）が条件］

差別

1＊

共同の取引拒絶とその強制

 

2

単独の取引拒絶とその強制

 

3

差別対価

 

4

取引条件の差別

 

5

事業者団体における差別

対価

6＊

不当廉売

 

7

不当高価購入

表示

8

欺瞞的顧客勧誘

 

9

不当な利益による顧客勧誘

拘束

10

抱き合わせ販売

 

11

排他条件付取引

 

12＊

再販価格拘束［相手方およびその取引先］

 

1312

拘束条件付取引［前2項以外］

地位

1413

優越的地位の濫用による不当干渉

妨害

1514

競争者に対する取引妨害

 

1615

競争者に対する内部干渉

 

構造規制：

 

10条　会社は、他の会社の株式を取得・・することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該株式を取得・・してはならず、及び不公正な取引方法により他の会社の株式を取得・・してはならない。

　会社以外のものに準用（14条）。同様の合併（15条）、営業譲受け（16条）も禁止。

 

１．６．いくつかの重要概念：

 

一定の取引分野（＝市場）：

独占禁止法の最も基本的な概念だが、本質的に独占権である知的財産権によって保護される製品やサービスに関しては、とくに深く考える必要がある。「知的財産権は一般の有体財産権とどこも変わらない」というSchenck 1983以来のシカゴ学派のテーゼは、有体物に対する所有権が占有物にしか及ばないのに、知的財産権がすべての同種物の製造販売使用を差し止めることのできる権利だという事実をあえて無視している。

米国1992年水平合併ガイドライン（司法省／FTC）は、市場を、「ある仮想的な企業が、『小幅ではあるが有意でかつ一時的ではない価格引上げ（small but significant and nontransitory increase in price =SSNIP）』を実施することが可能である製品またはその集合およびそれらが販売される地理的地域」と定義する。このような値上げをして利益を得ることのできる力が「市場力」である。仮想的な値上げによって買手がどの程度代替品に逃げるかによって「製品市場」と「地理的市場」を画定するのである。製品市場を「特許製品市場」ととれば、この市場における供給者のシェアは100%である（「小さな市場」アプローチ）。

　抱き合わせ事件のData General 1984では、タイング商品の「経済力」認定に際して、OS著作権による顧客の’lock-in’状態が考慮された。’lock-in’状態の顧客は、供給者が値上げしても、短期的には逃げるところがないので、そのまま市場として画定できるのである。Jefferson Parish 1984は、「ある製品について特許権を有することは市場力を推定させる」という。「特許の存在は、典型的な関連市場分析と市場力評価を大きく変えた。・・Image Technical 1992最判は、一つのブランドないし一種類の製品が、とくにその製品が一つの供給源からしか入手できない場合、それ自身で一つの独立の市場と考えられる状況が存在する可能性を認めた」（SECTION OF ANTITRUST LAW, AMERICAN BAR ASSOCIATION, THE ANTITRUST COUNTERATTACK IN PATENT INFRINGEMENT LITIGATION―ANTITRUST PRACTICE HANDBOOK SERIES (1994)）。

　競争の実質的制限：

規模と意図（カルテルは本来競争制限を意図）。やはり私的独占と不当な取引制限双方の構成要件である。「競争を実質的に制限」については判例／学説とも豊富だがここでは触れない。上述の「一定の取引分野（＝市場）」画定がキーポイントである。

　公共の利益：

石油カルテル最判は宣言説を原則とし、例外的に法益衡量説を認めた。ガイドラインはこれに触れていないが、私的独占と不当な取引制限双方の構成要件である。ここでいう「公共の利益」を「競争秩序」そのものととらえるのが、公正取引委員会の立場のようである。これを「消費者の利益」や「国民経済全般の利益」とまで一般化すると、知的財産権のかかわりでは、たとえば、デザイン模倣業者を排除するためのカルテルが、「公共の利益に反して」いないと主張するようなことが考えられる（FOGA 1941）。だが、これを許すと、たとえば知的財産権を利用して並行輸入を排除するカルテルもいいのかという主張につながり、独占禁止法3条が無意味になる可能性があるので、公正取引委員会の立場が正しい。上の例でいうと、知的財産権侵害は、カルテルではなく、裁判で排除すべきである。

　公正競争阻害性：

不公正な取引方法の構成要件である。最高裁はこれを「不当に」（2条9項／一般指定）と同義にとらえている（和光堂粉ミルク事件最判昭和46年（行ツ）第82号（昭和50年7月10日）／資生堂東京販売事件上告審平成6年（オ）第2415号（平成10年12月18日））。正確には、「公正競争阻害性」は「不当性」の部分集合である（「不当に・・する行為」であって「公正な競争を阻害するもの」）。「公正な競争を阻害するおそれ」は個々の行為との関係で把握されるので一般化は困難だといわれるが、独占禁止法研究会報告「不公正な取引方法に関する基本的な考え方」は、大要、つぎのような類型化を試みている。ガイドラインはほぼこれに拠っているようである。

(1)自由な競争の侵害（競争の減殺）　

　(2)競争手段の不公正

　(3)自由競争基盤の侵害

　(a)競争者等の取引機会の排除など

　(b)競争そのものの侵害

 

１．７．執行組織と措置体系：

 

　公正取引委員会：

委員長と4人の委員からなる行政委員会である。内閣総理大臣の所轄に属すが、「独立してその職権を行う」（28条）ので、上級機関の指揮監督を受けることはない。委員会の事務を処理するため事務総局が置かれる（現在約650人）。準司法的権限（審判）と行政的権限（告示、ガイドライン、事前届出、事前相談、（公表）警告、注意）の両面がある。

　審判：

審査官による審査の結果、委員会が違反ありと認定すれば排除措置命令が発せられるが、関係人（事業者）の申立があれば審判手続に進み、審判官によって審決案が作成されて、これに基づいて委員会が審決をおこなう。審判の過程で被審人の同意に基づく同意審決がおこなわれることもある（近年、審決は年30件程度）。

　審決に不服であれば、被審人は東京高裁に審決取消訴訟を提起することができる。東京高裁は実質的証拠法則によって裁判する（公取委の事実認定を尊重する）。

　課徴金：違反が、①対価／供給量／シェア／取引先／購入にかかわる不当な取引制限または支配型の私的独占、②排除型私的独占、③特定の不当廉売／差別対価／共同の取引拒絶／再販売価格拘束（それぞれ同一の違反行為を繰り返した場合）、④優越的地位の濫用であれば、対象売上高に対して下の課徴金が課される。累犯企業および主導的事業者に対して加算制度（5割増）。

 

製造業他

小売業

卸業

特定の不当な取引制限／支配型私的独占

10%（4%）

3%（1.2%）

2%（1%）

排除型私的独占

6%

2%

1%

特定の不当廉売／差別対価／共同の取引拒絶／再販売価格拘束の繰り返し

3%

2%

1%

特定の優越的地位の濫用

1%

　　　　（　）内は小企業（＝製造業ほか3億円/300人以下／小売業0.5億円/50人以下／卸業1億円/100人以下）

　課徴金減免（リーニエンシー）：

一定の法定要件－－みずから公正取引委員会に情報提供をおこない、自発的にカルテルから離脱する－－を満足する事業者の課徴金を免除ないし減額する（5社まで）。

　刑事：

3条系禁止規定（3条/6条/8条1項1-4号）違反および審決違反については罰則があり、公正取引委員会の専属告発である。前述の課徴金免除事業者トップ1社は告発しない方針である。裁判所は、違反行為に供された特許等の取り消しを宣告することができる。

　民事：

独占禁止法違反によって損害を受けた者は、一般に、民法709条に基づく損害賠償（または民法703条に基づく不当利得の返還）を請求することができる（いままで60件弱）が、公正取引委員会の審決が確定した違反については、独占禁止法25条が特別の損害賠償請求を認めている（無過失責任――いままで約20件）。さらに、24条は「不公正な取引方法」について差止請求を認めている（2000年制定以来、件数はきわめてすくない）。

 

１．８．適用除外：

 

公正取引委員会は1950年代以来増え続けてきた独占禁止法の適用除外を、1990年代を通して精力的に減らしてきた（1991年の42法律68制度→1997年の20法律35制度）。知的財産権は適用除外の最後の牙城で、21条による知的財産権の行使や23条4項による著作物の再販価格維持に対する適用除外という大物が残っているほか、商業用レコードの2次使用料や貸与権報酬に関する権利者団体の協議などの適用除外が協調的行動の媒体となっているおそれがある。

 

 

２．米国－－対決を通しての法形成：

 

２．１．連邦裁判例－－歴史的概観[1]：

 

２．１．１．トレスパス[2]論：

 

　19世紀末から20世紀初頭、フランス流の自然権思想に基づく知的財産権諸条約を生み出した時代精神のもとで、米国における知的財産権ベースの競争制限行為は、ほとんど野放し状態にあったといってよい。この時代、これらの行為に対しては、公共政策を根拠とする広義のミスユース[3]法理も、1890年制定のシャーマン法も、いずれも無力であった。一例を挙げよう。

Heaton-Peninsular Button-Fastener v. Eureka Specialty, 77 F. 288 (6th Cir. 1896)：特許機械（靴のボタンつけ機械）を賃貸する特許権者Button-Fastenerが、使用ライセンスの条件として非特許材料（汎用品）の購買先を制限した事案で、巡回裁はこの制限を合法とした。「非特許材料の独占は、原告発明の使用独占から派生するものであり、したがって、特許権者の専有権の合法的な結果である。・・特許権者は、使用権の価格を、非特許材料の販売からの利益で実現することを選んだ。非特許材料は、特許機械の実際の使用に比例するカウンターとされた」。「特許権者が彼の発明の排他的使用を自分だけに留保して、合法的に靴の製造を独占し、それまであった靴の市場を破壊できるのなら、特許ライセンスの条件として靴の微少な部分の購買先を制限してなぜいけないのか？」。この判決[4]はMotion Picture 1917[5]（後述）で否定される。

当時、この判決が氷山の一角にすぎなかったことが、Motion Picture 1917で特許権者側が援用する諸判決から推測できる。いわく、「特許品の製造条件として従業員を6名以下に制限」、「特許機械の使用条件として1郡で6台以下、売却先は同郡内に制限」、「特許機械を1回だけ使用許可」、「特許方法による製造品種制限」、「製造条件として寸法制限」、「販売なしの製造ライセンス」、「使用／製造／販売テリトリー制限」、「特許機械の購買者に対する用法制限と、違反の場合の取戻権」、「特許品の販売価格制限」、「特許機械で使用する原料は特許権者供給のものに限定」などなど。
　

２．１．２．ミスユース法理による規制：

 

　タイイン[6]の主系列：

　米国「技術と競争」判決群の中で、タイインは質量ともに最大の系列を占める。タイインはミスユースと反トラストの複合領域であるが、ここでは、まずタイインに対するミスユース法理の適用をみよう。1914年のクレイトン法と連邦取引委員会法の制定を頂点とする米国反トラスト中興運動のうねりの中で、初期のタイイン諸判決が一掃される。あたらしい時代を画した判決の代表がミスユースのMotion Picture 1917であった。

　Motion Picture Patents v. Universal Film Mfg., 243 U.S. 502 (1917)：劇場向けに特許機械（映写機）を賃貸し、使用ライセンスの条件として、自社製作の非特許映画フィルムの使用を義務づけていた原告Motion Picture（Edison設立の特許管理会社）が、独自製作の映画フィルムを劇場に配給した被告Universalを寄与侵害で訴えた事案で、最高裁は被告を勝たせた。「本法廷は、裁判基準として、憲法1条8項8号・・を使う。特許権者は、法の目的／文言いずれからしても、特許品の最初の販売後、通知によってその再販条件を制限することはできない。特許機械は、単一かつ無条件の販売によって特許法の独占の外に運びだされ、販売者が課そうとするいかなる制限からも自由になる。特許機械を原価で売って補用材料で稼ぐという商法も、法が独占権を与えた発明からではなく、特許のない補用材料から利益を得るという点で、制定法の文言に反する。原告が依拠するButton-Fastener 1986は誤りだった。またA. B. Dick 1912はクレイトン法（1914年制定）3条[7]で否定されている」。参考－－原告：「特許権者は、公衆による彼の特許の使用を完全に拒否することができるのだから、論理的／必然的に、その使用に対して、彼の選択するいかなる制限をも課すことができる」。少数意見：「ライセンス拒否ができるのだから、拒否に至らないいかなる制限も、それが圧倒的な公共利益に反しないかぎり有効」。

Motion Picture 1917は、当時横行していた知的財産権ベースの競争制限行為に対する危機感に満ちており、また、Edison特許の独占からハリウッドを解き放ったという歴史的役割[8]からも、圧倒的な判例原則として現在でもひろく援用されている。ただ、この判決は、裁判基準として使った憲法1条8項8号[9]から判決に至る論理において、上に見られるように、特許品の販売による権利消尽と使用ライセンスの切り分けが不徹底であった（特許品の再販価格制限を違法とした同時代のBauer 1913[10]も消尽論によっている）。このいわば逆トレスパス論は後続の諸判決によって克服されてゆく。

Carbice v. American Patent Development, et al., 238 U.S. 27 (1931)：特許製品（アイスクリーム輸送容器）の使用ライセンスに非特許ドライアイス（汎用品）の購買を抱き合わせていた特許権者Americanが、同容器のユーザーにドライアイスを販売した競争者Carbiceを寄与侵害で訴えた事案で、最高裁は被告を勝たせた。「特許権者は、製品特許による独占を非特許材料にまで拡張しており、これはシャーマン法違反の通商制限と類似の行為である」[11] 。これ以後、現代に至るまで、知的財産権に対する抑止力という文脈で使われる公共政策（public policy）とは、厳密にはこの意味である。

Button-Fastener 1896から約半世紀たって、それまでの「公共政策」というややあいまいな概念が、equityのunclean hands[12]判例法に属する特許ミスユース概念として純化される。

Morton Salt v. G. S. Suppiger, 314 U.S. 488 (1942)：特許機械（塩錠挿入機）を賃貸し、使用ライセンスに非特許塩錠（汎用品）の購買を抱き合わせていた特許権者Suppigerが、同様の機械をユーザーに販売した競争者Mortonを直接侵害で訴えた事案で、ミスユース（unclean hands）による被告勝訴の地裁summary judgment[13]を最高裁が容認した[14]。

 

　タイインの支系列：

　おなじタイイン事件といっても、タイング商品が組みあわせ特許か方法特許のライセンスで、タイド商品が特許実施のための専用材料／部品の場合は、別な角度－－特許法プロパーの視点－－からみる必要がある。

　Leeds & Catlin v. Victor Talking Machine, 213 U.S. 325 (1909)：音声記録再生システムに関する組みあわせ特許の権利者Victorが、とくに条件をつけずにシステムを販売、非特許レコード（専用品）をユーザーに販売したLeeds & Catlinを特許権の直接侵害で提訴した事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「特許にカバーされる組み合わせ品の購買者に対する黙示のライセンスは、摩滅や損壊を修復する目的に限定される。レコードが非特許品であるかどうかは本件と関係がない」。

　Dawson Chemical, et al. v. Rohm & Haas, 448 U.S. 176 (1980)：選択除草方法特許のライセンスと非特許化学物質（公知の汎用品だがほかに用途がない－－特許法上は専用品）を抱き合わせて販売していた特許権者Rohm & Haasが、同化学物質を農家に販売した競争者Dawsonを寄与侵害で訴えた事案で、最高裁は特許権者を勝たせた。「従来のタイイン判例はほとんどが汎用部品／材料ケースである。本件は専用品ケースなので、Leeds & Catlin 1909とMercoid 1944[15]だけが先例になる。1952年改正で追加された特許法271条(c) は、寄与侵害と特許ミスユースの境界線を画定しており、寄与侵害に対する同項の限定は、特許ミスユースに対する同条(d) の限定と均衡する」[16]。

　この系列の中で唯一ミスユース抗弁を認めたMercoidを否定すべく立法された 1952年特許法改正（特許法271条(c)[17]）後のDawson ChemicalとMilton Hodosh 1987は、「その使用が、そのまま特許クレームの要素を構成する」非特許汎用（＝準専用）材料の販売を寄与侵害とした[18]。この意味で、タイイン判例の主系列に対して、これらの判決を、「組み合わせ（方法）特許／専用品」ケースという特殊な支系列として区別しなければならない。

 

　タイイン以外のミスユース：

　特許効力不争契約：

　Lear v. John Adkins, 395 U.S. 653 (1969)：航空機メーカーLearは技術者Adkinsと新型ジャイロの開発／ライセンス契約を結んだが、特許審査が難航したため、契約を解除、独自に製品を開発した。特許は結局成立してAdkins提訴。Learの特許無効抗弁に対して、州裁は、「Learはライセンス契約によって特許無効主張から禁反言（estoppel）される」としてAdkinsのロイヤルティ支払請求を認めたが、連邦最高裁はこれを破棄差し戻した。「ライセンシーによる特許無効主張を禁反言する原則は連邦政策に反する。下級裁では、第三者が特許無効を立証したら、契約の文言にかかわらず以後のロイヤルティ支払いは不要というのが一般原則になっている。特許権者の方には有効性の推定があるので不公平にはならない。ライセンサーのequity（衡平）は、現実には公有の一部であるアイデアにおける完全かつ自由な競争を許すという重要な公共の利益とくらべてそれほど重いとはいえない。ライセンシーは往々にして特許の効力に挑戦するインセンティブを持つ唯一の人物である。特許効力を争っているあいだはロイヤルティを払えという考えかたもあろうが、それでは、ライセンサーの方に無限に訴訟を長引かせるインセンティブを与えることになって、連邦特許法の目的に反する」。

　ロイヤルティ差別：

　Laitram v. King Crab, 244 F. Supp. 9 (D. Ala. 1965)：原告Laitramは特許機械（シュリンプ殻むき機）の製造、賃貸をおこなっていたが、北西諸州での賃貸料を湾岸諸州の2倍にしていた。原告が北西部の被告King Crabを特許権侵害で訴え、被告がミスユースと反トラスト法違反に基づく特許権執行不能の積極的抗弁をおこなった事案で、地裁は被告を勝たせた。「ミスユース法理は、公共目的促進のために排他的特権を付与された者の独占が同政策に反する場合、その保護を法廷に求めることができないという原則に由来する。特許システムを支配するのは公共政策である。原告は、『特許権者は販売拒否ができるのだから、差別もできる』と主張するだけで、差別の合理性についての疎明もしていない。また、この差別は禁止的かつ恣意的なもので、合理的な根拠がなく、特許ミスユースにあたる」。参考－－原告：「北西部シュリンプのサイズが湾岸部の半分なので、機械化メリットが2倍出る。だから賃貸料を2倍にした。特許権者は販売拒否ができるのだから、差別もできる」。

　競業制限（タイアウト[19]）：

　National Lockwasher v. George Garrett, 137 F. 2d 225 (3d Cir. 1943)：地裁原告Nationalの特許は特殊なタイプのスプリング・ワッシャーをクレーム、メーカーに対する製造ライセンス（有償）には、契約期間中、ほかのタイプのスプリング・ワッシャーを製造してはならないという条件がついていた。 Nationalがこれに従わなかった地裁被告Garrettを特許権侵害で訴え、被告が特許ミスユースで抗弁した事案で、巡回裁は同抗弁を認めた。「本件事実は今までの一連のタイイン判決と異なる。特許権者は、特許独占を利用して、特許にカバーされない潜在的競争品の製造を制限している。彼は、上記諸判決でのように、非特許品の独占を創出しているわけではないが、自由競争以外の手段で、彼の特許品がユーザーにとって唯一利用可能な製品である程度にまで、彼の合法的独占の境界を拡張しようとしている。この独占はあきらかに特許にカバーされていない」[20]。

　特許期間延長：

　Walter Brulotte v. Thys, 379 U.S. 29 (1964)：州裁原告（特許権者）Thysは、州裁被告Brulotteに特許機械（ホップ摘み機械）を固定額で販売し、特許がすべて満了したあともロイヤルティを支払う条件で、使用ライセンスを許諾した。契約は譲渡不可。特許満了後、被告がロイヤルティ支払いを拒否、原告提訴に対してミスユースで抗弁した事案で、連邦最高裁は同抗弁を認めた。「州最高裁は、本件支払いが延べ払いの性格を持つから、合理的な期間なら特許満了後の支払義務も許せるとしたのだが、本法廷は契約意図をそのようには解しない。機械は固定額で支払いずみ、以後の支払いは特許ライセンスのロイヤルティだと判断する。特許満了後も機械の移動が禁止されていることもそれをうらづける。連邦では、特許期間を超える特許独占は、公共政策に反し、per se illegalである。当事者の力関係で、ロイヤルティはいくらでも高くなるかもしれないが、特許満了後のロイヤルティ支払義務は、特許品の販売を非特許材料の使用と抱き合わせる行為と類比できる」。

２．１．３．反トラスト法による規制：

 

　タイイン：

　ミスユース法理は抗弁としてその適用は私訴にかぎるが、反トラスト法は訴因として司法省による刑事訴追や差止請求、連邦取引委員会（FTC）による排除命令にも適用される。タイインに反トラスト法を適用したケースをいくつか挙げよう[21]。　

　U.S. v. Loew’s, et al., 371 U.S. 38 (1962)：映画配給会社Loew’s等による対テレビ局ブロック・ブッキング慣行（著作権ライセンス間のタイイン－－各等級の映画数十本をパッケージとし、一括ライセンスを強要）に対して、司法省がシャーマン法1条[22]違反容疑で提訴、最高裁は司法省の差止請求を認めた。「タイイン契約には競争抑圧以外の目的がほとんどない。タイインとは、供給者のタイング商品市場における地位を梃子（leverage）にして、消費者にタイド商品を買わせる行為であり、その構成要件は、タイド商品市場における自由競争を実質的に減殺するに十分な、タイング商品に関する経済力である。ここで必要な経済力はユニークネス（uniqueness）または消費者アピールで認定され、シャーマン法2条[23]でいう市場力の立証を要しない。このことはタイング商品が特許や著作権で保護されている場合とくにあてはまり、十分な経済力が推定される。特許法の目的のひとつはユニークネスに対する報奨だが、著作権でもおなじである。タイインは個々の著作者への報奨を差別化するかわりに平準化してしまう。本法廷は、著作権の存在それ自体に由来するユニークネスの推定を確認する」。

　Digidyne v. Data General, 734 F. 2d 1336 (9th Cir. 1984), cert. denied, 473 U.S. 908 (1985)：被告Data GeneralのミニコンNOVAは、NOVA CPUと専用オペレーティング・システム（OS）RDOSから構成され、このクラスのミニコンでは大きな市場占有率を持っていた。被告は、RDOSとNOVA CPUをバンドルして販売していた。NOVAの買手は、大部分、いわゆる OEM業者である。これら OEM業者は、RDOSを動かす付加価値アプリケーション・プログラム（AP）を開発し、これをNOVAに付加して最終ユーザーに販売するという業態であった。したがって、 OEM業者や最終ユーザーのもとには、RDOSでしか動かないAPの大量のモジュールが資産として蓄積されており、他社のシステムに転向しようとすれば、この資産を放棄せざるをえないという状況にあった（'lock-in'）。かかる状況下で、原告Digidyne等は、NOVAの命令セットを実行できる独自のCPU（NOVAエミュレーター）を発売した。1978年、原告から被告に対して、反トラスト法違反のタイインを訴因とする訴え（シャーマン法1条／クレイトン法3条違反）が提起された。問題はタイングの要件のひとつである経済力の有無である。これについて、地裁判事は、つぎのいずれかの場合、経済力の存在が推定されると説示した：(1)売手がタイング製品市場で支配的地位を有する場合；(2)タイング製品が特許または著作権の保護を受けている場合。陪審は、被告が、タイング製品市場において十分な経済力を有していると評決、地裁判事は、この原告有利の陪審評決を否認し、公判のやりなおしを命じた（JNOV[24]）。JNOVの理由の中には、著作権もトレード・シークレットも相対権であり、とくにプログラムのアイデアは著作権で保護されないから、法的参入障壁とはいえないという判断が入っている。高裁は地裁のJNOVをふたたびくつがえして、陪審評決を支持した。高裁は、知的財産権による法的参入障壁について、地裁の判断の誤りを大要つぎのように指摘した：(1)「互換OSを開発しようとすれば、かならず被告の著作権とトレード・シークレットを侵害する」という被告自身の証言がある；(2)また、「製品上に特許などの独占権があれば、他から製品を入手できないこと自体、経済力を推定させる」との判例を最近の最高裁判決が確認している[25]；(3)コンピューター・ソフトウエア著作権保護の相対性についても最近の判例は懐疑的だ；(4)また、「タイインは競争戦略だ」という被告自身の証言もあり、被告が経済力を意識的に行使していたことがあきらかだ；(5)RDOSの著作権は、問題のタイインを当然違法とするに十分な経済力を推定させる。最高裁への事件移送命令申立ても却下（7対2）。

 

　販売価格（生産量）制限：

　特許ライセンスにともなう特許品の販売価格制限については、もっぱら反トラスト法が適用されている。General Electric 1926[26]は、特許権ベースのさまざまな競争制限行為を合法としたNational Harrow 1902のうち、Motion Picture 1917ではっきり否定されなかった行為－－つまり特許ライセンス製品の販売価格制限－－を、シャーマン法1条に対して合法とした判決で、現在まで、形式的には全面否定されていないが、Masonite 1942[27]とGypsum 1948（下記）によって事実上複占ケースに限定されている[28]。特許品の生産量制限（Masonite/Gypsum）は、経済的には販売価格制限とおなじ効果があるばかりでなく[29]、「ライセンシーの品質競争インセンティブも減殺するため、より反競争的」とさえいわれる[30]。

　U.S. v. U.S. Gypsum, et al., 333 U.S. 364 (1948)：石膏ボードの特許権者Gypsumが、同業数社との特許ライセンス契約に基づいて特許品の販売価格制限等をおこなったとして、司法省がシャーマン法1条／2条違反で提訴した事案で、最高裁は司法省の差止請求を認めた。「地裁は、General Electric 1926およびNational Harrow1902の解釈に依存して、特許の特権と、本件結合／独占企図に対するシャーマン法の禁止とをバランス（比較衡量）しなかった。本法廷は、被告の行為が特許の特権を超えるものであり、シャーマン法が、ここで試みられたような特許の利用を禁止していると結論する」。参考－－地裁：「悪意が立証された場合を除き、特許ライセンスによるいかなる取引制限も合法である」。

 

　クロス・ライセンスとパンテント・プール：

　クロス・ライセンスとパテントプールについては、主として反トラスト法が適用される。いずれについても、同業者から構成される水平ネットワーク型（Automatic Radio 1949[31]、Zenith 1969（下記））と、特許権者を中心とする垂直放射状の結合であるいわゆるアンブレラ型（Hartford 1945、Rovico 1966、International Wood 1986）[32]というふたつの類型が区別される。単純なカルテルで、裏切りなどの不安定要因を含む前者より、知的財産権者が指令塔になって確実に組織維持できる後者の方が、反競争効果の強いことが観察される[33]。代表的な判決を挙げよう。

　Zenith Radio v. Hazeltine Research, 395 U.S. 100 (1969)：カナダでは、米国会社（General Electric、Westinghouse、Hazeltineなど）の現地子会社出資によるパテントプール会社（設立がGeneral Electric判決の1926年というのは暗示的）が、数千件のテレビ特許を、パッケージ、国内製造のみ（製品輸入は不可）という条件つきでライセンス、プール会社による監視や提訴などによって、組織的に製品輸入を阻止していた（ケネデイ・ラウンドによる公的輸入規制撤廃後、特許ベースの私的障壁に転じたもの）。アウトサイダーZenithが特許不使用を主張して輸入を開始したのに対して、Hazeltineが米国内で米国特許権侵害で提訴。Zenithは特許ミスユースで抗弁しつつ、シャーマン法1条違反で反訴した。地裁は、「ミスユースはかならずしも反トラスト法違反の要件をみたすとはかぎらない」としながら、本件ではパッケージ・ライセンス強要とoverall方式を米国特許のミスユースと認め、さらにHazeltineと外国プールとの共謀（米国商業を制限－－シャーマン法1条違反）によって3倍賠償判決、最高裁がこれを認容した。「本判決は『overall方式はミスユースにあたらない』としたAutomatic Radio 1949と矛盾しない［強要の有無で区別］」。

 

　ライセンス拒絶：

　知的財産権ライセンス拒絶はもっぱらシャーマン法2条の領域である[34]。

　Kobe, Inc. v. Dempsey Pump Co., 198 F. 2d 416 (10th Cir. 1952)：両当事者とも油井用水圧ポンプ・メーカー。同製品については多数の並行発明があったが、発明者の一人がこれらを集積して特許プール会社を設立、Kobeのみにライセンス許諾、その独占は2